その日、雲林院と森野と平坂の3人が生協で食事していたら一回り年上らしい男に話しかけられた。
「良い働き口紹介してやるぜ」
男は言った。
髪型が重力に逆らって不思議な形状をとっている。少し元気のないスーパーサイヤ人と言った感じだ。服装は青のカッターシャツに黒のジーンズ。強い意志を感じる目つきをしている。
「いきなり何スか。バイトなら間に合ってるっス」
森野が代表して答えた。男はニヤッと笑った。
「俺はカフカ。元地獄の門番で現NEET。皆川唯の元彼で油川氷魚の友達だ」
「また出たよ……。電波民族」
森野が心底嫌そうな顔をする。
「へぇ。皆川先輩の」
雲林院が身を乗り出す。
「そっ。で皆川の最新情報教えてやるよ。アイツは風呂場でサンポールと石灰硫黄合剤を混ぜて発生した硫化水素で自殺した。3時間くらい前かな」
森野と雲林院の顔色が変わる。平坂も言葉の意味は理解したようだ。
「どどどどどどうして!どうして!?」
雲林院がカフカと名乗った男の肩を掴む。森野はその間に冷静さを取り戻す。
カフカは少し嬉しそうな表情を見せる。微かな笑いだった。
「み……皆川先輩は俺達の出世頭!希望の星!国立K大農学部生! それなのに……!」
「雲林院。そういう問題じゃない」
森野が一喝する。
「カフカさん。あんた電波民族なんだろ。もしかして……」
森野の眼がギラリと光る。その眼に射られたカフカは口を斜めにする。
「雲林院と同じ事を皆川先輩にできるんじゃないか?」
ゆっくり言葉を紡いだ。雲林院が言葉の意味を理解し生唾を飲み込む。
瞬間、生協の他の人間がいなくなったように辺りが静まりかえる。
平坂も異変に気づく。辺りをキョロキョロと見回す。
「オシリス様の決めた事を教えてやろう」
カフカが口を開く。
「森野。お前はプレイヤー1だ。そして平坂はプレイヤー2。此処までは知ってるな? そして次の時代が必要とするのはフレキシビリティー。柔軟性だ。
そんなわけで抜擢されたのが雲林院と皆川。雲林院がプレイヤー3で皆川がプレイヤー4だ。これで明日の4界を創出する礎とする」
雲林院は意味がほとんどとれなかった。 プレイヤー? 氷魚がそんな事言ってたような。自分が3?
森野は渋い表情でカフカの眼を見ている。何処まで目の前の男が本気なのか測っているようだ。森野は「現実」と乖離した事象を嫌っているがその審議は人一倍厳しくする方だ。森野に任せれば良い。この男への対応は。雲林院は思った。
「何故俺達の関係者ばかりその『プレイヤー』になるんだ?」
カフカが先を続けないので森野が口を開いた。雲林院はその瞬間、森野が問題を真面目に捉えている事を悟る。何故? 俺が昔、死んで生き返ったから? そんな力が「地獄の門番」にはある?
カフカはそんな雲林院の考えを表情で読み取って笑った、ように見えた。
「そいつはプシュケ様に聞かないと分からないね。現世の品定めをしている現世神だ。
今だって……きっと何処かからお前等を見てる」
くっくと笑う。
森野は返答に満足できなかったらしい。舌打ちする。
「最初の質問に答えろ」
森野の発する圧力に平坂が肩を竦める。
「今回、俺ができる事は限られている。皆川の体機能を生きていた時の状態まで巻き戻す事、その状態のまま維持する事、それだけだ」
雲林院が眼を見張る。
「ならそれで良いじゃねえか!早くやってくれ!」
「まあ待てよ。オシリス様とプシュケ様が望んでいるプレイヤー4はK大に入る前の皆川。自殺願望を持つ前の健全な皆川なんだ。その条件を数時間でクリアできなきゃ皆川の活動を再開させる事はできない。生きる目的みたいな物……を『用意』してやる必要がある」
雲林院は回りくどい話に苛立ってきた。
「なんで先輩はそこまで追い詰められなきゃならなかったんだよ!」
「それをこれから探せば良い」
森野が静かに言った。
「そもそも自殺したくて自殺した人を復活させるのってどうなんですか?」
平坂が口を挟む。雲林院が喉をうっと詰まらせる。森野は冷めた表情だ。
「俺の我がままだ」
森野が短く呟いた。雲林院はハッとした表情をする。
「いや!俺達の我がままだ!」
カフカの目元が歪む。
「アハハハハ!良いぜお前等!俺からも頼む!皆川を助けてやってくれ!
言っとくけど早くしないと死体燃やされちまうからな!」
気持ち良く笑った。
「なっ!蛍の時は死体隠してくれただろ!」
「だから特例なんだって」
森野は腕を組んでニヤッと笑った。
「そちらの全体像、目的は皆目見当がつきませんが貴方達に頼るしかなさそうだ。こちらも尽力する事にします」
全く敬意のこもっていない丁寧語で言った。
周りの喧騒が戻る。地獄の門番の特殊能力か……? 話を他人に聞かれない為の……。もしかしたら聞かれる可能性があるのは現世神プシュケって奴なのか……。
「森野には話が伝わったみたいだから俺はこれで帰るが……雲林院。この世もまだ捨てたもんじゃないって事がその内お前にも分かる筈だ。それまで死ぬんじゃないぞ。お兄さんと約束だ」
カフカは雲林院の前にグッと握った拳を突き出した。雲林院は多少たじろぐがすぐに同じように拳を突き出す。その眼に意思の火種が宿る。カフカはまた嬉しそうにそれを見ていた。
「地獄の門番には俺みたいな駄目人間もいる。畏れる事はないさ。いくらでもやり直しがきくのが人生だ。『頭の中の地獄』と『頭の中の天国』の操作さえ誤らなければな。要は気の持ちよう。考え方次第で地獄も天国ってこった」
んーっと伸びをして謎の男カフカは背を向けて歩いていった。雲林院がちょっと笑って瞬きすると次の瞬間カフカは消えていた。
「うわっ!ちょっとデジャヴー!」
平坂が感想を言った。
「さってと」
森野が席を立つ。
「平坂。もちろんお前も手伝え。じゃないと絶交だ」
「マジのすけ!」
森野に釘を刺されてあたふたする平坂。
「マジっパねーっスよ先輩!俺、皆川って人、話でしか知らないんだぜ?」
「俺達無しで卒業できるんならまた独りになれば?」
いたずらっぽい顔で森野が言う。
雲林院もフフッと笑った。俺達で救える命はいくらでも救ってやる! そう決心した。