「火遊び」





平坂火取(ヒラサカ・ヒトル)は第一志望校に落ちた。 
失意のうちで脳裏を過ぎった事はただ一つ。 
角田修一(カクタ・シュウイチ)への復讐である。 
火取は試験の当日の朝に角田から「こいつ終わってるよ」と言われた。 
火取はそれによって神経をかき乱され試験に落ちてしまったのだ。 
火取の怨念には凄まじいものがあった。 
火取は「青の炎」という小説に書いてあった 
高校生の考えた完全犯罪の計画を実行しようとした。 
その計画の名は「ブリッツ」という。 
俺の人生はこのままでは糞ほどもツマラナイものになってしまう。 
俺の人生全部かけてでもアイツに償ってもらわなければならない。 
火取は思った。 
道具をリュックに入れて自宅を後にした。 
近くのアーケードの中を歩いていく。 
「じゃーん!」 
突如として目の前に見知らぬ女が立ちふさがった。 
アイヌ民族のものらしい衣装を身に纏っている。 
「何だ、アンタ。どいてくれ。」 
「今、何考えてたか言ったげようか。殺人!」 
火取が少し後ずさる。 
「うふふ。当たりでしょ。素直にお縄にかかりなさい。」 
「誰だアンタ。」 
「油川氷魚(アブラガワ・ヒオ)。地獄の門番代行だよ。さっ手を繋いで!」 
「ちょっと待て。俺は殺人の事なんか考えてない。」 
氷魚は無視して無理矢理に火取の手を握った。 
火取は氷魚の掌の非常な冷たさを感じた。 
「ちょっと待ってくれよ。」 

そう言った後、瞬きすると途端に景色が変わっていた。 
空が赤い。周りは岩だらけだ。 
目の前に何万という色とりどりの服を着た人間が列を作っている。 
皆一様に暗い表情をしていた。 
遠くの方に細かい装飾を施された門のような物が見える。 
火取は何が起こったのかわけが分からなかった。 
「ここは地獄だよ。」 
氷魚が言った。 
「地獄?」 
「悪いけど君は特別なんだ。この世界全体の為にも殺人をしてもらうわけには 
 いかない。君がそれをやったら私達は君をここより更に下層の魔界に送らなければならない。 
 そういうわけにはいかない。君は新しいプレイヤーなんだよ。 
 明るく楽しく元気に過ごしてもらわないとこの世界全体にとって大いなる損失なんだよ。 
 君にはここで・・・何というか根性を叩き直してもらうよ。」 
氷魚がそこまで話すと火取は後ろに気配を感じた。 
振り向くと3メートルはあろうかという筋骨隆々の大男が立っていた。 
上半身は裸で大きな棍棒のような物を背負っている。 
「彼の名はクラムボン。地獄の門番だよ。これから、あなたには彼と戦ってもらいます。」 
「は?」 
「ふんぬぅ!!」 
クラムボンが思い切り棍棒を振りかぶった。 
「ちょ待っ!!」 
火取は避ける間もなく脳天に棍棒の一撃を貰った。 
脳天から血がほとばしり目の前が真っ暗になった。 
火取は意識を失った。 

「なんだ弱いな。コイツは。」 
クラムボンが言った。 
「当たり前だよ。あなたが手加減しないから。・・・まぁ、良い洗礼にはなったんじゃない?」 
氷魚が言う。 
「これからどうするんだ?」 
「彼の魂を取り出して一度子供のレベルまで戻します。それからこちらで 
 適当な教育を施して、それから後は現世のプレーヤー1、森野詠史(モリノ・エイシ)君と 
 会ってもらいます。」 
「それから?」 
「あとは知らない。森野君との交流によって健全な魂を取り戻せたらクリアー。」 
「その森野ってヤツは信頼できるのか?」 
「全然!いい人だけどね。こういうのは苦手っぽい。」 
「まぁ、俺の仕事じゃねえから良いや。じゃ、俺はこれで。」 
「有難う。クラムボン。」 
ボンと音を立ててクラムボンの周りを煙が包み、煙が無くなると彼の姿は掻き消えていた。 
これで火取の士気は消えた筈。 
彼の場合の殺人は衝動的なものだったからコレでなんとか止められたって事になるのか。 
氷魚は思った。 
「さぁてと。次次。」 
氷魚は背中のリュックから小さな掃除機のような形をした物を取り出した。 
「吸引!」 
気を失った火取の耳に吸入口を当ててスイッチをONにした。 
低い音がして耳の中から真っ赤な炎のような物が出てきた。 
「よーし。良い色してる。良い人そうだね。やっぱ。」 
取り出した炎をリュックから取り出した瓶に入れて、氷魚は歩き出した。 
自分が新しいプレイヤーを育てるのだ。 
ある意味、世界全体を自分の意のままに動かせるかもしれないわけで 
神様のするような作業かもしれない。 
氷魚は思わずして微笑んでいた。 

「ほら見てごらん火取君。ナスカの地上絵だよ!誰が何の為に作ったんだろうねえ!」 
「ほら見てごらん火取君。モアイだよ!誰が何の為に作ったんだろうねえ!」 
「ほら見てごらん火取君。ピラミッドだよ!誰が何の為に作ったんだろうねえ!」 

地獄の空には地球と同じ大きさ、 
地上にある自然、建造物も地球と全く同じという惑星が浮かんでいる。 
地獄の門番達はこの惑星の事を「第二惑星」と呼んでいる。 
もともと人類に対して多大な貢献をした人物に特別に 
第二の人生を歩んでもらう為に作られた特殊な惑星である。 
第二惑星では地獄や現世と時間の流れの速さが違っていて 
第二惑星での1年が現世や地獄での1分に当たる。 
平坂火取は油川氷魚に魂を取り出され、さらに浄化された。 
それによって精神年齢は0歳まで戻ってしまった。 
氷魚は特殊な粘土で0歳の赤ん坊の肉体を作り出し火取の魂を入れた。 
それから第二惑星に行って惑星中を旅する事を始めた。 
火取の体は精神年齢が1歳上がる毎に粘土で作り替えた。 
氷魚自身の年齢は上がらないように予め設定してある。 
氷魚はひきこもりがちな火取が健全に育つ為には 
世界中を自分と一緒に旅させる事が一番だと考えた。 
そういうわけで今は世界中の色んな名所を回っているところだ。 


