フォルテシモ第八十四話「超越者の苦悩」 



「判断力批判!」 

ドギュドギュドギュアッ! 

空中に無数に手首から上の掌が現れネプトを取り囲む。 
ネプトは手で顔を覆って念じる。 
防御だ! 
「逝っけー!」 

ビカビカビカビカビカビカビカ! 

指の一本一本から銀色の誘導光線が発射される。 
防御! 
母上は無限大だ! 
右手左手が液状化し巨大化する。 
ネプトを包んだそれは蟹の形になる。 
「ノコギリガザミの章!」 

ドガガガガガガガガガガガガガガガ! 

光線は全て弾かれた。 
屈折した光線が方々に散っていく。 
俺の力じゃない。 
母上の力だ。 
だから無敵を保障できる。 
だから安心して強く生きれる。 
アゲアゲだ。 
「ホンット、バリアフリーなのな!」 
カントが呆れて言った。 
神の力に対抗できるテレポン。 
それを作ったのもまた神。 
世界は神が制御できるほど甘くないのか。 
やるせないね。 
案外俺の死に場所は此処なのかも。 
仕事の為に死ねるのか。 
逃げても良いんじゃないのか。 
魔界の門番はまだたくさん居る。 
友達は先日破門になった。 
そして俺は…… 



カントは背中の剣を抜いた。 
同じ地平だ。 
コイツと俺が立っている場所は。 
ずっと馬鹿にしてた。 
でも本当は…… 

「ジャンセニスム!」 
パスカルの両手の掌底がヤマギワの腹を捉えた。 
未知の波動が内臓を揺さぶる。 
勢いよく吐血する。 
パスカルの顔を血が汚した。 
100メートル近く吹っ飛ぶヤマギワ。 
体勢を立て直して手を地につけてブレーキをかける。 
「ほーう! この神以上の存在のヤマギワ様に手をつかせるとは! 
 やはり目算どおりなかなか見込みのある奴だな!」 
ヤマギワはまた3本の刀を取り出し大きく放り投げお手玉のように弄んだ。 
「俺はナナミとは違う。ミナセとも違う。唯一無二。 
 森羅万象の根源なのだ。貴様ごときにてこずってなどいられない」 
「馬鹿め。貴様を作ったのは我々だ」 
パスカルは嗤う。 
「ふん……言葉なんていらないんだ。俺は……ただ愛しただけだ」 
3本の刀が10本に増殖して見える。 
複数のテレポンの相乗効果…… 
これは読めない……! 
また空中に無数の目が現れる。 
と思ったらまた消えた。 
そもそも初めから終わりまで全て間違いだ。 
ただの戦闘員として俺達が戦うなんて。 
もし俺達の上に本当の神がいるとしたら…… 
いないだろうけど…… 
なんで俺達の力をもっと圧倒的なものに設定しなかったんだ? 
結局、存在しているものは神になれないのだろうか。 
今までも何度も頭をよぎった疑問をさらに反芻する。 
俺なんかより、自分を神だと信じきっている目の前の男の方が 
神に近いのではないか? 
そんな気がする。 
そんな気がした時、 
トスッと背中の真ん中に刀が突き刺さった。 
え…… 
ドグラ・マグラが体全体の神経をかく乱させる。 
パスカルは動けなくなった。 
あ…… 
そんな問いは無意味だ…… 
神も人も…… 
まず現実を生きなければ…… 
そうだった。 
気がつくのが遅かったね…… 



遅かったね…… 
ヤマギワの頭が自分のすぐ横にある。 
天から10本にみえる刀と小刀グッドバイが振ってくる。 

ドスドスドスッ! 

パスカルの背は小刀に切り刻まれ 
最後に頭を人間失格が貫いた。 
パスカルは機能停止する。 
「神はダイスを遊ばない」 
ヤマギワが呟くと同時にパスカルは裂けてバラバラになった。 
鮮血がヤマギワを濡らす。 
「神をも恐れぬその心意気。勝ったぞ。でもよ。 
 俺は神以上の存在なんだぜ? 人生の妙味は自分と近い人物との交わりよ。 
 お前、悪くなかったぜ」 
ヤマギワは踵を返した。 

「私の背と心にはルナが生きてる……。負けたら終わりよ。さようなら」 
ルナは踊りを続ける。 
初めてだからフリーダみたいに上手く踊れない。 
不細工なんだ……。 
私は…… 
ミナセをずっと信じてた…… 
ミナセがいなくなったら私もいなくなるしかないと思ってた…… 
でもまだ、生にしがみついてるんだ。 
人間がブレてるよね。 
最後までミナセを、お父さんを信じたい。 
バッハは前で厳しい顔でじっとしている。 
やはり隙がない…… 
それは本当か……? 
娘の踊りに見惚れてい可能性は? 
馬鹿馬鹿しい…… 
アレをやろう。 
ナ・バ・テア。 
次で決めよう。 
多分大技で隙を作ったらその次のターンで爺さんに殺られる。 
逝こうか。 
ミナセと一緒に 
私は飛ぶんだ。 
これまでも、これからも。 
そうだよね?お父さん…… 
ルナは駆け出す。 
バッハがかまえた。 
バッハの剣が黒く輝く。 
マタイ……「高き御空より」! 



