農ネーム 第3話「死体奪還」

 O県天庭市落世町。森野と雲林院の故郷。その日、そこの皆川邸で皆川唯の葬式が執り行われる。
 平坂がトランクを開けた車の中で待機している。森野と雲林院は堂々正面突破を決め込んだ。
「どうも。ご愁傷様です」
「森野……雲林院……」
 唯の兄の皆川洋一が出迎える。洋一は罰の悪そうな顔をして少し俯く。
「俺は人は死んだら『物』になるもんだと思ってる。だから……」
「任せてくださいよ。先輩」
 森野は自信ありげにそう言って胸を張った。

 両親に少し挨拶した後、唯の顔を見に行った。実は二人ともこのような場で知り合いの死体の顔を見るのは初めてだった。
「わあっ……」
 雲林院は森野にしか聞こえない音量で声を上げた。花で縁取られた唯の安らかな顔が見える。苦しまずノックダウンされたその顔は何時もの美貌をさらに高めているように見える。
 その真っ白い表面に雲林院はしばらく見入っていた。森野に袖を引っ張られてやっと我に返る。
 その後しばらくして坊さんがやって来て皆で正座して経を読んだ。
 森野が農芸化学コースと工学部の友達に頼んで作ってもらったクロロホルム時限発生装置は洋一によって昨晩クーラーの中に取り付けられている。
 時間を察して二人はトイレに立つ。雲林院はそそくさと森野に耳打ちする。
「悪いな。本当は肉体労働は俺がやらなきゃなのに」
「しょうがねーだろ。頭脳も肉体も俺が上なんだから」
 森野がつっぱねるので雲林院は苦笑する。
「お前だけ危険な目に……。いつもそうだ。俺達お前を振り回してる」
「好きでやってんだっつの。今回ばっかはテメエの心配した方が良いと思うぜ」
 雲林院は不甲斐なさに下を向いて友人の無事を祈った。
 5分くらい経っただろうか。そろそろ効いた頃だろう。障子を開くと十数人の親族がそれぞれの姿勢で突っ伏して眠っていた。即効性のクロロホルムはバッチリ効いたようだ。
「よし! 急ごう!」
 ハンカチで鼻と口を塞いで棺桶まで移動する。棺の中を見ると唯の顔が少し桃色に色づいていた。生命を感じる。体機能が生前まで巻き戻されたのだ。雲林院は一抹の感動を隠せない。
 棺から唯を慎重に取り出し、リュックの中に入れていた寝袋にすばやく詰め込んでしまう。二人で左右から持ち上げる。思ったより軽い……。命はまた別の所に……。そんな一瞬の思考があった。
 早足で靴を履き門から外に出る。通行人ゼロ。行き当たりばったりだけど上手くいった。
「ハリアップっス!」
 平坂が手を振って待っている。洋一も何時からか抜け出して車の横にいる。トランクに皆川を詰め込むと森野は運転席に乗り込んだ。
「雲林院。注文の唯のアルバムとか日記とか成績表とか」
 そう言って洋一は雲林院にリュックを渡し、窓に近づく。
「限度があるだろうが俺が何とか言いくるめる。最悪、他の二人は大丈夫だ。約束する。後はお前の逃亡テクを信じるぜ。悪ささせりゃ右に出る者はいないだろ?」
 森野に向かって言った。
「最高の信頼、有り難く頂戴します。ヘタレども! 後は上手くやれ!」
 ケケッと笑う森野。雲林院はドキッとする。  最高の信頼。いつも森野頼みだったけど、今回は一番リスクが高いであろう皆川の死体を持って逃げ回る役を森野がやるのだ。雲林院と平坂にそんなスキルは無いからだ。最悪の場合、警察との戦いになるだろう。自分に力が無いから、親友にこんな危ない橋を渡らせないといけない。雲林院は自責の念で一杯だった。
 森野はそんな雲林院を見て取って、少しはにかんで笑って見せた。
「気をつけろよ。友達。また会おうぜ!」
 言って、窓を閉めるとアクセルを踏んでさっさと行ってしまった。
「先輩、俺らも退避した方が無難っスよ」
 平坂は原付のエンジンをかける。
「雲林院、有難うな。俺は、どうなってもかまわん。もう一度、唯の笑顔が見れたらめっけもんだ」
 洋一の目元に涙が溜まっているのが見えた。
「俺は一度死にました! 死を知った俺は生きてる事の有り難さを誰よりもよく知ってるんですよ!」
 そう言って踵を返した。平坂がニカーッと笑っている。 「こういう時は何時もと違うっスねー! 期待しちゃうっス! 俺!」
白い歯をむき出しにして嬉しそうだ。雲林院もつられて笑顔になる。平坂にはこういう有り難さがある。雲林院は思った。
 笑って手を振る洋一に右手をあげて別れを告げ、平坂と雲林院は二人乗りで全速で走り出した。風が頬に冷たい。えも言われぬ爽快感があった。
 目下の目標は「皆川唯の真の新規就職先の発見。そして唯を雇ってもらえるよう渡りをつける事」。
 NEETまっしぐらだった雲林院と平坂の目にメラメラと火が灯る。
 メラメラ。
 メラメラ。
 大好きな人の為なら、人はこんなにも頑張れる!
 雲林院は生まれて何回目かのそんな感覚を味わっていた。単純な平坂も同じだ。
 アガペーは甘味なり。
 他人の為の努力。
 地上で最高の快楽の蜜。
 生きる活力そのものである!
「逝くぞおおおお! 平坂!」
「のってきたっスねえ! 先輩!」
 砂塵が田舎の大地を吹きぬけていった。彼らを止める者は誰もいない。