フォルテシモ第八十五話「月と海の別れ」 


「貴様等に何が分かる! この俺の苦渋の二十年間がどんな物だったか!」 
アマントはウィンダムとアシモをドームを出てすぐの所で追い詰めた。 
「ホンット現実ってのはままならねえもんだな。俺はプログラムの中から出たくねえ」 
ウィンダムが呑気に煙草に火をつけながら言った。 
「この土壇場にアンタにヘタレ発言してもらったら困るっスよぉ!」 
アシモが声をあげる。 
アマントの後ろから無数の青い触手が伸びる。 
アマントはそれの事をベーゼンドルファー兇噺討鵑任い拭 
人間用のベーゼンドルファーをアマントが改良した物だ。 
「爺さん。そのテレポン負荷が大きすぎるぜ。早急にエネルギー使い切って 
 死にそうだ。そんな年になってそこまで鼻息荒くしてやりたい事ってのが 
 復讐か? ガキだな。まったく。俺達は力は無いけど正しい道なら知ってるぜ」 
ウィンダムが言う。 
アマントの額に青筋が浮き出る。 
「お喋りはそこまでだ。悪魔の種の仲間よ。永遠の眠りにつけ」 
触手がしなる。 
やったー。 
俺も、アシモも、 
こんな馬鹿な奴の為にジ・エンドだ。 
今まで何の為に必死こいて勉強して研究してきたんだよ。 
暴力って力は厄介なもんだなホント。 
さよならだ。テレーゼ。 
俺、実はアンタの事を…… 

バギュンッ! 

銃声が響き触手がはねる。 
アマントが苦悶の表情を浮かべる。 
ウィンダムとアシモが振り返る。 
ヨナタンとキタテハ、それにジュぺリとアマデウスが立っていた。 
その時、残っていた十数人の傭兵レッドラムが通路から出てくる。 
「ジュぺリ。アマデウス。こいつ等まとめてやってしまえ」 
アマントが低く呟く。 
「アマント……アンタには半分感謝してるんだ。俺達に可能性を与えてくれた。 
 曲がりなりにもな。でもよ。爆弾が外れた今、アンタに従う義理はねえ。 
 こいつ等と組む義理もねえが……。だが俺はアンタを殺す!」 
ジュぺリが言った。 
瞬間、ガラクタノカミサマが射出される。 
金属音が鳴りマシンアームがアマントの腰を掴んだ。 
傭兵が一瞬遅れて動く。 
「残念でした! 出し惜しみ無しだ! ビッチェズ・ブリュー供 
 ハルマゲドン・モード!」 



ヨナタンの巨大な銃から誘導弾が無数に飛び出る。 

ダガガガガガガガガガガガガガ! 

一瞬で傭兵達は穴だらけになって無力化された。 
「さよならだ。俺達の未来も此処で閉じる」 
ジュぺリが目を瞑る。 
「おのれええええええ! 俺はあきらめんぞおおおおおお! 
 劣悪民族レッドラム共めえええ!いつか必ずや俺の遺志を継ぐものがあああ! 
 貴様等残らず殲滅してくれるわあああああああああ! 
 チルシスよ! ダミスよ! すまぬ! 俺は! 俺はあああああああああ!」 

ジュッ…… 

短い肉の焦げる音ともに、アマントは人間の形をした黒い灰になった。 
畜生……空しいよ…… 
この勝負…… 
灰になったアマントが崩れ落ちて無数の欠片になる。 
俺達の負けみたいだ…… 
本当に1人100人殺してきやがった…… 
レッドラムに限界は無いんだな…… 
いや……むしろ自分で勝手に限界を設定したのは俺達の方か…… 
ジュぺリは両膝をつく。 
「う……御免よぉ……モア……勝てなかった……」 
ジュぺリは泣き出した。 
アマデウスがその左肩をポンポンと叩く。 
「大丈夫だよ。お前はよくやった。俺も一緒に死んでやる」 
アマデウスはニコッと笑った。 
こいつはこいつで凄い友人だ。 
ジュぺリは思って、目を瞑った。 
「テレーゼはお前の事、気に入ってたぜ? だから……」 
ウィンダムが話しはじめる。 
「お前を外科手術で普通のレッドラムにする方法を開発した。 
 死にたいんなら好きにすれば良いけど、まだ生き残る道はあるんだ」 
ジュペリとアマデウスは呆然としている。 
「俺達を赦すのか……?」 
アマデウスが聞く。 
「君達の境遇については大体想像ついてるよ。迫害は辛いよね。 
 私も少し分かるんだ。君達にその覚悟があるんなら地味で険しい 
 日常を送ってみなよ。生きるって事は、きっと誰にとっても価値がある事だから」 
キタテハが言った。 
ジュぺリは少し黙りこんでいた…… 
アマデウスも黙っている。 
彼も考え込んでいるようだ。 
モアなら…… 
どうする……? 
いや…… 



