フォルテシモ第六十四話「時は来た」 



スカイクロラの本拠地。エルサレム。 
オリジナルのスカイクロラが全員そろっている。 
テレーゼからジュペリとアリス以外の全員に適性にあったテレポンが配布される。 
持ち心地を確かめしげしげとテレポンを見つめている。 
アリスとジュペリは横で見ている。 
アマデウスのテレポン、レディオヘッド。 
白い指揮棒のような形をしている。 
バルトークのテレポン、ディエンビエンフー。 
持ち前のクローと見た目は変わらない。 
何らかの能力が付加してあるようだ。 
モアのテレポン、ピンクハイデガー。 
モアが好きなロックバンドの名前をそのままつけている。 
テレーゼと相談したらしい。 
持ち前の電磁鞭の性能を強化してある。 
ホメロスのテレポン、オデュッセイア。 
青い二丁拳銃だ。 
ガロアのテレポン、プレゼンス。 
両腕にはめるグローブ型の機械だ。 
メカがむき出しになっている。 
肘から機械の爪が伸びている。 
用途は不明。 
オセロのテレポン、マインドマスター。 
ヘッドホン型の機械とゲームのマインドマスターと同じ構造に分かれている。 
一番用途が見た目から判断できない。 
バッハのテレポン、マタイ。 
洋風の古風な剣だ。 
がっしりと力強いフォルムだ。 
テレーゼは笑顔でパチパチと手を叩いた。 
「おめでとうございます! これできっとマトモに戦えるよ!」 
全員ポカンとしている。 
この人どこまでマジなんだろう。 
隣で青髪のウィンダムが煙草をすっている。 
納得のいっていない表情だ。 
さらに隣の茶髪天パーのアシモは愛想笑いらしきものを浮かべている。 
「狩りの道具を得たら、ちゃんと使えるかどうか試してみたいよね? 
 超天才の私は長年切望されていた夢の道具を作ったわ。 
 ジャーン! レッドラム探知機!」 
テレーゼは右のポケットから緑色の球体を取り出した。 
「これはレッドラムが近くにいればいるほど派手に輝いて大きな音を出すわ。 
 まだ試作品だから探すの難しいかもだけどなんとか探してみて。 
 世界中に散ってバトるの。これから他の性能も付加するつもりだから 
 追って待つように」 
テレーゼは言った。 
ウィンダムがふっと笑う。 





「マジで? スゲエっすねやっぱ」 
ホメロスが言った。 
おっほんとテレーゼが大げさに咳払いする。 
ジュペリも腕組みして咳払いした。 
「狩りか……」 
バルトークが呟く。 
「玉石間引いていけばいずれ玉だけになる。今の地球のレッドラムの数は 
 かなり減ったが……ここからが大変と思う」 
ガロアが言った。 
モアは鞭のさわり心地を確かめるのに夢中だ。 
アマデウスも自分のテレポンを触っている。 
使い方が分からなくて戸惑っているようだ。 
「怖いかも……」 
オセロが言った。 
バッハは俯いて黙っている。 
立って寝ているのかもしれない。 
「よし! 世界に散るんだ! 試し斬りだぜ!」 
ジュペリが号令をかけた。 
「えらっそーに。一番弱いくせに」 
モアが声を被せた。 
ノロノロとそれぞれの出口に向かう皆。 
テレーゼはニコニコしている。 
最後にアリスが残る。 
テレーゼがそれに気付く。 
「およ。どしたのあーたん」 
「……葛藤とか……なさそうですよね。なんでですか?」 
テレーゼはうふふと笑う。 
「私の現実はここには無いから。今も世界を彷徨ってるのよ。私の現実は」 
アリスが目を細める。 
「それってもしかして……具体的な物ですか?」 
テレーゼはうふふと笑ってくるっと後ろを振り向いた。 
「無駄に勘が鋭いね。さすが女の子」 
テレーゼは言った。 
私の現実……? 
何それ…… 
誰にとっても現実は同じものじゃないのか……? 
フェレスの死んだ世界が私の現実…… 
いや…… 
私の脳も眼も目の前の科学者のものとは違うし…… 
私の現実も目の前の科学者の現実も違うのか…… 
何か…… 
頭の中の地獄から抜け出すヒントがあるような気がした…… 
アリスもきびすを返して部屋を後にする。 
自分はまだ未熟だ。 
何故かそう感じた。 

ミナセとルナが組み手をしている。 
武器無しだ。 
まだベルリン郊外の砂漠にいる。 
ルナは瞬間速度で既にミナセを軽く上回っていた。 
ミナセは「ヨーダ様みたいだルナ」とか言ってルナを褒めた。 





