フォルテシモ第八十話「罵り合いの果て」 



少女地獄の中は真っ白い建物の中のような場所になっている。 
ところどころ浸水している。 
なんとなく不安な気持ちになった。 
ミナセは探し回ってテレーゼを見つけた。 
何故か手錠は外してあった。 
ブラフだったのだろうか。 
ミナセを見つけたテレーゼは眼を見開いて呆然としていた。 
無理も無い。 
ミナセ自身は自分の行動に何の疑問も持っていなかったが。 
テレーゼはつかつか歩いてきてミナセを右手で思いっきりビンタした。 
頬をさするミナセ。 
「わけわかんないよ……」 
テレーゼはボロボロ泣きだした。 
ミナセはテレーゼが自分に対してまだこんなにも感情を残していた事が意外だった。 
「お前と俺の息子が此処に来ている事は知っている」 
ミナセはとりあえず言ってみた。 
テレーゼはビクッと震え、さらに呆然とする。 
「あ……」 
声は言葉を紡がない。 
テレーゼの顔がくしゃくしゃになった。 
「最低だよ……やっぱり力には屈するしかないんだ……」 
テレーゼは俯いて言った。 
「俺は力に屈したわけじゃない」 
テレーゼはキッとミナセを睨む。 
「アンタなんか大っ嫌いだ!」 
ミナセはたじろぐ。 
テレーゼの頬を涙が伝う。 
「うぐ……ネプトが死んだら……君が死んだら……私……」 
テレーゼが泣きながら言う。 
なんか雲行きが変わってきたみたいだな。 
「殺そうとしたくせに」 
テレーゼは俯いたままだ。 
「ふっ……ん……あ……ん……私は……」 
「俺は怒ってないよ」 
テレーゼは両目を手で押さえる。 
「ふっ……あ……ん……私だってわかんないんだよ……。 
 私が何をしたいのか……。何がどうなったら幸せなのか……」 
ミナセはため息をつく。 
「助けに来たんだぜ? お前を」 
テレーゼは顔を上げる。 
「もっとわかんなくなった。君がね、そんな風に優しくしてくれるんなら、 
 私は君を赦せたのに。もっと早く赦せたのに。私は君をずっと愛してたから。 
 君の事、好きだったからネプトを愛せたの。嘘じゃないの。御免って言ったら、 
 赦してくれる? そんなわけ……ないよね……」 



「馬鹿。だから赦すって言ってるんだよ」 
ミナセは頭をかいた。 
テレーゼは一層酷く泣きだした。 
「御免。御免よぉミナセ。私が悪かったんだ。全部私が悪かったんだ」 
「そんな事はない。大体俺が悪かった」 
わっと泣いてテレーゼはミナセに向かって駆け出した。 
思いっきりミナセに抱きつく。 
ミナセは多少たじろぐ。 
テレーゼの頭を撫でた。 
本当に久しぶりだ。 
頻繁に思い出していたけど 
やっぱ本物は俺の想像を超えてくる。 
こうくるか。 
「ねぇ、ミナセ。君はどう思ってるの? 私の事」 
「本当馬鹿だなお前。愛してるよ」 
へへっとテレーゼは笑った。 
戻りたかった時に戻れたような気がした。 
運命は残酷だったけど、 
色々あって此処に戻れて良かった。 
ミナセは思った。 

天空で紫と赤の光が瞬く。 
炎上したスカイクロラがバラバラと落ちてくる。 
「散れよ。役立たずども」 
アリスは呟く。 
その声はスカイクロラ達に届かない。 
瞬間、すぐ前方にヒマツリ・カンジが現れる。 
「おらぁ!」 
正拳突きを左腕で受け止める。 
拳が燃えている。 
「消失空掌!」 
左手でアリスの腹を狙う。 
アリスはすんでで避ける。 
「しっ」 
右足で顎めがけて蹴り上げる。 
カンジは右手でそれを払いのけた。 
「らららららららぁっ!」 
カンジの執拗な攻撃をかわす。 
肉弾戦闘能力はなかなかのものだと評価できる。 
強いとは思っていたが、この数ヶ月でさらに強くなったようだ。 
カンジは瞬時に距離をとる。 
「アトモスフィア!」 
無数の炎の散弾がアリスを襲う。 
アリスの体液となって全身を流れるテレポン「サンズリバー」の力を使う。 



アリスの両手が紫に光る。 

バシュコオオオ! 

