フォルテシモ第六十一話「老いぼれ天使」 



スカイクロラ基地。エルサレム支部。 
フリーダのいなくなった植物園をアリスが管理している。 
毎日水をやり雑草や落ち葉を除去する。 
開いた天井から小鳥や昆虫が入ってくる。 
彼らは思い思いに歌い、アリスを楽しませた。 
チチチチ。ルルルル。キョロロロロ。 
チチ・・・・・・ 
鳥の声が止む。 
入り口から口ひげを蓄えた長髪白髪の老人が入ってくる。 
スカイクロラの村の民族衣装・・・・・・ 
白い布の上下の簡素な衣服に数珠を十数本首や手首に巻いている。 
腐ったような灰色の翼を地面にズルズルひきずっている。 
彼、唯一の老人で生き残ったスカイクロラのバッハは翼が機能を失いもう飛べない。 
今は主にアマントの腹心として働いている。 
彼も別に例外ではなく首に爆弾を埋め込まれている。 
もっとも彼には初めから逆らう気は無かったようだ。 
流れに身を任せ、種の存続を願った。 
長いものは巻かれて、屈辱に耐えてでも生きていけば良い。 
彼の経験がそうさせる事を選んだ。 
アリスは手を止めて頭を下げる。 
どうもバッハはアリスに用があるらしい。 
バッハがズルズル音を立てながら歩いてくる。 
「アリス。他の者のテレポンももうできたらしいな」 
バッハが言う。 
「はい・・・・・・副村長・・・・・・貴方のテレポンはまだ時間がかかると聞いています」 
バッハが噴出す。 
「ふっ・・・・・・バッハで良い。わしももう一介の素浪人だ。貴様らと一緒のな」 
バッハは足元に生えていた花をブチッとむしりとる。 
「栄枯盛衰。根のない花は咲かぬ。我々は生き延びなければならぬ。 
 我々の中で最も才能に恵まれしアリスよ。無茶はするな。 
 アマントには逆らってはならぬが心まで自由にされるいわれはない。 
 この老いぼれと違ってな」 
ゆっくり花びらが一枚一枚風に巻かれてちぎれていった。 
「フリーダの方が強いですよ。アレはスカイクロラじゃないですけど」 
アリスは言った。 
バッハは手に持った花にふっと息を吹きかける。 
残りの花弁が一気に吹き飛んだ。 
「死ぬな。貴様らは若い。これから始まる戦争は実に愚かなものだ。 
 貴様らが命をかける価値はない。生き延びて再起の時を待て。 
 我々が生まれてきた理由はきっとある筈なのだから」 
バッハは花を捨てて空を見る。 




建物に切り取られた空は狭い。 
飛行機雲が見えた。 
人間はまだまだ余裕を持っているようだ。 
連日のスカイクロラの活躍でまた南極のコロニーに引き篭もろうとしている者も多いと聞く。 
分かり合えないんだからしょうがない。 
自分達は人間にとって化け物だ。 
そしてお互い興味はない。 
害されないかぎりは・・・・・・ 
しかし我々は力を手に入れようとしている。 
まは果てることも無い不毛な争いが始まるのだ・・・・・・ 
「まぁ、とどのつまりわしが言いたい事はだな。 
 貴様には生き残ってその優秀な子種を残す役をやってもらおうと考えているのだ」 
「なっ!!」 
アリスが強い反応を示す。 
顔が真っ赤だ。 
「ふん。老いぼれは老いぼれの役目を果たすまでだ」 
バッハはそう言ってくるりと背を向けた。 
入ってきた所から出て行く。 

無理はするな。 

自分にとってそんな辛い事はない。 
自由に飛べるのが楽しいんだ。 
自由に殺せるのが楽しいんだ。 
自由に・・・・・・自由に・・・・・・ 
妹を殺された恨みとか・・・・・・ 
全部矢の先端に込めて・・・・・・ 
私はこれからも生きていく・・・・・・ 
その筈なのに・・・・・・ 
そんな事言わないでよ・・・・・・ 
アリスは俯く。 
才能か・・・・・・ 
うるさいな・・・… 
私はただ……敵が討ちたいだけ…… 
フェレスの……敵を…… 
その為に…… 
傾いた如雨露から水がしとしと落ちている。 
そして葉を濡らす。 
何がしたいんだろう。私。