「氷魚さん。良い事って何?」 
「君が決めるのよ。」 
「それ、何かのパクリでしょ?」 
「う・・・分かる?」 


角田修一はその日K学院大学の美術室に見学に来て 
森野詠史と雲林院水徒(ウリンイン・スイト)と水前寺由良(スイゼンジ・ユラ)の 
コンパに鉢合わせした。 
「うおー!角田かぁ!」 
雲林院が野太い声を上げる。 
「雲林院か・・・?」 
角田は後ずさった。 
「おい!先輩を呼び捨てにするなお前。まぁいいや。お前も飲め!」 
「雲林院君、下品だよ。」 
「誰だ?お前。」 
「お・・・俺は角田修一です。白帝高校で雲林院さんと一緒でした。」 
「へぇー!そうかそうか。じゃ、今年からK学院大に入ったわけだ。 
 ここに通ってんのは私だけだよ。美術部に入るの?」 
「はい・・・。見学に来ました。」 
「高校の時、美術部入ってた?私は大学からで今までは吹奏楽でコントラ弾いてたのよ。」 
「へぇ・・・。」 
「どう?混ざらない?お金払わなくて良いよ。」 
「あ・・・はい。宜しくお願いします。」 
角田はおずおずと3人の方に寄って行った。 

「雲林院、最近明るくなったんじゃないか。」 
「由良は綺麗だな。」 
「コロシタイ。」 
「木住野先輩も元気そうだな。」 
「コロサレタイ。」 
「千本木先輩も大学に通ってるのか。」 

「んー?」 
海音寺蛍は世界樹に耳を当てていた。 
「ねぇ。メテオラ爺さん。ちょっと前から変な雑音が混ざるんだけど。」 
石に腰掛けたメテオラに向かって蛍は言った。 
「あぁ、新しくプレイヤー2になったヤツの想念だろう。」 
メテオラは事も無げに言った。 
「そいつ今何処にいるの?」 
「第二惑星かな。」 
「危険だよ。そいつ。『コロシタイ』とか『コロサレタイ』とか言ってるんだけど。」 
「その辺の事は担当の地獄の門番に任せるしかないな。油川氷魚だよ。」 
「氷魚が?・・・やばいよそれ。あの娘、そんなシッカリしたヤツじゃないし。私が代わる。」 
「それはできないな。全てはオシリス様がお決めになった事だ。」 
「そんな・・・。」 
蛍は俯いた。 
そして随分成長して実を数十個つけた世界樹を見上げる。 
そろそろ自分も死に時なのではないか、と思った。 


氷魚さんの冷たい手が好きです。 
どうして氷魚さんの手がそんなに冷たいのか僕は知りません。 
氷魚さんの事がもっと知りたいです。 
僕と付き合ってください。 


朝起きたらそんな事を書いた紙切れが氷魚のリュックの中に入っていた。 
「何だコレ?・・・火取君か・・・。」 
氷魚は頭をボリボリ掻いた。 
「・・・今で精神年齢15歳くらいか。・・・しょうがないのかな・・・。」 
火取は近くには居ない。魚釣りにでも出かけたのだろうか。 
「よし!しょーがない。相手してやろう!それが火取の為になるだろう!」 
氷魚はリュックを背負って火取を探し始めた。 
ほどなくして何時も一緒に釣りをしていた川で火取を見つける。 

「手紙読んだよ。火取君。私ね。地獄の門番としてあなたを育てている立場だけど・・・」 
「御免なさい!」 
「・・・いや、良いんだよ。私、火取君の事好きだよ。だから・・・」 
「御免なさい!」 
「・・・いや、あのね。」 
「僕を殺してください!」 
「は?」 
その次の瞬間、火取は氷魚に向けて強烈なタックルをお見舞いした。 
氷魚の口から息が漏れる。 
その勢いに任せて2人は川に落ちてしまった。 
やっとの思いで水面に顔を出す氷魚。 
「ひっ・・・火取君!何か間違って!!」 
「一緒に死んでください!僕はあなたの事が好きなんです!」 
「なっ・・・!」 
火取は力に任せて氷魚を水中に引きずりこんだ。 
「も・・・もう駄目だ。地獄に救難信号を・・・!」 
「僕はあなたの事が好きなんだー!」 
火取の声がそこら中に広がった。 

由良はその日の正午過ぎに美術部のBOXを訪れた。 
すると角田修一が一人で抽象画を描いていた。 
「やっ。カクタン。熱心だね。」 
「・・・今日は。」 
角田は直ぐに視線を絵の方に戻した。 
(相変わらず暗いなこの子は・・・何考えてるか分からんし・・・) 
由良は思った。 
「その絵、今度の部展に出すの?」 
「・・・出しません。」 
「・・・一応何か出しといた方が良いよ。」 
角田はまた直ぐに由良から目を逸らした。 
それから1分ほど沈黙があった。 
「雲林院先輩は・・・今何してるんですか?」 
そう言って角田の方から話しかけてきた。由良は面食らう。 
「うん・・・浪人してるみたいだよ。K大志望なんだ。彼。」 
「俺はC大志望でした。体育の先生になりたくて・・・スポーツ科学部に・・・。」 
「へぇ、そうなんだ。」 
「そうですか。雲林院はまだそんなに・・・。」 
「そんなに?」 
「なんつーか、往生際が悪いんですね。」 
「ははは・・・そうとも言うかな。」 
由良は空笑いした。 

俺は人が怖い。 
痛みに鈍感な俺は人を傷つけても人に傷つけられてもほとんど何も感じない。 
だから距離を置く。 
第三者の視点で全体を俯瞰する。 
傷か。傷だな。俺が知らないものは。 
虚無だ。俺の中に広がっているものはこの世界では虚無と呼ばれている。 
俺は虚無の中に色んな過去に出会った人々を飼っている。 
例えば平坂火取。 
例えば雲林院水徒。 
例えば自分。 
俺はそいつ等を使って人形遊びをしている。 
それだけの人生だ。 
俺は自分を認めない。 
他のどの人の事だって認めない。 
俺が噛んで咀嚼した断片以外を人として認めない。 
全てが俺の思い通り。 
人は傷つければ傷つけるほど生きるものだ。 
俺は刺せば良いだけだ。 
刺せば良い。 
それでポカリスエットを飲んで喉を潤せば良い。 
俺は精神病院の患者だ。 
それは自分の中だけの話。 
全部自分の中だけの話。 
平坂火取は今何処で何をしているだろうか。 
分からないが、分かる事も有る。 

俺達は、もう一度出会うだろう・・・って事だ。 

平坂火取の精神年齢は19歳になった。そこで最後の試練が行われる事になる。 
「地獄の中の地獄」に新しく造られた闘技場で「地底怪獣ジプレキサ」と戦う事がその試練だ。 
この試練には「プレイヤー2」の能力を上手く使いこなせるようにするという意味があった。 
大きな観客席には氷魚を含む「地獄の門番」200名が居て戦いを見守っていた。 

