フォルテシモ第七十五話「鏡」 



フランス。 
国立歌劇場の最上階。 
窓を開けて9歳のフリーダが街を見下ろしている。 
時期はクリスマス。 
たくさんのカップルが眼下を流れていく。 
フリーダはため息をついた。 
扉が開きケーニッヒが入ってくる。 
「フリーダ。物憂げだね」 
ケーニッヒが言った。 
「おばさん。レッドラムは何の為に力を手に入れたんだろう」 
ケーニッヒは笑う。 
「理由なんて無いさ。偶然だね。悪い冗談だ」 
フリーダは釈然としない。 
「なんで強い者が弱い者に迫害されないといけないの? 
 思想が弱い人の周りにコミュニティーができるみたいなものかな」 
「それは違うだろう」 
クックとケーニッヒは笑う。 
「私もテレポンが欲しいな。自分の身くらい自分で守りたいよ。 
 すっごい強いの。私にしか使えない繊細なやつ」 
「大抵の強いレッドラムは自分にしか使えないテレポンを持ってるって言うね」 
「もう飽きたのよ。ここで最高の音楽聴いてるの。私は私の踊りが踊りたいの。 
 強さは自由さよ。私は自由になる。空の雲の中にいる天使みたいに」 
ケーニッヒはクックと笑う。 
「天使かい。アンタらしくもない。もっとアッサリ毎日退屈だって言えば良いのに」 
「魔の退屈だよ、ホント」 
下の階で音楽の演奏が始まった。 
マーラーかな……。 
「おばさん。また父さんと母さんの話聞かせてよ。凄く強かったんでしょ?」 
「しょうがないね。アンタもアイデンティティが不安定なんだろうね。 
 いつまでも甘えてられないよ。私だっていつしょっぴかれるか分からないんだから……」 
いつしょっぴかれるか分からないんだから…… 

「おばさん!」 
ケーニッヒは火炎瓶を投げつけられ炎上しながら振り向く。 
「遠慮する事は無い。貴方は初めから自由だよ」 
そのままケーニッヒは崩れ落ちた。 
火力が強くすぐ灰になってしまった。 
「弱小レッドラム! 早くお縄につけ!」 
傭兵レッドラムが吼えた。 
フリーダは自作の十枚の皿をワイヤーで指に繋いだものを構える。 
「許せない……!」 
両腕を体の前で交差させる。 
皿は一瞬で姿を消した。 
威圧感が辺りを包む。 
私が力を持ったのは、 



迫害されるためじゃない。 
自由を得る為だ! 
「あんだ! ガキ! とっとと……へきょ!」 
一番前の傭兵レッドラムの頭が割れる。 
「うおおお! こいつたかが皿で……!」 
ずっとイメージトレーニングしてたんだ……逝くよ! 
「ナ・バ・テア!」 

バシャシャシャシャシャシャシャァ! 

十数人の傭兵レッドラムの頭が一瞬で割れる。 
血塗られて割れた皿がカランと音を立てて地に落ちた。 
おばさん…… 
私生き残るよ…… 
自分が何者か知る為に…… 
自分が何の為に生まれたのか知る為に……! 
私の父さんと母さんはもうこの世にいないけど…… 
私の鏡になれる色んな人がこの世にはいる筈なんだ……! 
生きるリズム…… 
自然との呼応…… 
家族への憧れ…… 
私だけの物じゃ……ないよね…… 
もっと先へ……私は歩いていかなければ…… 
フリーダは血の海を後にした。 

「決めた。私、いかない」 
「そうか」 
イザヤは頷く。 
「まだ私、分からないんだ。自分が何者か。何の為に生まれてきたのか。 
 だからまだ、死にたくない」 
「分かったよ。俺、本当は今安心してるんだぜ? 
 俺はお前の事、妹みたいに思ってる。くだらない戦争で死なせたくない」 
イザヤはニコッと笑った。 
「戦争なんざもともとろくでもねーもんだ。お前は正しいぜ」 
「でも、これ、持っててよ。イザヤなら使えるでしょ?」 
フリーダは金属の刃が折りたたまれた舞姫をイザヤにさしだした。 
「ノーサンキューだ。お前ほどには使えないしな。 
 それはお前がおまえ自身を守る為に使うんだ」 
イザヤは舞姫を押し返した。 
「俺にはキングクリムゾンが似合ってる」 
「私、死ぬのは怖くない」 
イザヤがニヤッと笑う。 
「俺にはそれが本当なのかどうか分からない。しかしお前は 
 恥じる必要は無いんだぜ? 俺だって死ぬの怖いんだから。ほら」 
イザヤは膝をガクガク揺らして見せた。 
「イザヤ……」 



