フォルテシモ第八十二話「甲殻戦士と月神の誕生」 



カントの腕を赤い液体が伝う。 
ルナとネプトは呆然としている。 
命が、流された。 
流れていく。 
大事な…… 
大事な大事な物なのに…… 
「リビングデッドの能力は関係ねえ。空間ごと砕いてやったからな。完全消滅だ。 
 ミナセとテレーゼは……死んだ」 
風が吹き抜ける。 
親父…… 
やっと会えたのに…… 
強く生きろ……? 
強く生きろ…… 
強く生きろ…… 
強く生きろ……! 
強く生きろ! 
強く生きるのか! 
強く生きるんだ! 
最後の……親父の……言葉…… 
俺には……生まれてはじめての感覚…… 
ずっと欲しかったんだ……本当は…… 
親父の言葉が……ずっと欲しかった…… 
親父の言うことなら……なんでも聞くよ…… 
俺の欲しかった物は親父の存在と言葉だよ。母上。 
だから俺は母上無しでも生きていける気がする。 
生きていける! 
涙が吹っ飛ぶ。 
緑色の閃光が迸りネプトの口を金属が覆う。 
頭から液体金属が飛び出し顔をさらに覆う。 
それは鳥のような禍々しい形状となり仮面となる。 
体中を同じように液体金属が覆い禍々しい装飾が施される。 
甲殻類のような様相を呈した。 

ピーピロリロリロ。覚悟完了しました。段階メガロパに移行します。 

間抜けな機械音声が響く。 
トットントン。 
ネプトはステップする。 
「天が落とした異能の黄と! 無能の野辺の最後の青が! 
 交わり育てし最後の緑! 父と母とが果てたとて! 最強の遺志が俺を起たせる! 
 甲殻戦士! ビョウドウイン・ネプト!」 
ネプトは大声で見得を切った。 
カントがニヤッと笑う。 
ルナは涙をふく。 
私、ミナセから、一杯一杯色んな物もらったよ。 





だから…… 
次の一歩が踏み出せるんだよぉ…… 
ミナセ…… 
お父さん…… 
お父さーん! 
もっとお父さんって呼びたかった…… 
甘えたかったよ…… 

「こそばゆいな。ミナセって呼べよ。さっさと俺を追い抜いてどっか行っちまえ」 

有難う…… 
私を育ててくれて…… 
私、ミナセの期待に応えるためにこれからも生きていくよ…… 
それがきっと……ミナセの願いだから…… 
大好きだった…… 
これからもずっとずっと…… 
私の空に浮かんでいてよ…… 
私、私の姓に恥じない生き方をする。 
こんな所で、死んでられない……! 

ズウウウウウム! 

「くっ……」 
バッハが目を手で覆う。 
ルナの威圧感が刃物のように全身を刺す。 
「私は月神……ビョウドウイン・ルナだ!」 
ルナの刀のかまえが変わる。 
その頭上に月。 
「うおおおおおおおおおおお!」 
「ああああああああああああ!」 
ネプトとルナの体から凄い量の光が発散される。 
緑と紫。 
レッドラムの根源の力は色を持っている。 
二人はその年にして完全に扉をこじあけた。 
自らの親の死を触媒に、強くなる光。 
「ふんっ! ま、相手にするに値するって所かな……」 
カントが笑いながら言う。 
「ガキども。事情は分かったぜ。俺は手を組むのは苦手だが 
 一人倒してやるよ。そうだな……あの眼鏡にするか。一番マトモそうだ」 
ヤマギワが言う。 
「ふん……笑えないね……君も眼鏡ではないか」 
パスカルがくいっと眼鏡を持ち上げながら言った。 
「剣士か……手合わせしなくても分かる。素晴らしい才能だ。 
 わしも少し若返ってみたくなった。お嬢さん。手合わせ願おう」 