向かってくる炎弾を全て両手で弾いた。 
まったく。 
知性の欠片もない奴だ。 
「やるな! やっぱ! 俺の相手に相応しいぜ!」 
雑魚が。 
ほざいてろ。 
アリスの腹から黒い禍々しい銃が突き出る。 
「逝くよ……涅槃交響曲!」 
紫の巨大な光線が発射される。 
「アナスタシア! 出力上げろ! 赤眼の路上!」 
紅蓮の炎が火の鳥の口から発射される。 

ドオオオオオア! 

二つの光は激突する。 
アリスは圧力を感じて離脱する。 
この感じは…… 
噴煙が晴れてカンジの姿が現れる。 
相殺された……? 
馬鹿な…… 
思ったより……ずっとコイツは強い…… 
「フンッ」 
アリスはすぐに鼻で笑う。 
だから何だ……? 
私が勝つ事に変わりはないのに…… 
「ひゃはははは! そろそろお前も底が近いだろ!? 分かるぜ! 
 こっちは百戦錬磨だ! 実力が近い相手と戦ったの久しぶりだろ!? 
 お前! 次で終わりにしよう! 最高のやつお前にやるよ!」 
下品な笑い方だ…… 
アリスは体に不自由さを感じている。 
底が近いというのは当たっているのかもな…… 
たしかに次で勝負をかけるしかないようだ…… 
認めてやっても良いかな……前のヤツの事…… 
アリスの髪が逆立つ。 
紫の光を体中で発する。 
カンジの炎が段違いに大きくなる。 
「土曜日の実験室……」 
カンジが呟く。 
「メイストーム……」 
アリスが呟く。 
そしてニヤリと笑う。 
てっ! 

ドッゴオオオオオオオオオオオオオオン! 

紫の光と赤い光が激しくぶつかり合う。 



やはり互角でどちらかに傾く気配がない。 
カンジはチッと舌打ちした。 
本当強い娘だな…… 
そう思った瞬間、すぐ横にアリスが現れた。 
「なっ!」 
叫んだ瞬間抱きつかれる。 
「貴方、強くなったよ。私の一番キツいのあげるから」 
アリスは呟いた。 
「ダウン・ツ・ヘブン!」 
「しまっ……」 
紫に輝いて二人は急降下を始めた。 
雷のような軌跡を描きながら落ちていく。 
これは……自爆技だ……! 
「命は粗末にすんな! 馬鹿野朗!」 
カンジのポケットから氷蟲が飛び出し巨大化する。 
「お前……!」 
氷蟲は二人の周りを何周も回る。 
「よっし! 分かった! 氷雪大帝!」 
「なっ……」 

バシュウウウウウウウ! 

二人を中心に尖った氷が覆った。 
紫の光が消えていく。 
あ…… 
駄目だ…… 
この人は炎が使える…… 
私のは冷たい炎…… 
この勝負…… 
私の負けみたいだ…… 
こんなの……初めてだ…… 
この人は……何回負けた事があるんだろう…… 
氷の塊は地上に落ちた。 
もう其処は戦闘区域から離れている。 
たくさんの屍があたりを覆っている。 
炎で氷を溶かしながらカンジが出てくる。 
「ふぅ……死ぬかと思った……アンタ……悪くなかったよ……」 
氷漬けのアリスに向かって呟く。 
ほっといたら死んじまいそうだな…… 
俺も力を使い果たして相当芳しくない状態だが…… 
カンジは眼がうつらうつらしてきた。 
上手くやれよミナセ…… 
俺はもうお役御免みたいだ…… 
お互い運があったら…… 
また生きて会おう…… 
カンジは音もなくその場に倒れ伏した。