「またな」 
イザヤはフリーダの頭をくしゃっと手でつかむ。 
そのまま何度か撫でた。 
「面白い奴だ。お前は」 
「イザヤァ……」 
涙が溢れてきた。 
「また会うんだよ。絶対」 
フリーダはブレた声でそう言った。 

そのボロ雑巾みたいな茶色い塊を見つけたのは偶然だった。 
片目が髪で隠れた人間だ。 
気を失っているらしい。 
海水をかなり飲んでいるようだ。 
フリーダは人工呼吸して応急措置をとった。 
そんな優しい人格ではなかった筈なのに、ただ何となく。 
しばらくしてその男は意識を取り戻しかける。 
しかしまだ眼は朦朧としている。 
自分の事は見えていないようだった。 
「テレーゼ……」 
うわごとでそう呟いている。 
フリーダはもう大丈夫だと判断して濡れた雑巾を頭に置いてその場を立ち去った。 

その男、ビョウドウイン・ミナセに再会した時はひどく驚いた。 
一晩中バリアの周りを歩き回った事もある。 
とても面白い人格だった。 
自分の鏡になりうる。 
フリーダはそんな気がした。 
イザヤの敵だって分かったけど、 
イザヤもミナセの事好きだった気がした。 
水のようにとりとめも無い。 
軽薄で無力で器の小さい人。 
でもどこまでも広がりを持ったような温かい面があるんだ。 
サイコロみたいに色んな顔があって 
いつのまにか抱かれていて 
駄目な親で 
同じように自分を好いてくれた。 
鏡の鏡は鏡だから。 
だから最後の宝物としてとっておいた。 
今はその人の宝物と戦っている。 
因果だなぁ。 

ルナは舞姫の刃の上を走る。 
すごい進歩だ。 
半端ないな。 
だんだん近づいてくる。 
フリーダは背中から剣を抜く。 
「ビーッム! 紫極!」 

ガカッ! 

刀と刀が激しく打ち合わされる。 
ビームによってフリーダの刀が少し溶ける。 
そのままルナを吹っ飛ばす。 
フリーダは両腕を突き出して踊り始めた。 
だんだん踊りがハイペースになっていく。 





「少し本気で逝くよ……冷静と情熱の……間!」 
舞姫の刃が蛇のようにフリーダの周りをくねる。 
キラキラ輝いて、綺麗だった。 
ルナは眼を細める。 
出力が違う。 
紫極球じゃ完全に防げれないかも…… 
集中するしかない…… 
ここでさらに進化しないと…… 
フリーダには勝てない……! 
ルナの眼が紫に輝く。 
「っこおおおおおお!」 
気が充実していく。 
聞いたけど紫極は母さんの技なんだ。 
私は母さんの模造品じゃないぞ。 
私は私だ。 
いつまでも殻に閉じこもっていられない……! 
「極月!」 
三日月状の軌跡を描いて刀が振り下ろされる。 
今までにない紫の光の光量だ。 
「あん……」 
眩しいな…… 

ドン! 

蛇の頭が吹っ飛んだ。 
3本の刃に繋がった糸が切れて彼方に吹っ飛んでいった。 
ルナは着地する。 
その眼の輝きが増す。 
まだだ…… 
まだだよ…… 
私は……これからだ…… 
刀を構える。 
フリーダは笑顔でそれを見ている。 
本当、微笑ましいんだ。 
自分に似ている子供を見るのは微笑ましい。 
なんだかずっとこのまま遊んでいたいような…… 
負けてあげても良いような…… 
そんな柔らかい気持ちになってくる。 
そうだよ。この娘だって鏡なんだ。 
よく映る良い鏡だ。 
ただし少し前の私が映っている。 
それって凄い事じゃない? 
フリーダは本当に楽しくなってきた。 
「教えてあげる。貴方のこれから」 
フリーダは嬉々として言った。