フォルテシモ第八十一話「家族会議と優しい終末」 



「いた……」 
ルナは刀を杖がわりにして歩いている。 
血が止まらない……痛みはひかない……疲れはとれない…… 
もう日がほとんど暮れかかっていた。 
薄暮より深い闇がひたひたと近寄ってきていた。 
まん丸のお月様が出ている。 
力の限界が近いんだ…… 
ルナは感じた。 
こんなので生き残れるのか……? 
普通に考えて無理だよね…… 
せめて……ミナセの見ている所で死にたかったな…… 
なんて甘えだろうか…… 
本当疲れてるな…… 
疲れると人間の本性が出る…… 
ネプトなどには見せられないな……今の私…… 
頭がくらくらする。 
少し熱が出てきたな…… 
嫌な死に方しそうだな…… 
その時、高い機械音が遠くから聞こえてきた。 
チリチリ……チリチリ……パワワワワワワワ…… 
風とともにルナの体が宙に浮く。 
誰かにお姫様抱っこされている。 
見上げると髪を逆立てたネプトの顔があった。 
「よう。ルナ。こっぴどくやられたみたいだな」 
いつもより横暴な口調でネプトが言った。 
ルナは心臓が高鳴った。 
飛んでいる。 
ネプトの背中から緑色の閃光が迸る。 
ブースターで飛んでいるようだ。 
ネプトの顔が活き活きしている。 
水を得た魚のようだ。 
自信がついた……? 
なんだか違うような…… 
別の何かが憑いているみたいな…… 
「俺は母上助けにいくけどお前もこのまま行くよな。親父さんも先に行ったと思うぜ」 
ルナは頷く。 
頼りない腕だな…… 
でもなんか…… 
悪くない…… 
ルナは少しだけ眠る事にした。 
ルナが目を瞑るとネプトが狼狽したのが伝わってくる。 
ルナは心の奥でふふっと笑って、つかの間の眠りについた。 



「たぁっく。だらしがねーな。レッドラム連中誰も来やしねー」 
カントが座り込んで頬杖をついて言った。 
「空気が悪いね。魔界は……。小さな有機体の争い事なんて 
 どうでも良いからさ。環境を整えたいよ。現世みたいに気を張ってさ」 
フェノメナが言った。 
「生き物が大事なんだよ。人間間の交渉には私達も学ぶ所が多々あるわ。 
 劣悪種族は劣悪種族なりに頑張る。それが美徳」 
マテリアが言った。 
「もっと今、此処を見るべきだ。俺らの役割は猿どもと何の変わりもない」 
パスカルが言った。 
「あーっ! もっとオモシレエ事ないkなぁー!」 
カントが腕を組んで空に向かって言った。 

ドドスッ! 

低い音が響く。 
仲良く並んでいたフェノメナとマテリアが静止する。 
マテリアの口の端からつっと血が流れた。 
カントとパスカルが声を出せないでいると 
二人の女の左胸から頭に向けて赤い線が伸びる。 
パカッと二人は途中から半分に裂けた。 
赤い血が紅葉のように辺りに噴出す。 
二人は両側に音もなく倒れる。 
その後ろに人が立っていた。 
茶色いマフラーを巻いた茶髪の男。 
眼鏡をかけている。 
ヤマギワ・シュウイチだった。 
「なんだ。やっぱ女は脆いもんだな。ナナミ以外」 
ヤマギワが首をコキコキいわせた。 
カントとパスカルは平静を装っている。 
「ふっ……君か……久しぶりだな……」 
「覚えてたか。ご苦労なこって」 
ヤマギワはニヤッと笑う。 
「忘れるもんか。超越者から、神から少女地獄盗みやがって」 
カントが少し笑いながら言う。 
「神? こいつらもか?」 
ヤマギワはフェノメナを足で押して転がす。 
「それは間違いだ。神は俺だ。神を殺した俺が神だ」 
ヤマギワの目が茶色に輝く。 
よく言うよ……劣悪種族の分際で…… 
下種には下種の生き方があるのに…… 
死よりも苦しい罰を与えなくちゃだ…… 
あの二人……俺は嫌いじゃなかったし…… 
ヤマギワが三本ある刀のうち二本をかまえる。 
どれにどの能力があるのかカントもパスカルも知らない。 
「少女地獄は何処にやったんだ」 
パスカルが問う。 
「一番使いたい事に使った。世界で一番な」 