闘技場の中では茶色い30メートルほどのデコボコした皮膚を持つ怪獣が 
うなり声をあげている。アイヌの民族衣装を着た平坂火取がその20メートル前方に立っている。 

「翼手目化(スカイ・クロラ)!」 
火取の肩甲骨のあたりから翼長10メートルほどの真っ赤な翼が 
メリメリと音をたてて生えてきた。さらにその翼を動かして30メートル以上の上空に飛び上がる。 
ジプレキサは口から赤黒い熱線を火取めがけて発射した。 
間一髪で避ける火取。体勢を立て直して次の攻撃に移る。 
「灼熱の空間(ナ・バ・テア)!」 
ジプレキサの頭上5メートルのあたりに無数の小さな火球が出現した。 
「灼熱の堕天(ダウン・ツ・ヘヴン)!」 
ジプレキサの頭上の火球が真下めがけて一斉に降り注ぐ。 
「グオオォォオォ!」 
ジプレキサが悲痛な声を上げる。 
あたりに肉が焦げる臭いが充満する。 
ジプレキサは最後の足掻きとばかりに体中の熱線の発射口を開いて 
手当たり次第に熱線を発射する。 
「灼熱の休息(フラッタ・リンツ・ライフ)!」 
火取がそう叫ぶと火取の周囲2メートルほどに赤い球体が出現し 
火取を熱線の攻撃から守った。しかしガラスがひび割れるような音が響き、 
そのバリアーも長くは持ちそうにない事が感じられた。 
「いちかばちかだ・・・!」 
バリアーを解いて火取が熱線を避けつつ特攻する。 
腕や頬に熱線がかすって、肉が焦げ鮮血が迸った。 
目標はジプレキサの目。残りの距離はあと5メートルと迫った。 
「灼熱の揺り籠(クレイドゥ・ザ・スカイ)!」 
ジプレキサの目をめがけて特大の火球を両腕から発射した。 
火球はジプレキサの目を抉り取り、後頭部から外に出た。 
「アアアアァァアアァァアァアァァアァ!」 
ジプレキサは断末魔の叫び声をあげてその場に重い音を立てて倒れ伏した。 
「やった・・・勝った・・・。」 
火取もそのままバタリと倒れる。出血が激しい。 
すぐに観客席に居た油川氷魚とルルという女医が駆けつける。 
「よくやったね。火取君。格好良かったよ。」 
氷魚は言った。 
ルルは黙々と傷の消毒をしている。 
「氷魚さん・・・俺・・・何の為にこんな事やってたんだっけ・・・。」 
「それはね火取君。この世界全体の為だよ。君にはしっかりしてもらわなくちゃ困るんだ。」 
「御免・・・それよく意味が分からないんだ・・・。」 
そう言った後、火取の意識はプツリと途切れた。 

「・・・というわけでお前等には此処から立ち退いてもらいたいと思う。」 
ゲルニカは海音寺蛍と星街鶸と星街二矢の前でそう言った。 
「一寸待ってくださいよゲルニカさん。そんな急に言われたって私・・・。」 
鶸は言った。 
「しょうがないかもだよ鶸ちゃん。私達今まで相当頭の狂った事やってきてたんだ。」 
蛍は言った。 
「・・・そうかもな。俺はもうあまり未練は無いぜ。天国の門に入らされるって事だろう。」 
二矢は言った。 
「ああ、そうだ。それと別にお前達が頭の狂った事をやってきていたとは思わない。 
 世界樹をよくここまで育ててくれた。はっきり言ってこちらが感謝したいくらいだ。 
 そこでだ。特別にお前達に特典をやろうと思う。 
 一日だけ現世に戻っても良いぞ。」 
ゲルニカは言った。 
「本当!?」 
蛍は言った。 
「あぁ。これが俺達地獄の門番からのお前達への感謝の気持ちだ。 
 それで憂さが晴れたら気持ち良く天国の門をくぐってくれ。」 
ゲルニカは言った。 
「行くよ。私。」 
蛍は言った。 
「私も行く。」 
「じゃぁ、俺も行くか。」 
鶸と二矢もそう言った。 
「決まりだな。よし。現世までワープさせてやる。俺の手を握れ。 
 海音寺蛍。お前からだ。」 
蛍はゲルニカの手を握った。 
瞬きすると景色が途端に鮮やかになった。 
其処は賀川県の小さな駅だった。 
「じゃ、そういう事で。終わったらまた迎えに来る。 
 ・・・ところで最後に何をするつもりか聞いて良いか?一応。」 
「うん・・・雲林院水徒君とね・・・デートがしたいんだ。 
 岡本太郎の『明日への神話』を見に行くんだ。」 
「そうか。ま、幸運を祈るぜ。じゃ、終わったらまた迎えに来るから。」 
そう言ってゲルニカは次に瞬きした後には消えてしまっていた。 
「よーし!頑張るぞ!」 
蛍は雲林院の居るアパートを探す事を始める事にした。 

鶸と二矢は広嶋県の駅にワープしてやってきた。 
「お前達は何をするつもりなんだ?」 
「別に。何にも。お好み焼き食って原爆ドーム見てくるよ。二人で。」 
「そうかい。じゃ、終わったら迎えに来る。」 
ゲルニカは同じように消えてしまった。 
「お兄ちゃん。本当に何もしないの?」 
「お前が何かしたい事が有るんなら何でもやるぞ。」 
「いや、別に無いんだけどね。」 
「なら良いじゃねーか。自然体で行こうぜ。」 
二矢は言った。 

火取はジプレキサとの戦いから3日経って傷が完治した。 
「良かったねぇ。火取君。生きてて良かったよ。ホント。」 
「俺が氷魚さんの前で死ぬわけないですよ。ホント。」 
その時病室にゲルニカが入ってきた。 
「よう。お二人さん。今『地獄の中の地獄組』に引導を渡してきた所だぜ。」 
「へぇ。そう。じゃぁ蛍ともこれでお別れか。」 
「そっちはもう準備できてるか?」 
「うん。良いよ。何時でも森野君と会わせてもらっても結構よ。」 
「そうか。じゃぁ、早いほうが良い。今すぐ現世に飛んでくれ。」 
「うん。頑張ろうね。火取君。」 
「アイアイサー!」 
火取と氷魚は手を繋いで、現世までワープした。 
其処は賀川県の工事現場だった。 
「森野君は何処かな・・・。」 
氷魚は言った。 
すると前方から顔を真っ黒にした青年が荷車を押してきた。 
「森野君!」 
氷魚は叫ぶ。 
「あぁ・・・油川か?」 
森野は立ち止まる。 
火取はドギマギしながら森野の顔と全身を見ていた。 