だが内心汗だくだった。 
子供の成長速度は舐められない。 
てゆーかそれ以上の想定外のスピードでルナは成長している。 
もうわけわかんないくらい。 
なんらかの触媒があったとしか考えられない。 
やっぱアレか。 
フリーダの存在か? 
なんか違うような…… 
理由はないけどそんな気がする。 
まぁ親父として喜ばしいような気もするけれど…… 
でも……でも…… 
威厳ってもんが崩れそうで怖いんだ…… 
はっ…… 
そうだ…… 
俺もルナを触媒にして頑張れば良いんじゃないか。 
俺もまだ若い。25歳だ。 
もう一花咲かせないと…… 
そうだ。 
先日カンジとスカイクロラ討伐を誓ったばかりなんだ…… 
アイツ等は俺より若い。 
きっと今頃…… 
「はぁっ!」 
ルナの正拳突きがミナセの脇腹にヒットする。 
あうっく! 
いてえっ! 
考え事してる場合じゃなかった! 
ミナセはいったん間合いをとる。 
ルナが本当に嬉しそうに笑っている。 
調子に乗ってるな…… 
そこが隙だ! 
ミナセは靴で砂を蹴っ飛ばす。 
目潰しだ! 
ルナが手で目を覆う。 
ビンゴ! 
大車輪キック! 
ミナセが横転しながらルナに近づく。 
しかし蹴りは空を切った。 
畜生!速すぎだアイツ! 
ルナは横に回りこんでミナセと同じように砂を蹴ってミナセの目にかける。 
ミナセは手で目を覆う。 
畜生!誰に習ったそんな事! 
ルナはさらに後ろに回りこむ。 
ちょっ……ヤバい! 
速すぎる! 
思いっきりミナセのがら空きの背中を蹴った。 
ぐああああっ! 
背骨が折れたぁ! 
吹っ飛ばされながら右腕を砂の上につく。 
砂が巻き上がる。 
ルナはまた姿を消している。 
容赦のない奴め…… 





本気になってしまうぞ…… 
って今まで本気じゃなかったのかよ! 
そうだ。心のどこかで手加減していたのだ。 
最愛の娘だと思って心のどこかで…… 
ミナセの眼が青く光る! 
娘相手に本気になるのもどうかと…… 
心の奥で声がする。 
それは娘に対する侮辱だ! 
こいつはそんなレベルじゃねえ! 
こいつは俺の自慢の…… 
自慢の…… 
ミナセは眼を閉じる。 
感じるぜ! 
お前の幼い妖気を! 
サマーソルトキック! 

ドゴッ! 

上空から攻めてきたルナの顎に蹴りがヒットした。 
あーあやっちゃった。 
「あぐっ……!」 
ルナの苦しそうな呻きが微かに聞こえた。 
砂を巻き上げながらルナは地に叩きつけられた。 
どうやらかなりのダメージを負ったらしい。 
か……勝った…… 
ほっ…… 
ミナセは安堵する。 
自分が汗でビショビショになっている事に遅れて気付く。 
娘よ。 
大きくなったなぁ…… 
ミナセは心の中で思う。 
ルナは頭の砂を払いながら起き上がる。 
「へへっ……負けちゃった……」 
可愛いなぁ…… 
ミナセは素直に思った。 
素直に思って良いのかよ。 
心の中で誰かが言った。 
今日からもっと気を入れて修行しないとな。 
心の中でまた誰かが言った。 
「休憩にするか。ルナ」 
ミナセは明るく言った。 
ルナはこくりと頷く。 
岩場まで歩いていって腰をおろす。 
持ってきていた凍らせたストレートティーを飲む。 
ああ幸せ。 
良いなぁ家族って。 
ミナセは思った。 
うん。一人だったら色々心細かったかもしれないな。 
本当にそうかな?俺に限って? 
そうさ。 
人間誰だって皆孤独を抱えてるんだぜ? 





ルナも長生きすればそれだけ孤独は深まるさ。 
俺はルナに生かされ、 
ルナは俺に生かされてんだ。 
ミナセは柔和に笑った。 
次の瞬間、東の空に威圧感を感じた。 
邪宗門を手に取る。 
ルナも感づいた。 
これは…… 
空からという事は…… 
「ふわー。おはようミナセ。ルナちゃん」 
フリーダがてくてく歩いてきた。 
東の空に黒い点が多数。 
スカイクロラだ。 
「逃げようがないな……」 
ミナセが呟く。 
フリーダも気付く。 
眼が爛々と輝いた。 
「いよいよこの時が来ましたのね!」 
フリーダはピョンピョン飛び跳ねてミナセとルナから間合いをあけた。 
う…… 
まさか…… 
ミナセは無茶苦茶嫌な予感がした。 
スカイクロラの姿がハキリ目視できる。 
前に会ったゴーグルとピンク髪が先頭を飛んでいる。 
フリーダが首をくくっと斜めにする。 
「いつか、共に、踊る、運命?」 
フリーダは呟いた。