フォルテシモ第七十八話「母と自分」 


「う……」 
ジュペリが眼を覚ます。 
目の前にアマデウスがつっ立っている。 
「生きてるのか……?」 
「ああ、あのガキは先に行ったらしい。詰めが甘い。やっぱガキだな」 
ジュペリは俯く。 
モアが死んだのに自分は十分に働けていない。 
敵は思ったよりずっと強かった。 
保育園児に自分達は一蹴されてしまった。 
「諦めるなよ。こつこつ雑兵を殺れば必ず勝てる。大物と戦って無駄死にすんな」 
アマデウスが言う。 
「ここを乗り切れば自由が待ってる」 
「そうだな……」 
ジュペリは立ち上がる。 

ズンッ! 

後ろで音がする。 
青龍円月刀を男が突き立てている。 
「よう。オリジナル。やっと見つけた。死に場所は俺が作ってやるアル」 
リュイシュンが言った。 
「ヨナタン、キタテハ。先に行くアル。ミナセさんが心配なんだろ?」 
「心配してんのはキタテハだけだよ」 
ヨナタンが口を尖らせて言う。 
「凄く……凄く嫌な予感がするの……」 
キタテハは胸の服を握り締めている。 
ジュペリもアマデウスもニヤッと笑った。 
「役不足だよ。お前」 
ジュペリが言う。 
「無駄口はそこまでアル。逝くぜ!」 
リュイシュンは頭上で刀をブンブン振り回した。 

「あああああああああ!」 
容赦の無い舞姫の攻撃の渦の中でルナが叫ぶ。 
もう柄でエネルギーを貯める余裕が無い。 
秒針が進むごとに体中に裂傷が増えていく。 
刃の雨がだんだん数を増していく。 
舞姫は空気中で増殖するのだ。 
フリーダは西洋風の踊りを踊っている。 
しごく楽しそうだ。 
笑顔も見える。 



トントントトントン。 
フリーダはまるで機械仕掛けの人形のようだ。 
刀で刃を弾きながらルナは魅了される。 
こんなに戦いと遊びと趣味が同じ線上にあるなんて、 
ミナセが惹かれたのもなんとなく分かるような、 
凄く……面白い人だ……。 
しかし違和感を感じる。 
さっきから徐々に刃の量、速さが増しているが、 
まだまだ本気の量、速度であるように思えない。 
徐々に慣れていくから最初から本気の量、速度で来られたら対応できなかっただろう。 
そう。わざわざ生かされているような、 
もっと言うとこの場で鍛えられているような、 
そんな気がした。 
こうして戦場で敵同士として出会ってもやはりフリーダは自分の事を 
好いていてくれているような気がした。 
ミナセの愛人だった事は置いておいて、 
ルナにとっては気さくなお姐さんみたいな。 
そのまんまだ。 
変わらない。 
日常と戦場が変わらないんだ。 
なんて楽しそうに戦うんだろう。 
なんて優しい人なんだろう。 
ルナはなんとなく懐かしい不思議な匂いを感じていた。 
なんだろコレ。 
ミナセの匂いと少し似てる。 
でももっと寛大な、何やっても許してくれそうな、 
ミナセを山としたらフリーダは海みたいな、 
深い匂いだ。 
フリーダの事もっと知りたかったな。 
此処まで来るまでに。 
色んな新しい事知れただろうな。 
フリーダの中にしか無い物、一杯あっただろうな。 
そういう物は深い孤独を持つ人ほど多くなると思う。 
フリーダだけの宝物。 
ミナセの宝物にも日常でそれとなく触っているような気がする。 
二人は似てるんだ。 
惹かれあうのは必然だった。 
5年間ミナセと生きた自分だってミナセに似ているが、 
フリーダは天然だ。 
なんて奇跡だろう。 
悔しいけど、素晴らしいって思わずにはいられない。 
ルナの眼が紫に輝く。 
体を動かす速度が増し 
刀を使わなくても刃を避けれるようになる。 
迷いは無い。 
チャンスは一度だ。 
私の全てを叩き込める。 



叩き込める事ができる相手。 
無条件の優しさ。 
私の事好きなんだ。 
有難う。 
今生の出会い。 
全てを学ばせてくれるただ一人。 
私の手で……抱きしめさせて…… 

ドギュンッ! 

