雲林院と平坂が就職活動を始めて１ヶ月が経過していた。二流大学を休学中の二人にとって現実は凍てつく波動を投げかけた。
どちらもゲッソリと痩せ細りリクルート・スーツがヨレヨレになっている。食物は三食カロリー・メイト半分だった。
「先輩……二流大とかそういうのの前に俺達、就活力、いや人間力が地の底なんじゃ……」
平坂が涙を手で拭いながら言った。
「諦めるな……皆川先輩には俺達しか頼りになる人がいないって分かったじゃないか。
それは俺らにとって救いだろ？ 有難い事だろ？」
「だーかーらー俺は皆川のアンチクショーと面識無いんスよ？」
はぁ……。
バスは屋久島を半周回って小さな農業法人に辿り着いた。「ネイケフイケキロロ」という社名だ。胡散臭い。
雲林院がスーツを正す。
「さて、大本命だぜ。平坂君」
「先輩の糞推理によると、でしょ」
フフンと笑う平坂。どうやらその眼はまだ死んではいない。
そうだ。このガキンチョは俺らと同類。ゴキブリの如き不屈の魂を持った男だ。踏まれても踏まれても無視されても疎外されても今まで魂の座を譲らなかったのだ。頼みにしても良い。そんな男。
「行きましょうか。先輩」
平坂がウインクして言った。むき出しになった歯が黄色かった。
「や、歯磨きしてから行こう」
「へい」
５分後に会社の前に仁王立ちする。
「平坂。就職活動は広く浅く。それにより学生は成長し企業が求める人材となる。その結果が今此処にいる俺達なんだ」
「あたぼーっすよ！ 変な失敗しないでくださいよ！」
雲林院がギイと扉を開けた。それと同時に磯の香りが鼻につく。
中は薄暗い。何の変哲もない部屋だったが真ん中に二周りほど年上の坊主のお兄さんが立っていた。首にタオルを巻いていて作業着姿だ。よく汚れている。
「あの、面接に来たおばけ大学の雲林院水徒です」
「私は平坂火取です」
多少狼狽して言ってみた。
「ああ、君らね。ま、座ってよ」
坊主の男はソファーの方を顎でしゃくって指示する。雲林院と平坂がソファーに座ると机を挟んで反対側のソファーに男は座った。
それと同時に照明がパッと明るくなる。平坂がリアクションを隠した事を肌で感じる。さっきから何か変だ。いくら小さい会社だからって……。
「さてと……面接を始めようか。雲林院君。平坂君。君達の経験値が見えるよ」
雲林院はドキッとする。子供じみた物言いだ。何この人？
「俺の名前はミヤザワ・タテ。ま、その内、世間一般でも知られるようになる名だ」
また平坂がリアクションを隠した。
「今の所、我が社の半分は永田農法で野菜を作ってるんだ。もう半分は……あとのお楽しみにしておこうか。フフフ」
平坂の強い我慢の情念が伝わってきた。
この人の異常性は置いておいて永田農法である。思惑通り……か……？
「見せてもらおうか。君らの全てを。自由に自分を表現してみてくれたまえ。制限時間は３０分だ」
自由！？ 俺達にそんなもの与えて良いのか！？
しかし平坂が喜びに打ち震えているのが伝わってきた。やるしかないのか！？ こんな事もあるのか！？
「機械化が進む農業業界ですが現在において人間の体力は有用な資源となります！
私達は大学時代を全てラクロスに捧げてきました！ その技量を刮目して見られたし！」
雲林院が先に叫んだ。それと同時に二人でスーツを脱ぐ。おばけ大学ラクロス部のジャージが現れた。盗品である。
デイパックから三節に折りたたまれたクロスを取り出しすぐに後ろのスペースに移動する。二人でアイコンタクトする。修行の成果、見せてやる！
雲林院は硬質ゴム製のボールを思い切り平坂に向かって投げた。
「はァッ！」
平坂はクロスの網でボールを受け止める。間髪をいれず網の中のボールを雲林院の方へ。