「うん。そう。平坂火取君ね。なるほど。」 
森野はさぬきうどんを食べながら言った。 
「うん。だからね、森野君。この子と一緒に切磋琢磨っていうか友達になってもらいたいんだ。」 
氷魚は言った。 
「なるほど。それは分かった。だが理由がよく分からない。」 
「理由はね。その、君はこの世界の主導権を握ってる存在でね、この子もそうなんだよ。 
 二番目に主導権を握ってる存在なんだ。だからね、先輩として、この子が一人立ちする 
 手助けしてもらえないかなーって。」 
「さっぱり分からん。相変わらず電波な事言う奴だな。お前。」 
森野言った。 
「おい。お前。お前はちったー喋らんのか。同じように電波な事言いに来たんだろうが。」 
「あ・・・俺は・・・」 
火取は口篭る。 
「火取君。バシッと言っちゃってよ。君の心は『地底怪獣ジプレキサ』より強いんだよ。」 
「まーた始まった。なんだって?プレキャスト?」 
「森野さん!俺は!」 
火取は声を張り上げた。 
「おお・・・何だ?」 
「俺は・・・その・・・友達・・・いなくて・・・大学・・・落ちて・・・。」 
「は?」 
「そうじゃないでしょ火取君!」 
「俺は・・・俺は・・・真人間になりたいんだ!」 
火取は言い切った。 
「そうっ!そうだよ火取君!それで良いんだよ!」 
「ほーう。俺も大学は落ちたんだ。まぁ何だ。その辺は無駄にシンパシーだが。」 
「俺に生きる術を教えてください!」 
火取は声を張り上げた。 
「意味分かんない。」 
「わ・・・分かるわよぅ。この若者の真摯な叫びが聞こえないの?森野君。」 
森野は頭をボリボリと書いた。 
「生きる術ねぇ・・・俺だってフリーターでひぃひぃ言いながらやっとこ生きてる身だからな。 
 なんで俺なわけ?まぁ、そりゃ良いや。置いとこう。 
 じゃぁ、どうする。俺のやってるバイトでも紹介してやろうか? 
 ・・・あー、一寸待て悪い。今日は夜に水前寺の所に行く約束してたんだ。 
 ・・・今日は相手できない。悪いね。」 
「良いじゃない。森野君。この子も由良さんの所まで連れてってあげてよ。」 
「え〜、なんでだよ。・・・そうか。友達欲しいんだったか。・・・んー、 
 まぁ良いよ。連れてってやるよ。なんかもう全然意味分かんねえけどな。」 
「やったね!火取君。鏡都だよ。鏡都。」 
「・・・氷魚さん・・・俺もう何がなんだか・・・・。」 
「それくらいでちょうど良いんだよ。人生。とにかく鏡都よ鏡都!」 
油川氷魚が一人で騒いでいた。 

小雨が降っていた。 
玄関に14歳の姿の海音寺蛍が立っている。 
「・・・久しぶりだね。雲林院君。・・・背、伸びたね。」 
白衣にピンクのトックリセーターにジーンズ。あの時のままの格好だった。 
「・・・!!」 
雲林院水徒は絶句した。 
有り得ない事態が目の前で起こっている。 
「『明日への神話』見に行こうよ。水徒君。」 
「蛍・・・?お前・・・。」 
「御免ね。突然で。驚いてるでしょ。でも最後にどうしても・・・」 
「なんで・・・。」 
「『明日への神話』は鏡都に有るんだよ。早く行こっ。」 
「・・・蛍・・・・お前かよ!」 
水徒はやっとの思いでそう叫んだ。 
「・・・また会えて良かったよ。水徒君・・・。」 
蛍は呟いた。 

その日の夕方、雲林院水徒と海音寺蛍は鏡都の美術館に居た。 
眼前に「明日への神話」が展示されている。 
「そうか・・・一日だけか・・・一日だけ・・・。」 
「まだ言ってるの?雲林院君。」 
下の方で蛍が喋っている。 
「年はとってないけどね。地獄で色々有ったんだよ。私。友達もできた。」 
「へぇ。・・・ところでもう少しラディカルな質問しても良いか?」 
「何?」 
「なんで蛍は自殺したんだ?」 
「・・・。」 
2分くらい沈黙があった。 
「分かんない。」 
「・・・そうか。」 
「・・・えっと・・・私・・・絵を描く才能無いって分かって・・・いや違うな。」 
「それは違うだろ。」 
「うーん。」 
「死んだら悲しむヤツが居るとか考えなかったのか?」 
「・・・雲林院・・・水徒君は・・・悲しかった?」 
「悲しかったよ・・・凄くな。」 
「そうか・・・なんで死んじゃったんだろ。私。」 
蛍はその時の事を思い出す。 
中学校の屋上で靴を脱いだ。 
青空がよく見えた。 
晴れ晴れした透明な気分だった。 
でももっと透明になるには 
ここで飛ぶしかない。 
自分は飛べると思った。 
あの腐った大地から。 
もっと綺麗に 
考えられる限り綺麗に。 
「蛍。この絵、良いな。」 
「・・・うん。凄く良い。」 
「蛍・・・俺はお前の絵、凄く好きだったぜ。」 
「・・・そう・・・ありがと。」 
「さってと、行こうか。」 
水徒は言った。 

水前寺由良と角田修一は美術部で揃って抽象画を書いていた。 
由良が書いているのは二つの首を持った大蛇が無数の人間を食べている絵。 
角田が書いているのはナイフを持った人間の手に無数の蝶が纏わりついている絵だった。 
角田は自分で持ってきたバタフライナイフを見ながら絵を描いている。 
「よっしゃー!ノリノリよ!」 
由良が声を上げた。 
「五月蝿いっすよ。先輩。」 
「固い事言うなよカクタン。」 
由良はまた創作活動に没頭し始めた。 
角田は由良の横顔を盗み見る。 
綺麗だ、と思う。 
右手がカタカタと動く。 
握り締めたバタフライナイフがゆらゆらと揺れる。 
「誰か傷つけたいな♪」 
頭の中で声が聞こえた。 
「誰か傷つけたいな♪」 
自分でも声に出して歌うように言ってみた。 
「んー?何か言った?カクタン。」 
「・・・。」 
角田は無視してもう一度由良の横顔を盗み見る。 
真剣な目。黙々と作業に没頭している。 
この生き物の時間をここで止めてしまいたい。 
角田は思った。 
そう思うと同時に角田は席を立った。 
由良の方に一気に近づく。 
由良の両肩を強く押して転倒させた。 
「痛!・・・・・・・何すんのよ!!」 
「先輩は綺麗です。」 
角田はバタフライナイフを由良の左胸にトスッと刺した。 
「あっ・・・!」 
由良の左胸がどす黒い血に浸されていった。 
「ビンゴ!」 
角田は言った。 
「先輩は綺麗ですよ。」 
「・・・何・・・わけのわかんない事言ってんの・・・痛いよ・・・。」 
由良の目の前が次第に真っ暗になっていった。 
「・・・てめぇは・・・地・・・地獄に堕ちろ・・・。」 
由良は最後にそれだけ言って、その日の午後7時13分に絶命した。 