さらにもう一段、ルナの速度が増す。 
刃をギリギリ避けて距離を詰める。 
チャージは溜まった。 
最高だよルナちゃん。 
世界最高にたどり着いたね。 
貴方はスピード・キングだ! 
そうだ! 
私はスピード・キング! 
そしてフリーダは…… 
「本気の本気で逝くからね……楽しかったよ……ルナちゃん……」 
フリーダの眼が白く輝く。 
ルナはフリーダの後ろに自分と同じくらいの歳の少女を見る。 
なんだろ…… 
小さい頃のフリーダかな…… 
フリーダはルナの後ろにミナシタ・ナナミを見る。 
少女の幻影はルナの方に走っていく。 
そしてルナと手を繋いだ。 
私達は最高のトモダチで…… 
娘と母で…… 
姉さんと妹で…… 
そして…… 
「ナ・バ・テア!」 
空間が煌く。 
フリーダは空間を刃で埋め尽くした。 
ここが核心だよ。 
際の際なんだ。 
人生の妙味、舐めさせてあげる。 
嬉しい! 
世界よ! 
私を産んでくれて有難う! 
今夜は、 
私の真の誕生日だから! 
ルナの左腕が吹っ飛ぶ! 
知らないよ! 
そんな事! 



相手は私の短い生涯で最強の相手フリーダ! 
何処まででも走っていってやる! 

バラバラバラ! 

ルナの一閃で無数の糸が斬られる。 
ああ、 
綺麗だな。 
綺麗だよルナちゃん。 
貴方凄く、 
綺麗だよ……。 
「ビーッム! 極月!」 

バシュアッ! 

紫の閃光が迸る。 
ルナは転倒する。 
左腕が酷く痛む。 
血がダラダラ流れて川を作る。 
フリーダは…… 
極月は完全に入った。 
左胸から右脇腹にかけて大きな裂傷がある。 
血がとくとくと流れた。 
ルナは右足が吹っ飛んでいる事に気付いた。 
回復がなかなか始まらない。 
少し……休まなくちゃ…… 

ドッ 

再び倒れかけたルナをフリーダの手が支える。 
ルナはハッとする。 
殺サレル…… 
フリーダはニコッと笑って、ルナを抱きしめた。 
「貴方の勝ちだよ。ルナちゃん。私はもう形を保てない」 
フリーダの心臓は破壊された。 
強さの代償。 
ヒイチゴ・シホと同じようにフリーダもリスクを背負った強さを持っていた。 
コアである心臓を破壊されればじきに体は崩れてしまう。 
ルナは眼をつぶる。 
あったかいな…… 
もしかしてコレが…… 
母さん……? 
「私は後悔ばっかの人生だったよ。でも貴方が鏡になってくれたおかげで 
 やっと少しだけ自分を愛せたと思う。有難う。ルナちゃん」 
そうか…… 
フリーダは…… 
自分を抱きしめているんだ…… 
私は母さんに抱きしめられてるんだ…… 
「母さん……」 
ルナは呟く。 
フリーダの体がボロボロと崩れ始める。 
指から、腕へ、胸へ、顔へ、頭へ、柔らかい土になっていく。 
ルナの頬を涙が伝う。 
見つからなかった最後のパズルのピースが見つかった気がした。 



これでやっと、次の一歩が踏める…… 
そんな気がした。 
気付くとルナは一人で立っている。 
足元の土を風がさらっていった。 
左腕も右足も修復されている。 
首にフリーダがかけていた十字架のペンダントがいつのまにかかかっている。 
終わったんだ…… 
ルナは思った。 
さらに強い風が吹いて土は全てさらわれた。 
あの人は風の中、 
世界で一番無邪気な人。 
サボテンが好きな人。 
十字架のペンダントが鈍く輝いた。