第一話「天国にようこそ」





雨が降っていた。 
風見幹也の葬儀が執り行われている。 
死体は無い。 
交通事故現場に残された大量の血痕が風見が死亡したという証拠だった。 
全国で似たような死体の発見されない死亡事故は昔からよく起こっていたので 
それほど珍しい事ではない。 
「風見君・・・風見君・・・。」 
K大に通う千本木唯がハンカチで目を覆いながら呟いている。 
綺麗だ・・・ 
雲林院は思った。 
木住野一葉が煙草に火を点けた。 
紫煙が雲林院の鼻を掠める。 
木住野の顔は影になってよく見えない。 
泣いているのかもしれない。 
「雲林院。」 
森野が後ろから雲林院の肩を叩く。 
「雲林院。最近どうだ?」 
「不謹慎だぞ森野・・・でもまあ、うん。元気に浪人生活してるよ。」 
「そうか。ところでな、俺もK大受けようと思うんだ。」 
「何・・・?なんでまた。」 
「今年落ちてから頭冷やして考えた。やっぱ俺勉強が好きなんだ。 
 深く考えずに、やろうと思う事はやる。」 
「そう・・・そうか。まぁ、それも良かろう。」 
雲林院は溜め息をついた。 
雨で体がだんだん冷えてきた。 
「荒れそうだな。」 
雲林院は呟いた。 

そんなわけで風見幹也は死んでしまった。 
交通事故に遭って次の瞬間目を覚ますと 
上も下も右も左も真っ白い空間に突っ立っていた。 
狼狽していると遠くの方に小さく彩りのある物が見えた。 
夢中でその方向に走り出す。 
地面が妙に柔らかく走りにくかった。 
途中で前方に急に白服の男が現れた。 
背中に真っ白い羽毛のある翼を背負っている。 
「よおっ。風見さん。そんなに慌てなさんな。」 
「誰だアンタ。」 
「俺か?俺はリスパ。天国の門番だ。」 
「天国・・・?」 
「そう!天国!アンタは天国に招待された優等生なんだ。」 
「マジで?」 
「マジ。あの遠くに見える天国の窓まで俺が案内してやるよ。 
 闇雲に走っても何時までたっても着かないんだぜ。ちゃんと通るべきコースが有る。」 
「あっそう。」 
風見はリスパに先導されて3時間くらい歩いた。 
天国の窓の向こうには青々とした山々が見えた。 
「ここから直接入ってきてくれ。よっと。」 
リスパが天国の窓に足をかけて中に入って行った。 
風見も真似して入っていく。 
其処は緑の生い茂ったジャングル地帯だった。 
たくさんの虫や鳥の鳴き声が聞こえる。 
遠くに近代的な都市が見えた。 
「此処が天国。良い所だろ?」 
リスパが言った。 
「これだけじゃ分かりませんよ。」 
風見が答える。 
一人の白服の女が近寄ってくる。リスパと同じように羽が生えている。 
「やっほーリスパ。お勤めご苦労さん。」 
「ようルーラン。野次馬か?」 
「私も同伴するよ。風見さんの事知りたいんだよ。」 
「野次馬じゃねえか。」 
「今日は。風見さん。天国にようこそ。」 
「・・・俺はこれからどうなる?」 
「歩きながら話そう。あの街に行くんだよ。」 
三人は話しながら歩いて行った。 
風見は天国について色々知る事になる。 
天国は現世の法に触れなかった者達の中からランダムに選別された者が来る所らしい。 
人類の歴史が始まってから在ったわけではなく二百年ほど前にできたものらしい。 
地球と同じような惑星が天国だが空間の容量は有限に見えて無限らしい。 
天国に来た人には無料で好きな形、好きな広さの家が与えられるらしい。 
というか現世にある物が何でも無料で入手できるらしい。 
なりたい職業に何のリスクも負わずに自由になれるらしい。 
「マジで?それってスゲーつまんねー世界なんじゃないですか?」 
「うん。そういう人はそういう人で他にやる事はあるよ・・・。」 
「風見さんは何の職業に就く?」 
「ちょっと待って。何でもタダで買えるのになんで職に就かなきゃならん?」 
「やっぱ何かしらで社会と関わりを持ってた方が生活に張りが出るんだよ。 
 もちろん無職の奴が大半なんだけど・・・風見さん割と仕事好きそうだから・・・。」 
「うんうん。働いてない奴ばっかだから他の奴等が好きな職に就けるわけだ。 
 俺は・・・そうだな・・・小説家とかなってみたいな。」 
「じゃハロワで私が設定しとくよ。」 
「あとな、第7管区って所が有るんだ。其処には近づかんでくれ。」 
「なんで?」 
「戦争してて危ないから。」 
「ふーん。」 
風見は軽く流した。 
「もうすぐ天国都市フォレストスケープだよ。」 
風見は天国都市を見上げた。 
密林に切り取られた視界に長い石柱があった。 
石柱の上に黒い修道服を着て七色のグラデーションのかかった翼を持った 
娘が蹲って座っている。 
「あの娘は?」 
風見が聞いた。 
「ああ。イリスね。あの娘とは関わらない方が良いよ。」 
「なんで?」 
「あなたの事恨んでるから。凄く。」 
「えっ・・・なんで?」 
「御免ね。教えられない。プライバシーに関わる事だから。」 
「・・・。」 
風見は再び石柱を仰ぎ見た。 
イリスはこちらを見下ろしている。 
その瞳が深い青色である事が確認できた。 
風見は頭の後ろ側に電流が走ったような気がした。 
何故かは分からない。 
それから都市に入って風見の住む事になるアパートに辿り着いた。 
風見が「住むならアパートが良い」と言うと 
「それなら良い所がある」とリスパが言って其処に案内してくれたのだ。 
岡本太郎の「山の掟」が壁面に描かれている。 
その三階建てのアパートの307号室が風見の部屋だ。 
「有難う。リスパ。ルーラン。送ってくれて。」 
「アンタが前プレイヤー2の雲林院君のチューバの師匠で 
 現プレイヤー1の森野君の友達じゃなかったら此処まで至れり尽くせりはやらなかったよ。」 
「どういう事?」 
「プレイヤーはね。神様なんだよ。 
 機嫌を損ねたら天国で人が死に、上機嫌にすれば魔界が栄える。 
 そんな爆弾の関係者、丁寧に扱いすぎるくらいでちょうど良いんだよ。」 
「よく分からんが・・・。」 
「分からなくて良いんだよ。じゃあね。アデュー。」 
リスパとルーランは次に風見が瞬きした後には消えてしまっていた。 
「よく分からん奴等・・・。」 
風見はアパートを見つけた。 
「なんで死んでまでこんな事せにゃならんのか・・・。 
 ・・・まぁ・・・生きるしかないよな・・・生きるか・・・。」 
風見は呟いた。 
すぐ隣のビルの屋上からイリスが風見をじっと見つめていた。 
風見はその事に全く気付かない。 
「私は彼とどう関わっていくべきだろう。」 
イリスは呟いた。 
深青の瞳がちらりと輝く。