その日の午後7時31分に雲林院水徒と海音寺蛍と森野詠史と油川氷魚と 
平坂火取の5人はK学院大学の美術部に到着した。 
鍵は開けたままになっていた。奥の絵画の下に水前寺由良が人形のように倒れている。 
床に大量の血が広がっていた。 
「由良!」 
森野が叫んで駆け寄っていった。 
「救急車!救急車呼んでよ!あと警察!」 
氷魚も叫ぶ。 
平坂火取は呆然としている。 
雲林院水徒は救急車と警察を携帯で呼ぼうとしている。 
森野は由良の心臓の音を聴こうと左胸に耳を押し当てた。 
しかし心臓の拍動は聴こえない。 
「畜生!一体・・・!?」 
そこで森野は自分の携帯を取り出す。 
午後6時45分に由良から届いたメールを見やる。 
『やっほー!元気?森野君。今カクタンと美術部で絵描いてるよ。 
 雲林院君も呼んだからね。今日は飲もうよ。』 
森野は携帯をポケットに入れた。 
「角田・・・。」 
森野は低く呟く。 
「森野君、早まらないで!」 
氷魚が言った。 
「五月蝿えよ。俺は・・・あの野郎をぶっ殺す。」 
そう言うと森野は一気にドアの方に向かった。 
「森野君!」 
氷魚が叫ぶのを気にも留めず森野は出て行った。 
「氷魚さん。どうにかできないのか。」 
火取が言う。 
「待って・・・えーっと。」 
氷魚はゴソゴソと自分のリュックサックの中で手を動かす。 
「有った!じゃーん!地獄七つ道具『有象無象探知機』! 
 これで半径30キロ以内に居る魔界送り級の犯罪を犯した人間の位置を特定できるよ!」 
氷魚は手のひらサイズのテトラポッドのような形をした物体を取り出した。 
「分かったよ。これで森野さんより先に犯人捕まえて警察に引き渡そう。」 
「うん。・・・・・・・えーっと此処から北西に934メートルに一人居るよ。多分この人だ。」 
「よし行こう!」 
火取が言った。 
「油川さん、何だよそれ。今何の仕事してんのさ。」 
水徒が言った。 
「説明してる暇は無い。行くよ!」 
4人は目標を捕捉した地点へと急いだ。 

角田修一は焦燥していた。 
自分でも自分の行動の意味がよく分かっていなかった。 
思わずして呼吸が荒くなる。頭がぐるぐる揺れているような感覚だった。 
「俺は・・・由良を・・・どうしたかったんだ?」 
角田は独り言を呟く。 
「なんでこんな風にしか・・・人と関われないんだ?」 
「なんで俺は・・・こんなに生きるのが苦しいんだ?」 
「なんでこんな風に・・・夜は寒くて・・・頭は揺れて・・・世界はこんなに平板なんだ?」 
「なんで俺は・・・こんなに醜い生き物なんだ?」 
「由良は・・・綺麗なまま保存されたのか?」 
「なんで・・・俺はまだ生きてるんだ?」 
「なんで・・・死への道はこんなにも緩慢なんだ?」 
「なんで・・・誰も俺を殺してくれないんだ?」 
「なんで・・・これでもまだ俺は世界に赦されているんだ?」 
「なんで・・・この世はこんなにも退屈なんだ?」 
「なんで・・・俺は思ってる事声に出せないんだ?」 
「俺は・・・由良の事好きだったんじゃないのか?」 
「なんで・・・なんで・・・疑問ばかりだな・・・俺・・・。」 
角田は月明かりに照らされながら平板な道をずっと小走りに走っていった。 

(俺は角田の事がよく分からない。) 
火取は思った。 
(せっかくの雲林院君との最後の夜なのに・・・私何やってんだろ。) 
蛍は思った。 
(魔界送り級の犯罪者が相手・・・!私の力の見せ所ね!) 
氷魚は思った。 
(角田か・・・アイツまぁ昔からそういう所有ったよ。うん。) 
雲林院は思った。 
「皆!もう直ぐ追いつくよ。私が取り押さえるから手を出さないでね!」 
氷魚が言った。 
「ちょっと待てよ!油川さん!危険だっつーの!何故君はそう・・・」 
「黙ってて良いよ。雲林院君。今の私は少しだけ特別なのよ。」 
「俺は角田の事がよく分からない。」 
火取は口に出して呟いた。 