ナ・バ・テア……と……極月……合わせて…… 
「大極月!」 

ゴゴゴアッ!ガキイイン! 

刃の雨のすぐ後に全ての力を込めた紫の刃が放たれる。 
娘よ。 
最も才に恵まれし紫の娘よ。 
私の最期を飾るのに最も相応しい相手だ。 
有難う…… 
黒の一撃が放たれる。 
紫の光と合わさる。 

カッ! 

地面をバウンドしてルナが吹っ飛んでいった。 
舞姫の残骸がバラバラ輝きながら落ちていった。 
ルナの右腕と夜長姫が少し離れた大地に突き刺さっている。 
痛い…… 
もうエネルギーが残ってないよ…… 
バッハは背を向けて立っている。 
黒いオーラがその姿を雄雄しく見せる。 
う…… 
ルナは涙が出てきた。 
ミナセ…… 

ドパッ! 

液体の音ともにバッハの頭が砕け散った。 
あ…… 
一発入ってた…… 
勝った…… 
ルナは力が抜けて、その場に倒れ伏した。 
私、ミナセから、一杯一杯大事な物もらったよ…… 
最後にそう思った。 

緑の閃光と銀色の閃光がぶつかり合う。 
やっぱ互角か…… 
嫌になるぜ……世の中…… 
俺も限界突破してえ…… 
少なくともこのガキはしてる…… 
限界なんてない奴にはないんだよ…… 
俺も…… 
こいつらのように飛びたい…… 
飛んでみたい…… 



少ない力しか持たなくても…… 
全ての力を出し尽くせて戦える…… 
こいつ等のように…… 
俺も…… 
「逝くぞおおおおおおおおおおお!」 
銀色の光が増す。 
それに呼応して緑の光も増す。 
綺麗だな…… 
こんな綺麗な世界があったなんて…… 
俺は……幸せだ…… 
「永遠の平和へ……」 
カントの右腕の大鷲が口を開ける。 
ネプトの頭の液体金属が流れ腕にまとわりつく。 
竜宮の使いの頭が大きくなる。 
同じように口を開ける。 
俺は……初めて燃えた…… 
最初で最期だ…… 
「親父!行くぜ!我が心は無限の海へ!」 
ネプトが叫ぶ。 
瞬間、緑色の光と銀色の光が激しくぶつかり合う。 
押されているのはネプトの方だ。 
くそっ……! 
ジ・エンドか……!? 
その時、ネプトのすぐ横にミナセの邪宗門がフワフワ浮いている事に気づいた。 
「お前……」 
邪宗門が頭を下げて頷く。 
「孫の顔が拝めて良かったわ」 
邪宗門から女性の声が響く。 
「おばあちゃん!?」 
「イラっときたわ。まぁ、さっさと合体しましょ」 
邪宗門はネプトの後ろに回って其処からズムズムとネプトの中に入る。 

魚眠洞は邪宗門と融合する事によって最終形態に移行するよう 
テレーゼ博士によって設定されています。あとネプト様、6歳の 
誕生日おめでとうございます。テレーゼ博士からの伝言です。 

間抜けな機械音声が響く。 
おめでとう! 
ネプトは胸がワクワクしてきた。 
生まれてきただけで完璧だ! 
逝くぞ! 
「うおおおおおおおおおおおお!」 
「くっ!」 
カントの方が一気に劣勢になる。 
そりゃねえぜBOY。 
オッサンだって今まで虎視眈々と必死に生きてきた。 
今日は俺の…… 
今日は俺の…… 
「あばよ! 世界ー!」 

ドオオオオオオオオオオオオオン! 

カントの光線を完全にかき消してネプトの光線がカントを直撃した。 
崩れるカント。 



細胞の一片も残らず、彼は消滅した。 
あばよ世界。 
「ハッ……ハッ……ハッ……」 
ネプトは頭の汗をはらった。 
勝った…… 
ルナ……親父……母上……やったよ…… 
俺……生まれてきて良かったんだ…… 
ネプトはニヤッと笑って、その場に倒れ伏した。