「エロい事か」 
カントが問う。 
「そう。世界で一番エロい事だ。で、もう捨てた。いらねーから」 
「神の道具を粗末に扱ってくれるぜ……」 
カントとパスカルが白い光を全身から発する。 
こいつらはさっきのミナセで分かったけど本当に強い。 
気を抜いたら殺られるぞ。 
その時、ずっと向こうから緑色の光が飛んでくる。 
すぐに目前までやってきたソレは噴煙を巻き上げながら止まった。 
ネプトとルナだった。 
「よう。役者は揃ったな」 
カントが言った。 
ルナは地上に自分で降りて腕をブンブン振り回した。 
「うん。いい感じ」 
寝ている間にネプトの触手が治療してくれたのだ。 
これで戦える。 
「へっへー!」 
ルナは踊るように刀をかまえた。 
自分も何か変わったかな? 
ルナは思う。 
プンッと音がしてドーム上にぽっかり穴が開く。 
銀色の光とともにバッハが浮上してきた。 
「おやま。あと一人いたか」 
「魔界の門番諸君。お会いできて光栄だ。及ばずながら力添えしよう」 
「知ってるぜ。アンタ無茶苦茶強いだろ。年とると謙遜したくなるのかね」 
カントがケラケラ笑った。 
「さぁ、三対三だ」 
パスカルが拍子をとる。 
「ようルナ。ずっと見てたぜ。極度のファザコンのお前に悲しいお知らせがある。 
 お前の愛しのお父さんはこの少女地獄の中で俺達に命を握られてる。 
 それも元妻を助ける為に自分で命を捨てて飛び込んだんだ」 
「なっ……」 
「声と画像を出してやる」 
空中に手を繋いだテレーゼとミナセが映し出される。 
「母上!」 
「えっ!」 
ネプトの叫びにルナはひどく狼狽する。 
え…… 
じゃ……今アイツの言った事が本当なら…… 
「そうだ! ルナ! 頭の回転の速いお前ならもう解は出ただろ。 
 ネプトとルナ、お前らは異母姉弟だったのだ!」 
「なっ……!」 
ルナは頭がくらくらしてきた。 
ミナセは私達より元妻をとったのか? 
てか元妻って何? 
何語? 
想像を絶している。 
ネプトは少し違う事を考えている。 
親父……? 
アレが…… 



俺の……? 
「もういいルナ!俺は死ぬつもりで中に入った!もうお前は俺無しでも 
 生きていける!存分に戦え!お前なら勝てる!」 
ミナセが大声で叫んだ。 
「そんなの嘘だよ!私、ミナセがいないと何にもできない! 
 変な冗談やめてよ!嫌だよ!私は……私は……」 
ルナがボロボロ泣きはじめる。 
ネプトはいたたまれない。 
「おやっ……」 
親父! 
呼びかけたい…… 
でも、できない…… 
俺にも親父がいたんだ…… 
嬉しいよ…… 
でもなんで会った時すぐ言ってくれなかったんだ……? 
嬉しいってのも半分嘘だよ…… 
なんで…… 
俺を捨てたんだ…… 
「なんだよ俺。空気王だよ」 
ヤマギワがおどけた調子で言った。 
「ネプトー!」 
ミナセが叫ぶ。 
「ルナを守れ! お前にしかできねえ事だ! 男は女を守らなきゃならねえ! 
 ……ってライマが言ってた! お前にならできる! そんでお前は強く生きろ!」 
「五月蝿いな……人質とって戦うのも本当は格好悪い気がしてたんだよね……。 
 いっそこのまま……」 
カントが少女地獄を手に持って呟く。 
「ミナセ! 愛してる!」 
テレーゼがミナセに抱きつく。 
「おーお。公衆の面前で。ひゅうっ」 
ヤマギワが茶化す。 
「ネプト……まだ教えなきゃいけない事一杯あったんだ…… 
 でも私今最高に幸せだから。ミナセと和解した上で逝けるんだよ。 
 これ、私が一番欲しかった物なんだ。ネプトも自分が欲しい物の為に 
 命を賭けて頑張って! 私から言える事はそれだけな気がするよ……」 
ネプトの目が緑に輝く。 
なんとかテレーゼとミナセの言葉の意味を解こうとしている。 
頭をフル回転させる。 
なに……? 
強く生きろ……? 
それが俺が父親から初めてもらった言葉…… 
言葉……言葉だ…… 
最初で最後の…… 
「ルナ! 母さんを超えろ! そしたら勝てる!」 
ミナセが叫ぶ。 
テレーゼは笑っている。 
「言いたい事はすんだようだな。じゃ、逝くぜ」 





カントが呟く。 
え…… 
ルナの目が見開かれた。 

グシャッ…… 

カントの手の中で少女地獄は音を立てて潰れてしまった。 
赤い液体が手をつたう。 
ルナとネプトは闇の中に放り出された。