角田修一は立ち止まってこちらを睨みつけて立っていた。 
まるで火取達が来るのを待っていたかのようだった。 
追ってきた4人は角田の前方10メートルで立ち止まった。 
「角田・・・。」 
火取が一歩前に踏み出す。 
「久しぶりだな。平坂。また会えると思ってたよ。」 
角田は言う。 
「角田・・・なんでそんなに落ち着いてるんだ・・・?お前は人を・・・」 
「ああ。殺した。初体験だ。しかし綺麗に心臓にビンゴだったぜ。 
 あの人。由良さんは綺麗な人だった。思わず、時間を止めてみたくなったぜ。」 
「時間を止める・・・ね。よく言ったもんだわ。」 
氷魚が言った。 
「お前等も仲良く止めてやろうか。」 
角田はバタフライナイフを取り出した。 
「そんなもんで殺られるもんか。馬鹿野郎。」 
「君さぁ。少しは人の迷惑とか考えた方が良いよ。あぁイライラする。」 
蛍が言った。 
「俺は由良さんの事、好きだったぜ。だからお前の事許せねぇ。 
 あんま巫山戯た態度とってると、殺すよ。」 
雲林院が言った。 
「殺しますか・・・ハハハ。随分と落ち着いてるな皆。君等もやっぱ普通とは少し違うようだ。」 
「喝!!」 
氷魚がいきなり叫んで右手の人差し指を角田に向けてポイントした。 
その瞬間重い音が響き角田が一気に奥のブロック塀まで吹き飛ばされた。 
「ぐっは・・・!!」 
角田は軽く吐血した。 
真っ赤な血が角田の唇の左端から、つうっと流れ落ちた。 
「うおお・・・!スゲェ!」 
雲林院が言った。 
「ぐぅぅ・・・あぁ・・・何だよコレ・・・!!」 
角田が悶えている。 
「さぁ、ナイフを捨てなさい。じゃないともっとキツくやるよ。」 
「ぐ・・・ぐ・・・ぁぁぁ。」 
角田が苦しそうに悶えている。 
「角田!!俺はお前の事がよく分からない!!!」 
ふいに火取が叫ぶ。 
「知るか!!当たり前だ!!そんな事は!!人は人が理解できねぇ!! 
 だからこんなに苦しいんだろうが!!」 
角田が目に涙を浮かべてさらに叫んだ。 
「俺は・・・初めて・・・あの・・・由良って人の事が・・・くそ・・・畜生!!」 
角田は手をバタバタ動かしている。 
「角田!!俺と友達になってくれ!!!!今ならなれるだろう!!?俺達!!」 
火取が叫んだ。 
「はぁ!?馬鹿じゃねえの!?誰がオメェみてぇな有象無象と・・・!! 
 お前は・・・友達居るじゃねえか。其処に居る奴等全部お前の友達だろ・・・! 
 俺は・・・俺は・・・お前とは違う。お前になんか俺を理解できねえよ!!」 
「駄目・・・あと1分も持たない。火取君・・・お願い。上手く説得して・・・!」 
氷魚が言った。 
「角田・・・!俺はお前が好きだ!!!」 
火取が叫んだ。 
「・・・気持ち悪い!俺にそんな趣味は無いぞ馬鹿野郎!俺は・・・ただ・・・」 
「お前も俺も一緒だ。人と上手くコミュニケーションが図れないんだろう。 
 だから由良って人を殺した。」 
「・・・・・・。」 
「お願い!火取君、早くして!!あと40秒!!」 
「おい角田!!どうでも良いが殺人は犯罪だ!!さっさとお縄につけ!!」 
「空気読んでよ!!雲林院君!!」 
有象無象達の努力は続いていた。 
  
平坂火取達4人と角田修一との攻防は続いていた。 
油川氷魚が異能の力で角田を押さえ込んでいる。 
「角田!もう止めろ!お前の事、今なら少し理解できる!今なら少しは分かり合える!」 
火取はそう叫んだ。 
「違うな・・・それは違う・・・お前の思い上がりだ。」 
「あと20秒・・・!」 
氷魚が言った。 
「あ・・・。」 
海音寺蛍が言った。 
後ろに人影が見える。 
森野詠史だった。 
「探したぞ・・・角田・・・。」 
「アンタは・・・森野さん・・・?」 
氷魚の異能の力が解ける。 
「ぷはっ!」 
氷魚がその場に手をついて倒れこんだ。 
森野は素早くその場を移動し角田がナイフを構えるより先に角田に殴りかかった。 
「うらぁ!」 
角田が再びブロック塀まで吹っ飛ばされる。 
「どらぁ!」 
「んどらぁ!!」 
「うおおおおらぁ!!」 
容赦ない打撃が角田を襲う。 
角田は血まみれになりながら全く反撃できないでいた。 
「よくも・・・よくも由良を・・・!!!」 
森野は一旦攻撃の手を休めた。 
「はぁっ・・・はぁっ・・・。」 
森野は肩で息をしている。 
角田はむくりと起き上がり、虚ろな目をして森野を見つめた。 
「・・・殺さないんですか?森野さん。」 
角田は森野に尋ねた。 
「あ?馬鹿かテメェ。お前には真っ当に罪を償ってもらうんだよ。 
 このまま殺したんじゃ逆に俺の腹の虫が治まらない。俺はテメェを赦せねえ。」 
「何言ってるのか分かりませんよ。」 
「分かれ、タコ。」 
角田は手に持っていたバタフライナイフを握り締める。 
森野はそれに気付いた。 
「そいつで俺を刺す・・・か?」 
「違いますよ。」 
角田は笑いながら答えた。 
それから右ポケットに手を入れ何かの薬を取り出して飲み込んだ。 
「それ何だ?」 
森野が尋ねる。 
「精神安定剤。」 
角田の素っ気無い答え。 
「角田・・・自首してくれないか?俺で良かったら今話したい事何でも聞いてやるぜ。」 
火取が言った。 
「自惚れるなよ平坂。俺はこの森野って人が気に入ったんだ。」 
「角田。俺達・・・友達だろ?」 
「ふっ・・・。」 
角田は笑った。 
「それも良いかな。良いのかな。そんなのも有りなのかな。 
 俺は自分が何処に居るのか分からなくなってきたよ。分かるとすれば、 
 水前寺由良が好きだったって事くらいかな。人間って皆そんなもんなんじゃないのか? 
 俺は人間が好きだったよ。でもそれと同じくらい嫌いだった。 
 平坂の事が好きだった。でもそれと同じくらい嫌いだった。 
 由良さんの事が好きだった。でもそれと同じくらい嫌いだった。 
 森野さんの事は今初めて好きになった。これからどう感情が変わっていくかは分からない。 
 俺は酷い事をたくさん言うだろう。同じように酷い事をたくさん言われるだろう。 
 それでも、それでも、生きようと願うならきっとまた何時か・・・。」 
角田はそこまで言うとナイフを両手で持って刃先を自分の方に向けて自分の胸の前に構えた。 
「やめろ!!」 
森野が静止したが角田はそのままナイフを自分の左胸に突き刺した。 
左胸から勢い良く鮮血がほとばしり始めた。 
「ガフッ・・・森野さん・・・アンタに会えて良かったよ・・・。」 
角田は言った。 
平坂火取が角田の方に駆け寄る。 
「平坂・・・俺は生き残る為に死ぬ事にするよ。そうだ・・・ 
 お前俺と友達になってくれるって言ったな・・・嬉しいぜ。 
 最後にお前等に会えて良かった・・・それだけで・・・俺の人生の全てと等しい・・・。 
 全部お前等の為なんだ・・・。俺は無駄死にじゃない。無駄死にじゃない。 
 お前等の為に・・・俺は今此処で・・・。」 
角田修一はそれだけ言って絶命した。 
森野は涙を流し始めた。 
「馬鹿野郎・・・馬鹿野郎!!」 
火取も泣いている。 
「この野郎・・・最後まで・・・最後まで謎を残して逝きやがって・・・。」 
海音寺蛍と雲林院水徒と油川氷魚はそんな2人を傍観していた。 
「何が何だか分からない・・・。」 
雲林院が呟いた。 
本当にその通りだった。 