バッハが言った。 
ルナはニヤッと笑う。 
「ビンビンくるね。それが最強のテレポンってやつか。 
 自分の子供そのものをテレポンにしたような感じだ。テレーゼもえげつない事をする。 
 魔界に来ると俺らより狂った奴が山ほど居るんだな」 
カントが言う。 
ピクンとネプトが反応する。 
「テメエ。瞬消ししてやんよ。俺様は器じゃねえが……テメエは器以下の塵だ」 
ネプトがニターッと笑う。 
テレポンの影響で性格が変わってきている。 
カントとネプト、 
バッハとルナ、 
パスカルとヤマギワが睨み合う。 
「ギイイイイイアス」 
ネプトが啼きながら口をカパッと開ける。 
「魚眠洞……ステム……ブラスト!」 

ドギュオアッ! 

ネプトの口から巨大な緑の熱線が発射される。 
大気中で拡散し三人をとらえた。 
かき消せれない…… 
避けないと……! 
カントとパスカルは微粒子になって右と左に避けた。 
バッハは上に飛んで避ける。 
それぞれにヤマギワ、ネプト、ルナがとりつく。 
「裸鰯の章!」 
ネプトの両手が緑に輝く。 
「だらららららららららぁっ!」 
拳のラッシュ! 
カントは微粒子になるが何発かかすった。 
かすっただけなのにダメージがでかい……! 
テレーゼは化け物か……!? 
早めに消しといて良かったぜ…… 
ネプトの周りを巨大な緑の光の抹香鯨が包む。 
「おらぁっ!」 
「だぐはっ!」 
微粒子に変化したままカントは押しつぶされた。 
またダメージを負う。 
マジで強いぜ…… 
見境の無い強さだ…… 
こりゃ本気でやらなきゃ…… 
カントの右腕が大鷲の形に変わる。 
大鷲は大きな翼を伸ばし威圧感を増大させる。 
ネプトに照準を定める。 
「実践理性批判!」 
高出力の銀の光弾が発射される。 





「ステム! バースト!」 
ネプトの右腕の竜宮の使いから緑の剣が発射される。 

ドゴシュッ! 

剣は光弾を突き抜けた。 
ネプトはかき消されなった光を受けて吹っ飛んだ。 
カントの頬を剣がかすめる。 
血が勢いよく噴出した。 
カントは少し心が動揺した。 
目がギョロギョロする。 
マジで? 
これ現実? 
保育園児の劣悪種族が俺とタイマンはってる? 
嘘だよな。 
悪い冗談だ。 
俺はもっと高貴な存在なのに。 
畜生。 
俺の意識を揺るがした小僧。 
死より残酷にいたぶらないと……! 
カントの髪が逆立つ。 
辺りを銀の光が覆う。 
涎をダラダラ流しながらカントはネプトを睨みつける。 
「ようやく覚醒か。おせえよ。オッサン」 
ネプトがニタニタ笑いながら言った。 

「やあああああ!」 

ガシュッ! ザッ! ドカッ! ガキキキキキ! 

バッハとルナの高速の剣舞が続く。 
この爺さん、やっぱめっちゃ強い……! 
バッハは着地する。 
「年をとり翼は腐敗しその能力を失った。だが変わりに見えてきた事もある。 
 身についた力もある。嬢ちゃんも此処を生き延びればまた今と別の事が 
 見えてくるだろう。わしはそえれを終わりにしないといけないが……。フンッ!」 
バッハの右腕の筋肉が一気に膨張する。 
「一段剣速を上げるぞ……嬢ちゃん……おそらくついてこれまい……」 
ルナがニヤッと笑った。 
「私は走るんだ! ミナセのいない地平を……!」 
ルナの目が紫にキラキラ輝いた。 
バッハの目は暗い淵の底に沈んだようになっている。 
光を全て吸収してしまいそうな…… 
絶望と憂いを湛えて…… 
バッハが苦笑するのが見えた。 
面白そうな人格だな……この人も…… 
ルナは思った。