どうかするのは俺だ…… 
今生きている俺だ…… 
俺が決めるんだ…… 
「見てみたい……これからの世界の行く末を……」 
ジュぺリは言った。 
アマデウスはうんうんと頷く。 
キタテハも笑った。 
「私達そういうどん臭いのが似合ってるんだよ」 
ジュぺリも少し笑みを作る。 
「下界でおもいっきり小説読みてーな俺! 価値基準が大分違うんだろうな」 
アマデウスが両手をあげて言った。 
「俺達についてこいよ。医者を紹介してやる」 
ウィンダムが言った。 
「こいつもよろしく」 
ユアイが突如姿を現した。 
バルトークを背負っている。 
バルトークは気絶しているようだ。 
「あーんユアイさん。生きてて良かったわ」 
キタテハが黄色い声をあげる。 
「他は。大分いないけど」 
その時、ドームの上からヤマギワとルナとネプトが降りてくる。 
「てめっ……! ヤマギワ!」 
ヨナタンがかまえる。 
「無駄死にはよしとけよガキ。危害を加える気はない」 
「ヤマギワさんは私達を助けてくれたんだよ」 
ルナが説明した。 
ヨナタンは警戒を崩さない。 
「ふん……どうでも良いわ。よく生きて帰ったね。2人とも」 
「ミナセとネプトの母さんが死んじゃったんです」 
5秒くらい沈黙があった。 
「えっ……!」 
「嘘……」 
「そんな馬鹿な……」 
ユアイとキタテハとヨナタンが感想を返す。 
キタテハの左目から涙がつっと流れ落ちる。 
「アンタ、大丈夫なの?」 
ユアイがルナの両肩をもって問いかける。 
ルナは哀しそうな表情をする。 
「大丈夫なわけないですよ……。でも大丈夫なんだ……」 
ルナは眼をこする。 
ヤマギワがケッと吐き捨てる。 
「ろくに戦いもせずに……」 
ルナは無視する。 
「アレ?あんた、刀は?」 
ユアイが指摘する。 
「ミナセが死んだ直下に刺してきた。お墓がわりに。 
 あの刀は、私の誕生日にミナセがくれた物だから良いの。 



私は私の刀を見つけて一人で旅します。私は私に会いに行くの」 
「一人で?」 
ネプトが狼狽する。 
「なによアンタ。一緒が良いの?いやらしいな」 
「そんなんじゃねーよ!」 
ネプトは顔を真っ赤にする。 
「カンジさんは?」 
ヨナタンが泣いているキタテハを無視してユアイに尋ねる。 
「生きてるよ。さっき見た。修道服の女の子背負ってどっか行っちゃったな。 
 元気そうだったよ」 
「げ……修道服の女ってあの化け物かよ」 
「アリスも生きてるのか……良かった……」 
アマデウスが呟く。 
「そんな! 師匠! 俺、おいてけぼりかよ!」 
「もう一人前として認められたって事じゃないの? 
 いつまでも一緒に旅するなんてちょっとおかしいよ」 
ユアイがなだめる。 
まぁ、カンジも大方そんな考えだろう。 
ネプトも思った。 
でも俺、目標を無くしちゃった…… 
ルナはそんなネプトの心の動きを感知しているようだ。 
「ライマも来ないな……死んだのかもなアイツも……」 
ユアイが呟く。 
「えぐ……もぉ戦いなんて嫌だぁ……」 
キタテハが目をこする。 
「ルナっ!」 
ネプトが強い口調で言い放つ。 
ルナがキョトンとする。 
「俺は……アンタを異母姉さんだなんて思わない! 
 そんなのとはもっと別の次元で尊敬してるんだ!」 
ネプトの顔が赤い。 
本当に言いたい事が言えていない感じだ。 
ルナはふっと笑う。 
「ようネプト。話はよく分からんがお前も俺達と一緒に月に行かないか? 
 お前はハッキリ言って天才だ。超天才だ。 
 そのベスト&ブライテストな脳を生かす場所は月にある。 
 今の地球には押しの弱い奴しか残ってねえ。人間の中での話だが。 
 お前はその能力を研究の場で生かせ。それが天命だ。 
 ここにいる奴らには悪いがレッドラムの未来はどこまで行っても 
 閉塞されてんのが現状だ。テレーゼだって時が来ればお前を研究の 
 道に引き入れるつもりでいたんだぜ?ちゃんと聞いてる。 
 どうだ!一緒に月にこねえか!?」 
ウィンダムが親指を立てて言った。 



