フォルテシモ第七十九話「器じゃない親父と優しい支配者」 



フェノメナは微粒子になって空間に霧散した。 
マテリアは無数の白い立方体になってサイケな動きをする。 
カントは無数の銀の直線になり縦横無尽に飛び回る。 
パスカルは霧になって凄い勢いで空間を飛び回っている。 
「うおらあああああああああ!」 
ミナセの水の道化師による攻撃はとどまる所を知らない。 
空気中の水分を集めに集め小さな海が空中に浮かんでいる。 
高速で動く魔界の門番を高速で撃つ。 
そんな我武者羅な攻撃が効くとは普通は思えない所だが 
ミナセは知っていた。 
これで良いんだ。 
俺が決めた事だ。 
さっさとぶっ殺してテレーゼ助けるぞ! 
カントが人間の形に戻る。 
「純粋理性批判……」 
カントは呟き空間が歪み腐敗した巨大な腕が出てくる。 
指先が白く輝き一気に不規則な弾道を描く光線が発射される。 
「悲の器ぁ! と! 無能の人!」 
ミナセは光線を悲の器で全て防ぐ。 
同時に無能の人で腕を狙う。 
「おらぁ! 鳥師!」 

ドドドドドドドドドドドドウ! 

水の矢の超連続攻撃。 
腕はガクガク震えてヒビが入った。 
「スゲエ威力だ……」 
カントは狼狽する。 
「水圧で吹っ飛べ!」 

ドパッ! 

巨大な腕は紙切れのように粉々になって霧散した。 
「いって……」 
カントは自分の右腕を掴む。 
どうやら巨大な腕と連動しているようだ。 
「失望したぜ! 俺は器じゃねえんだよ! 人間辞めちまえ! 
 はあああああああああああ! 別離ぃ!」 

ドパッ! 

水の弓から無数の青い光が伸びる。 
それは分裂している4人を的確に捉え 
超スピードで追っていった。 
誘導弾だ。 

ズギュン! ズギュン! ズギュン! ズギュン! 

「うわあああああああ!」 
「ぎゃあああああああ!」 
「マザファッキン!」 
ダメージを受けた4人の変身が解ける。 
屋上にバラバラ崩れ落ちる4人。 
ミナセはニヤニヤ笑っている。 



「神か……。器じゃねーよ。器じゃねーな。この勝負、俺の負けだぜぇ……」 
カントは汗をかき顔に笑みが貼りつく。 
こいつ、もう神を凌駕する程の力を手にしてる…… 
テレーゼといい…… 
コイツといい…… 
レッドラムは危険な存在だ…… 
人間的に嫌いじゃないんだけど…… 
「しゃーないな。好きじゃないけ肉弾でいくか。お前強すぎ」 
カントが言う。 
「滅相も無い。私は器じゃありません」 
フェノメナとマテリアがケラケラ笑った。 
マテリアの左足とフェノメナの右足に穴が開いている。 
血は出ていない。 
「小物だよ。アンタ」 
「少しは調子乗っても良いんだよ」 
ミナセは意味をとりかねる。 
「なんかアンタら保護者みたいだな」 
ミナセが言う。 
「世界の保護者だよ」 
フェノメナが言った。 
なるほどね…… 
でも俺はテレーゼを…… 
あのクソガキを助けなくちゃ…… 
あの俺の仲間を死ぬほど殺してくれたクソガキを…… 
あの死ぬほど最高な女を…… 
ミナセの眼が青く輝く。 
4人は一斉にケラケラ笑い出した。 
なんか優しいんだな。この人達。 
ミナセは思った。 
本当に殺せるのかな。 
こんな本気で生きてない人達。 
徹底した傍観者。 
非登場人物。 
試してみたいね。 
ミナセは矢に力をこめる。 
青い輝きが増す。 
プレッシャーが大気を揺らす。 
フェノメナが眼をしぱしぱさせる。 
誘導……探知……破壊……絶対的威力……嫌悪感…… 
従順……無能……無知……退廃……自分の決定…… 
一段青い光が増す。 
世界が嫌いだ。 
その造物主。 
俺を器じゃない人間にした世界が嫌いだ…… 
全て込めてやる。 
俺の全て。 
愚痴と……憧れ。 
一発で……殺ス。 
4人はニタニタした笑いを崩さない。 
余裕だな…… 
数秒後の亡者。 
俺は器じゃないが…… 
お前らはもっと器じゃないって事、分からせてやるよ…… 
再度言うぜ。 



俺は世界が……嫌いだ。 
蟻地獄! 

ドシュアッ! 

全ての力を使った一撃が放たれる。 
これは……計算された一撃…… 
当たれば死ぬ……! 
最後の手段だ! 
「じゃーん! 少女地獄! この中にはテレーゼが入ってまーす!」 
カントはポケットから掌サイズの球体を取り出した。 
水の矢はカントの直前で上方向に直角に折れて吹っ飛んでいった。 
ミナセは怪訝な顔をする。 
「何ぃ……」 
「嘘じゃねーよ。声を外に出せるようにしてる。ほら」 
プンッと球体から音がする。 
「良いからさっさと殺してよ。久しぶりだね」 
テレーゼの声が響く。 
空中に巨大なテレーゼのホログラム映像が映し出される。 
白い構造の中で膝をついている。 
後ろの白い棒状の構造に手錠で繋がれているようだ。 
普通の手錠ではない。 
都合よく永久に外せない手錠ではないかと思う。 
テレーゼの顔は綺麗だ。 
手荒な事をされた形跡はない。 
本当に久しぶりだった。 
ほぼ5年ぶり。 
髪が伸びて赤いリボンでくくっている。 
白衣にジーンズで随分大人っぽくなったものだ。 
美しくなった。 
そうだ。スゲエよ。 
なんでネプトを生かしておいたのかとか、 
会って話がしたいな…… 
「テレーゼを解放しろ」 
ミナセが低く呟く。 
4人はケラケラ笑った。 
「だから早く殺してって」 
テレーゼが言った。 
けなげだな…… 
お前はどんな風に変わったんだ。 
「まいった」 
ミナセは言って、邪宗門をポーイと投げ捨てた。 
テレーゼの眼が見開かれる。 
4人は一層大きくケラケラ笑いだした。 
「それでこそ私達の認めたミナセ君。器が小さいんだぁ」 
マテリアが言った。 
ミナセはばつの悪い顔を作った。 
「よう。テレーゼを解放する事はできない。次の客が来るからな」 
ネプトの事か…… 
「大人しくこの中に一緒に捕まってろ。そうしないなら今ぶっ潰すぞ。コレ」 
カントが言った。 
「分かった。さっさと捕まえろ」 
「やめてよミナセ! これ以上ネプトに重い荷を負わせないで!」 
ミナセは仏頂面を作る。 



「誰がテメエの言う事なんか聞くかよ。馬鹿」 
テレーゼは俯く。 
「さぁ、逝くぜ」 
カントは球体を前に出す。 
赤外線が照射されミナセに当たった。 
ミナセは一瞬で球体の中に吸い込まれた。 
数瞬の沈黙。 
その後、超越者の4人は一斉にゲラゲラ笑いだした。 
「もう最高。あの子」 
フェノメナが腹をかかえている。 
「愛は勝ーつ!」 
「ロンリネス! ロンリネス!」 
「セカイの中心でアイを叫ぶ!」 
ああ、もう駄目。 
世界は終わった。 
一人の器の小さい若者の、 
自分勝手な恋によって。 
向こう見ずな恋によって。 
考え無しの恋によって。 
若者はそれでも後悔していなかった。 
馬鹿だから。