角田修一は死んだ。 
雲林院は警察を携帯で呼んだ。 
油川氷魚は目を閉じて何かぶつぶつと呟いている。 
平坂火取は角田の死体をじっと見つめたまま動かない。 
海音寺蛍は伸びをして遠くを見ている。 
ふと、蛍は電話し終わった雲林院の手をとる。 
「何だよ蛍。」 
「良いからついてきて。」 
蛍は言った。 
他の3人から離れた路地裏に入り込む。 
それと同時に蛍は爪先立ちになって雲林院の唇に自分の唇を押し付ける。 
そのまま10秒。 
「・・・何だよ。いきなり。」 
「もう時間なんだよ。」 
「・・・マジでか。」 
雲林院は言った。 
「雲林院君、分かってるの?もう本当に最後なんだよ。」 
「・・・んん、ああ悪い。色々有りすぎてな。」 
「ずるいよ。雲林院君。」 
蛍はもう一度雲林院の唇に自分の唇を押し当てる。 
3秒後にまた口を離す。 
「・・・待て待て何時からこんな仲になったんだ?いくら時間が無いからって。」 
「私の事好きでしょ?雲林院君。」 
「・・・んん・・・あ?・・・んん・・・ん・・・。」 
「はっきりしてよ。蛍の命は短いのよ。」 
「・・・よ・・・よし・・・好きだ・・・多分。」 
「多分!?」 
「多分。」 
「ねぇ、最っ低じゃない?こんな可愛い娘が平身低頭して好きかどうか聞いてんのにさ。」 
「俺は真面目だからな。」 
「・・・雲林院君・・・これだけは言っとくよ。」 
「何だ?」 
「私・・・死んで一番辛いのは・・・雲林院君に会えなくなる事だよ。」 
「そうか。」 
「雲林院君、君、私が死んだ時凄く哀しかったって言った。あれ本当だよね。」 
「ああ。もちろん。」 
「雲林院君、地獄にはね、鴉が一杯居て凄く空気が悪いんだ。 
 私そんな所で6年くらい過ごしてたんだよ。凄く・・・キツかったなぁ。」 
「そうか。」 
「でも其れも今日で終わり。私は『無』になるわ。真っ白。透明。顔も頭も無いの。」 
「そうか。」 
「雲林院君・・・もう一度聞くけど・・・。」 
「もういい。」 
「そう・・・。」 
雲林院は自分から自分の唇を蛍の唇に押しつけた。 
そのまま30秒。 
蛍は泣いている。 
雲林院も泣いている。 
蛍の頬に小さな亀裂が生じる。 
其処から砂がサラサラと音を立てて流れ落ちる。 
亀裂は次第に大きくなっていった。 
「雲林院君・・・あなたに会えて良かった・・・。」 
「蛍!!」 
雲林院は激しく蛍の体を抱きしめた。 
そうしたら抱きしめた部分からボロボロと砂が崩れ落ち 
蛍の原型が次第に無くなっていった。 
「畜生!止まれ!!」 
「雲林院君。さよならだよ。」 
口をたどたどしく動かして蛍が言う。 
「さよなら!!」 
蛍がそう叫ぶと蛍の体の崩壊は一気に速まり 
雲林院の腕から砂がサラサラと流れ落ちた。 
最後には雲林院の足元に大量の砂が落ちている状態になった。 
「蛍・・・。」 
雲林院は涙をぬぐった。 
「蛍・・・俺には・・・お前が必要だった・・・。」 
雲林院は砂に向かって呟いた。 
そのまま踵をついてその場に蹲り、しばらく、泣いた。 

海音寺蛍は地獄に帰ってきた。 
「何よあの演出。」 
「お気に召さなかったかな?」 
ゲルニカはケラケラと笑った。 
「砂じゃなくて水が良かったなぁ。こっちのみーずはあーまいぞ。」 
「まぁまぁ戯言はそれまでにして、そろそろ本当の時間だぜ。ほら。天国の門だ。」 
蛍の目前10メートルの地点に天使などのレリーフが施された門が立っている。 
「うん。さーて。行きますか?」 
天国の門は低い音を立ててゆっくりと開いた。 
「走っていくか?」 
「もち。」 
蛍は勢いをつけて走り出した。 
「雲林院君!森野君!由良さん!木住野先輩!千本木先輩!さよなら!」 
門の向こうには光り輝く真っ白な空間が見える。 
「さよなら!私の青春!!!」 
蛍は勢いに乗ったまま扉の向こうに突っ込んだ。 

森野が次に瞬きした後、角田の死体は無くなってしまっていた。 
「あれ?またか。」 
「私が処理したんだよ。由良さんもね。」 
氷魚が言った。 
「まぁ、良いや。あんまり関わり合いになりたくないね。そういう電波なのに。」 
「私が上手くやるから、気にしなくて良いよ。ホント。 
 それよりさ、火取君。ちょっとこっち来てくれない?」 
「え?」 
氷魚は火取に手招きしながら歩いて行った。 
「そういや雲林院と海音寺もどっか行っちまったな。」 
森野は呟いた。 