青髪が輝いてみえた。 
突然現れた予期せぬ未来にネプトは戸惑った。 
ルナも呆然としている。 
母上の生きた世界…… 
母上の勧める世界…… 
それはこの上なく甘味な物のように思われた。 
ネプトはルナを振り返る。 
ルナは満面の笑みを浮かべている。 
「行きなよ。ネプト。行きたいんでしょ?分かるよ」 
「ルナも来いよ!」 
思わず言葉が飛び出た。 
ルナは苦笑する。 
「私にそんな頭があるわけないでしょ」 
「そんな事ないよ! ルナの速読は凄いし……俺…… 
 ルナが傍にいないと燃え尽き症候群で死んじゃうよ! 
 ルナは俺の導き手だから! 俺のたった一人の……異母姉さんだ……!」 
ルナの表情が柔和になる。 
「私が導き手? それは間違いよ。貴方は貴方の意思で此処まで来た。 
 そう信じてる。君の未来は君が決めるんだ。私なんか……ただの……」 
「あきらめろよネプト。こいつは野に生きるのが好きなんだ。 
 それ相応の強さも覚悟も持ってる」 
ウィンダムが言う。 
アシモは陰でぐすぐす泣いていた。テレーゼが死んだのが相当堪えているらしい。 
野で生きる。 
結局、俺とルナは違う人間だった。 
ルナがいたから頑張れたんだとずっと思ってた。 
だけど…… 
俺は…… 
「また会いに来る」 
ネプトは強く言い切った。 
ウィンダムがニヤッと笑う。 
ルナも笑った。 
俺の……勝利の女神だ…… 
「いってらっしゃい。馬鹿異母弟」 
ルナは手を振った。 
ウィンダムをネプトの背を持って向きを変えさせる。 
アシモも泣きながらついてくる。 
バルトークを担いだアマデウスとジュぺリも後に続く。 
6人はレッドラムとスカイクロラの死体であふれた戦場を歩き始める。 
ずっと歩いていく。 
君のいない大地を…… 
それは退屈な道かもしれない…… 
でもそれが運命なんだ…… 
俺はそれを受け入れる…… 
涙を呑んで…… 



「ルナッ!」 
ネプトは大きく振り返る。 
ルナはビクッと反応する。 
「好きだっ! ずっと待っててくれ!」 
ネプトの声が荒野に響く。 
皆、呆然とする。 
告白……? 
そんな…… 
ネプトの顔がだんだん真っ赤になっていく。 
これは…… 
俺は…… 
なんかズレた事を…… 
ルナはそれでも、ニコッと笑ってくれた。 
「ずっと待ってるよ! ネプト! いってらっしゃい!」 
ルナの声が響いた。 
ウィンダムがネプトの頭をげんこつで殴る。 
「アホかっ!」という声が聞こえた。 
ネプトはそれからも何度も振り返りながら道を歩いていった。 
ルナはほっと一息ついた。 
だが頭の上にヤマギワの顔があった。 
「なるほどお前がナナミとミナセのね……」 
「ちょっとヤマギワ! ちょっかい出したら承知しないよ!」 
ユアイが言う。 
「うるせえな売女。俺はナナミとただならぬ関係だから 
 こいつともただならぬ関係なんだよ」 
ヤマギワがニッと笑う。 
ルナは飛んでヤマギワと相対する。 
「そうだな。十数年したらまた会おう。もらってやるぜ。 
 お前は巨乳の美人になるだろう。その時は……」 
ヤマギワが頭をボリボリかいた。 
「一緒に闘ろうぜ。南極でナナミが最後までやってくれなかったんだ」 
ん…… 
この人、意外とプラトニックなのか? 
「そしてその次は極上の……あべしっ!」 
ユアイが後ろからヤマギワを殴った。 
「その先は言わないで良い。どうせアンタ返り討ちにあって死ぬから」 
「るっせーな売女! 神である俺に逆らうか!」 
「神様は変態か?」 
ヤマギワはぺっと血を吐く。 
舌を噛んだらしい。 
「どうでも良いよ。俺はコミュニティーには属さねえ! なにしろ 
 神だからな。気が合う奴は数人いれば良いんだ」 
「属してるじゃん。コミュニティーに」 
「知るかよ! 俺は幼女のナナミ見ても全く興奮しねえから 
 ここでおさらばだ! オメエラできるだけ早くくたばれよ!」 
ヤマギワはそう言うとブンッと音を立てて消えた。 
ドームの上に登ったらしい。 
「ふぅっ。ややこしいのも去ったし解散にするかな。皆ご苦労さん。 
 ルナちゃん。本当に一人で大丈夫?」 
ユアイが言う。 



「はいっ! 生きる為の術は全てミナセに教わりました!」 
ルナは敬礼のポーズをとる。 
ユアイは微笑む。 
「がんばんな」 
ルナの額をコツンとゲンコツで叩いた。 
ミナセ! 
お父さん! 
私、生きるよ! 
明日に向かう! 
ミナセに一杯一杯色んな物もらったから! 
有難う! 
借りが返せるまでずっと死なないよ! 
愛された分だけ遠くまで、私は行くんだ! 
ルナは死体だらけの荒野の上を走り出した。 
ネプト、私も強く生きる! 
フォルテシモだ! 
ルナは念じた。