魚眠洞とナナミ

第2話「魚眠洞とナナミの慟哭」

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「はっつもうでー!」
「イエー!」
1月1日深夜、魚眠洞とナナミは国章咋神社に初詣にやって来た。
階段の前で通りすがりのユダヤ人に写真を撮ってもらう。
フラッシュが焚かれ、振袖姿のナナミと魚眠洞の貧相なシルエットが映し出された。
「やー!今年もスタート・ダッシュだなァ!ナナミ!」
「本当!リア充も真っ青だよね!」
「イエー!」
どやどや騒ぎながら階段を登る。
周りの人目も気にしない。
「魚眠洞さァ。F君に出会ったりしたらどうする?」
「修羅場だな」
「ねーッ★」
そんな事を話している内に境内近くで出会ったのは工学部のKだった。
「うおぉお!K!儲かってるか!?」
「ぼちぼちでんなー」
多少引き気味にKが答えた。
肌が浅黒い。成績優秀なコイツも気苦労が絶えないのだろう。
いい気味である。魚眠洞は思った。
すかさずナナミは魚眠洞と腕を組む。
なかなかの痴女っぷりであると評価できる。
「お前よりはゼッタイ偉くなってみせるからな!K!」
魚眠洞は虚勢を張った。
「ハハ……。ま、頑張って」
Kは片手をあげて魚眠洞達をすかして階段を下りていった。
魚眠洞は心に500のダメージを受けた。
「ドンマイ!ドンマイ!ドンマイ!ドンマイ!ファイト、おー、なのです!」
ナナミがすかさずフォローらしきものを入れたので魚眠洞は気を取り直した。
境内では炎が勢い良く燃え上がっていた。
オミクジを投げ入れる人々が群がっている。
「なにお願いするー?魚眠洞は」
ナナミが首を斜めにする。
「大学院合格だな」
「じゃ私も祈るよ。何処を切っても自分ばっかりの金太郎飴魚眠洞!」
魚眠洞の胸がチリッと痛む。
「わーったよ。俺はナナミの健康を祈るから、お前は俺の大学院合格な」
ナナミはパッと顔を明るくする。
「えへへ……」
はにかんで見せた。魚眠洞のHPが回復した。
賽銭箱の前に向かい五円玉を一枚投げ入れた。
ナナミの投げ入れた五円玉は音を立てない。
勢い良く鐘を鳴らして拍手。
今年はナナミが悲しまない一年でありますよーに!
そう願った。
それが己の不健康に繋がる可能性がある事を自覚しつつ、魚眠洞は祈った。
しかし、そうせざるをえない。
何故なら、ナナミは100発100中、魚眠洞の大学院合格を願っているのだから。
「なむなむぅ〜」
ナナミが強い念を送っているのを横で見ていた。
毒気を抜かれる。自分達はこれで良いのだ。魚眠洞は思う。
「さて、神社回るか」
「うん」
神社を3度回ってもう一度一枚ずつ賽銭。
正式にはどうするのか魚眠洞は忘れてしまった。
オミクジの列に並んでいると女のKに出会った。
「あっKさん!なんでマイミク申請拒否ったのさ!」
「えっ、だってだって偽者だと思ったんだもの!アレ、魚眠洞君だったの?」
「俺を騙って何の特になるのさ!そういう人間になりてーよ!」
それから1分くらい話し込んでいるとナナミが頬を膨らませていたので
「良いお年を!」とか言って別れた。
「怒るなよ。俺の健康な経済活動なんだ。いざってゆーときにああいう
 やり手の女の子は手助けになるかも……」
「ならないよ!女の子は狡猾で陰険なの!私には分かる。
 そんで、ああいう中途半端な関係が没落の起点になるの。常識だよ」
最新のセキュリティー・システムを搭載したナナミの論である。
どうも魚眠洞に似て偏まった考えを持った女である。
「結局、F君とは会わなかったね……」
「ああ、あいつもどうにかこうにかやってくだろうさ。同じ空の下、同じ月を見ている……」
魚眠洞は10秒ほど腐れ縁の友達の事を想った。
年賀状は、送らなかった。
この年になって、煩わしい旧来のシステムの利点を発見する事がしばしばだった。
オミクジを引いて景品ももらう。
魚眠洞はフェイスタオル。ナナミはチキンラーメン5袋入り二つだった。
「今年はガッカリはしない感じだね!」
ナナミは思ったより嬉しそうだ。人によってはがっかりしていた所だと思う。
おずおずとオミクジを開くと、魚眠洞は末吉。ナナミは凶だった。
「あは★どうにもどうにもだね」
ナナミはまんざらでもなさそうだ。
「末吉と凶ってのは、寿司の上と並みたいなモンさ。つまり『大した違いはない』って事だ。
 どう云えば気が楽かい?」
魚眠洞がお決まりの文句を口にする。
ナナミがひょいと魚眠洞のオミクジの文を覗き込む。
「『待ち人来ず。精神練磨しその時を待て』だってさ。Mちゃんの事だね」
「またまたお前はそーゆー方向に持っていく」
またナナミは頬を膨らませる。
「私と一緒にいるのとMちゃんを正座して待ってるの、どっちが魚眠洞にとって健康だと思う?」
「待ってるだけで不健康だっての。ほら、こんな悪いホルモンがドバドバ」
「そのまま悪くなって腐っちゃえば良いんだよ!」
ナナミはプンプン怒りながらオミクジを結びに行った。
魚眠洞はため息をつく。複雑なパーティーだ。
ノロノロとナナミの後を追う。
オミクジを結び終えると、ナナミが後ろで笑いを噛み殺していた。
「なに?なに?」
「今の魚眠洞、去年の魚眠洞より余裕があると思うな」
にぱっと笑って言った。
「なに?なに?お前のおかげで?」
「そーぅだよォ!」
ナナミはそう言って顔を両手で隠しながら凄い勢いで階段を下っていった。
魚眠洞は呆気にとられてしばらく立ち尽くしたあと、持っていた煙草に火をつけた。
待ち人ねぇ……。神様ねぇ……。なんだかな〜。
苦笑する。
それから龍の口から出る水をちびちび飲んだ。
だいじょぶ……だいじょぶだよ……。
そう何度も自分に言い聞かせると、ちょびっとだけ涙が滲んだ。
空を仰ぐと、まんまる満月だった。
あいつも……あいつも……同じ月を見ている……。
そう思うと、少し気持ちがあったかくなった。
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