氷魚は火取をつれて300メートルくらい歩いて行った。 
森野は角田が消えた場所でつっ立っている。 
「火取君。これから森野君と上手くやりなよ。」 
「上手くやるってどうするんですか?」 
「もうっ!上手く言えないよ!とにかく真っ当な生き方を教えてもらいなさい!」 
「・・・あの・・・氷魚さんは何処へ・・・。」 
「別に。私はまた泣いている人を探しに行くだけだよ。」 
「じゃ、もしかしてこれっきりなんですか。嫌ですよ。俺は氷魚さんの事が好きだ。」 
「よく分かってるよ。でも私には泣いている人が必要なんだよ。 
 泣いている人にも私が必要なんだよ。ここで一度お別れしなくちゃ駄目なんだよ。」 
「一度?一度ですか?また会えるかもしれないんですか?」 
「そりゃそうだよ。私も半分死んでる身で何時まで此処に残ってられるかも知れないけど、 
 可能性は何時だってゼロじゃない。私だって火取君の事好きだからね。」 
氷魚は大きく伸びをした。 
「氷魚さん・・・俺は・・・これからどうしたら良い?」 
「知らないよ。大学受け直すのも良し。フリーターになるも良し。 
 君の行く末には無限の未来が開けてるでしょ?大丈夫だよ。自信を持って。 
 私は半分君の育て親だからね。君にはしっかりしてもらわないと困る。 
 ・・・ははっ。私って半分ばかりだね。おかしいや。」 
「・・・氷魚さん・・・氷魚さんの手はなんでそんなに冷たいんですか? 
 最後に・・・最後に教えてください。」 
「はははは。最後か。うーんとね・・・へへへ。嫌だ。教えなぁい。 
 私もう少しだけ火取君にとってミステリアスな女性で居たいのよ。御免ね。」 
「はぁ・・・ミステリアスですか・・・。」 
なんだか普段の氷魚のイメージと食い違いが有って微妙だった。 
火取は空を仰いだ。星が綺麗だった。 
こんな日に氷魚と別れなければならない。 
涙が出てきたので火取は天を仰いだままでしばらく居た。 
「火取君。良い男になりなよ。そしたら、きっと私もまた会いにくる気になる。 
 せいぜい頑張りな。」 
「はぁ・・・。」 
火取は天を仰いだまま答えた。 
「私達、また会うんだよ。火取君。海音寺さんと雲林院君と違って 
 私達はまた会える。私だって火取君に随分救われたんだよ。 
 少しは体温も上がったかもよ。今度会う時は、私も少しは 
 体温上げてくるからね。」 
氷魚は言った。 
火取はもっと氷魚に触れたいと思った。 
何故そう思ったのかはよく分からない。 
「次に会う時は私もっとミステリアスで温かい女になってるよ。 
 だからさ。何度も言うけどアンタは森野君と一緒にせいぜい頑張りな。 
 じゃあね!さよなら!」 
氷魚がそう言った後に火取が瞬きすると火取の前から氷魚の姿は完全に無くなっていた。 
「もう・・・終わりか・・・。」 
火取は呟いた。 
一陣の風が火取の横を吹きぬける。 
夜の風は冷たかった。 
冷たいな。生きるって事は冷たいな。 
火取は思った。 
氷魚のいない世界で自分は生きていく。 
これからもずっと。 
初めから決まっていた事だ。 
皆一人で生きていく。 
一人で。一人で。ずっと一人で。 
氷魚は自分にとって何だったのだろうかと火取は考える。 
何でもないよ。ただの一人の人間だ。 
火取の内部で誰かが言った。 
そうだ。それはその通りだ。 
ただ自分と氷魚は火と氷みたいなもんだと火取は思う。 
よく見えなかったけどお互いに形を変えるくらい互いに影響しあった。 
性質は真逆。 
でも彼女と過ごした日々は楽しかったなと思う。 
火取にはそれで十分だった。 
十分。十分。それで十分だ。 
火取はポケットから煙草を取り出し、一本に火を点けた。 
紫の煙が一本立ち昇った。 
もう少しで19歳になる。法律違反。 
「森野さんと・・・一緒に・・・。」 
火取はまだどんな人間かよく知りもしない森野の事を思った。 
彼は自分の事を良く思っていてくれているのだろうか。 
考えても無駄だな、全部、と思った。 
これからは『今』を自分の真ん中において一瞬一瞬を生きていくしかない。 
それできっと道は開かれる。 
火取は思った。 
そう思うしかなかった。 
また氷魚と出会えるその日まで、生きていよう。 
氷魚に会いたい。 
その一念が火取に次の一歩を踏み出させる。 
それで良い。そのままで良い。 
火取は思った。 
「さよならだけが人生だ。」 
火取は呟いた。 

「待ってくださいよー!雲林院先輩!!」 
火取が叫んだ。 
雲林院は黙々と階段を昇っていく。 
火取と角田は汗をかきながら雲林院を追った。 
屋上へ続くドアが音を立てて開いた。 
澄み渡る快晴の空が火取の前に広がる。 
「うわっ!気持ち良いな!」 
火取が言った。 
雲林院はつかつかと屋上の際まで歩いて行った。 
「先輩!自殺するんですか!?」 
「ダアホウ。」 
雲林院は火取の言をつっぱねた。 
「良い天気ですね。」 
角田が言った。 
「ほう。角田にしては人間らしい事を言う。」 
火取が言った。 
「俺とお前じゃ生きてるレベルが違うのさ。お前に俺は理解できん。」 
「何を?」 
火取と角田が格闘戦を始めた。 
雲林院は無視して遠くの空を眺めている。 
雲林院は無言でポケットからテスト用紙とシャーペンを取り出した。 
「あっ、何するんですか先輩!」 
火取が鼻血を出しながら言った。 
「遺書書くんだよ遺書。」 
角田が言った。 
雲林院は無言でさらさらとシャーペンを走らせた。 
「何書いてるんですか〜?」 
角田が覗き込む。 
雲林院が手でそれを制する。 
「夢だよ。将来の夢。それ書いてできるだけ遠くまで紙飛行機にして飛ばすんだ。」 
「・・・それ何かの歌にあったやつですか?青春ですね。」 
「天然記念物級に馬鹿ですね。」 
「五月蝿い!」 
雲林院は言って紙飛行機の形にテスト用紙を折り始めた。 
角田が怪訝な顔でそれを見ている。 
「先輩〜。何書いたんですか?」 
「だから将来の夢だって。」 
「角田。せーので行くぞ。」 
「俺に指図すんな。でも了解。」 
「なんだ?お前等。」 
「せーの!」 
角田が一瞬で前に躍り出て雲林院の両腕を後ろから拘束した。 
「てめっ!放せ!!」 
角田がすかさず前に出て雲林院の手からテスト用紙を奪い取る。 
「うっひょー!!雲林院水徒、生物テスト36点!!裏には・・・。」 
「やめろー!!!」 
「・・・もう一度、海音寺蛍に会わせてください・・・?」 
「誰だ蛍って。」 
「さあ。」 
「貴様等〜死刑だ!!」 
雲林院はやっと拘束から開放されて肩で息している。 
「ゼェッ・・・ゼェッ・・・。」 
「こんなの投げるつもりだったんですか先輩。」 
「先輩って痛い学生ですね。」 
「五月蝿い!五月蝿い!!」 
雲林院が喚いている。 
屋上に一陣の風が吹く。 
火取は初夏の高校の屋上でポカポカと暖かかった。 
雲林院の見せたささやかな謎をスパイスに気分は上々。 
システムオールグリーン。 
火取は空に向かってピューっと口笛を吹いた。 
夏のある日の出来事。