「ぬぅぃッ！」
雲林院は体を半分捻りながらキャッチする。
「らぁッ！ たぁッ！ とうッ！」
「ぜりゃッ！ はりゃッ！ ほうりゃッ！」
超スピードの攻防は２５分間続いた。タテと名乗った男は渋い顔でそれを眺めている。
見たか！ この血と汗と涙の結晶を！ 二人ともラクロスのリア充な雰囲気に憧れて夜を徹して練習したのだ。
このコンビネーション！ この迫力！ 永田農法そのものではないか！
「うおらァー！」
雲林院の渾身の一球が平坂の額のど真ん中にヒットした。硬質ゴム製のボールは勢いよく破裂し四散した。平坂の頭が割れて血が迸る。
だが次の瞬間、満面の笑みを浮かべた。受け取りましたよ……先輩の「本気」……。そんな情念が伝わってきた。
いつの間にか部屋もタテも見えなくなって上も下も左も右も真っ白くなっていた。此処が集中の極限。何のシガラミも雑念も無い世界。この世で最も綺麗な「自分の頭の中の場所」……。
雲林院も力を使い果たし前のめりに倒れこむ。二人で同時に地に叩きつけられた。
駄目だ今は面接中。あと３分……あと３分の自由が……俺達にはある……！
「私を漢字一文字で言い表すなら、『海』です！
私の頭の中には水が溢れております！ それは湧き上がるアイデア！ 生命の根源！
不運を背負いし人々を『食』という最強のステータスで癒せるのは私だと、そう確信しております！」
雲林院は言い切ってしまった。平坂がニヤリと笑ったのが伝わってきた。
「私を漢字一文字で言い表すなら、『山』です！
山とは厳しさ！ 登り詰めれば空気は薄くなり生物種は少なくなる！
そこにあるのは孤高！ 世界の人々を救うという大義を背負う選ばれし人物に最も必要な資質であります！」
平坂も言い切った。ニシシッと二人で笑った。
出し切った……。出し切ったぜ……。俺達の全て……。
さあ、冷酷なジャッジメントを頼みますよタテさん……。俺達もう……覚悟はできてるんだから……。
「くっくっくっくっく……それで我が社『ネイケフイケキロロ』に挑もうなど片腹痛いわ！」
二人の目が見開かれた。ああ……分かってた事さ……。俺達は何処まで行っても……馬鹿なんだから……。
「２５分で切れる体力の何処に魅力がある。次はエベレストに登ってこい」
タテの言葉が耳に届く。はい……？ 「次」とか……。
「あっ……」
平坂が言って先に立ち上がった。雲林院も体を起こして呆然とする。
「我が社が提携を結ぶのは一つの界……すなわち『地獄』……！ 私の弟の研究結果を逐一活かすのがもう半分の農場……。
プレイヤー２と３、雲林院と平坂よ……因果よのう……此処で会ったのも何かのエニシ……プレイヤー１の森野は５年前から条件を満たしている……奴は優秀だ……プレイヤー４……皆川唯とその内交代するのだろうが……それでもかまわん。卒業後の進路に我が社を考えておいてほしい。
まあ、全ての試練に合格したらだがな！」
「は、はいィッ！」
二人で引きつっていた。やっべ！ また電波民族引き当てちゃった！ 第一次試験には通ったみたいだけど……。
雲林院は坊主頭のもっさいオッサンからただならぬ妖気を感じ始めていた。
「人間も養分の少ない土地で育てばその実を精一杯甘く実らせようとするものだ。
それが『人間永田農法』。それが貴様らの選別の基準の一つだと言われている」
タテはそこでニヤリと笑う。
「進化しろ。青年。二重螺旋の民であるなら。生物なら。生きる力の源泉なら」
平坂が後ずさりする。「マジぱねえっす」と顔に書いてあるのが雲林院には分かった。
その次の日、二人はチベットへと飛んだ。生まれて初めての海外の地であった。