フォルテシモ第六十話「復讐の是非」 


夜12時。 
ネプトとルナは少し遠出して食糧など生活必需品を調達してきた。 
風呂敷一杯に品物を入れて走っている。 
場所は海岸で遠くに満月が見える。 
波の音が心地良い。 
ルナはネプトよりずっと足が速い。 
でもネプトが死に物狂いで走ったら間隔が広まらない。 
どうやらネプトの様子を見て走る速度を手加減しいるらしい。 
ネプトはむらむらと対抗意識が湧いてくる。 
魚眠洞を使えば…… 
いやそれじゃムキになってるみたいで餓鬼くさいな…… 
「ネプト! これ持って!」 
前方から声が飛んでくる。 
風呂敷に包まれた品物も飛んできた。 
なんとかキャッチする。 
別に重くないのにな…… 
なんかの感情の発露なのかな…… 
ルナはカップヌードルを100食くらい買ってる。 
食に興味は無いらしい。 
自分はカンジが料理得意だから肉とか野菜とか材料ばっか買った。 
そう。カンジの料理は美味いのだ。 
ルナにも振舞ってやりたい……って俺の決める事じゃないよね。 
帰ってカンジと修行開始するまで少し時間あるからルナと一戦するつもり。 
最近全然寝てないんだよね。 
行動の全てが修行になってる。 
今も長距離全力疾走してるし。 
しかしどんどん深みにはまるように俺のルナへの関心は高まっていく。 
このままで良いのかな。 
ルナの傍にいるとすごく気持ち良い。 
なんだか母上といた時と似ているな。 
でも似ているようで違う。 
母上といる時そこにあったのは安心。 
今は、何だろう。 
冒険かな。 
わけわかんないや。 
ルナは自分より弱い俺を認めてくれる。 
カンジもそうだけどこれって奇跡だよね。 
普通は軽蔑する筈だ。 
なんでだろ。 
俺の中に未来が見えるからかな。 
それも違う気がする。 
やっぱ、匂いかな。 



自分と似てるっていう。 
人と人を繋ぎ止めるのは、匂い? 
なんか理不尽だな。 
でも理不尽な世の中だし。 
それが正解? 
どっちにしろ俺は最高にラッキーだ。 
世界一の九歳児と知り合えた。 
俺も世界一の五歳児にならないと…… 
馬鹿みたい。 
「ネプト! もう一丁!」 
もう一つ風呂敷が飛んできた。 
何のつもりだろう。 
ルナの意図は分からない。 
でもその分からない事が心地良い。 
不思議だ。 
母上。この世は不思議で満ちているよ。 
なんで俺を外に出してくれなかったの? 
なんだか今の状況も全て母上が仕組んだ事なような気がしてきたよ。 
今何してるのかな母上。 
俺、もうきっと母上がいなくても生きていけるよ。 
これからももっともっと仲間が増えるような予感がする。 
母上を助けるにはまだまだ時間がかかるけど、 
俺は最高にこの天の下の生活を楽しむよ。 
きっと母上もそれを望んでるよね。 
ルナの考えてる事は分からないけど、 
彼女って最高なんだ。 
もう夢中さ。 
聞いたことあるけど、これが恋ってやつ? 
なんかそんな気がする。 
一緒にいて気持ち良い。 
その感覚が…… 
「そら! もう一丁! ネプト」 
もう一個風呂敷が飛んでくる。 
海に落としそうになりながらネプトはそれを獲る。 
面白いな。 
楽しいな。 
ネプトは思った。 

ロサンゼルス。 
数キロにわたる白いドーム状の巨大要塞が建設されている。 
テレーゼとその仲間は今はそこにある。 
数ヶ月ごとに各基地を転転としているが…… 
その日はテレーゼだけが中央の丸い部屋に呼び出された。 
ヴンと音がしてアマントの姿が映し出される。 
眼にくまがあって顔がやつれている。 



普段何やってるんだろうこの爺さん。 
「進捗は? 順調かね」 
アマントが聞く。 
テレーゼはふっとため息をつく。 
「ご注文のクローン3万体。1ヵ月後には完成するでしょう。 
 設備提供有難うございます。私達の解放はいつになりますか?」 
アマントは苦虫を噛み潰したような表情をとる。 
「全てのレッドラムを駆逐するまでだ」 
テレーゼは許可をとらずに煙草に火をつける。 
「レッドラムはほっといてもすぐ沸いてくるんですよ。 
 魔界のメカニズムは知っていますでしょう」 
「次の大脳特化型レッドラムがレッドラムと人間を見分ける機械を 
 発明すると踏んでいる。貴方の作った自己修復阻害剤と合わせて 
 使う事によって一度レッドラムの数をゼロまで持っていけば 
 容易に管理できると見ている。生まれ出る度に殺すのだ」 
テレーゼは少し苛立ちを覚える。 
「自己修復阻害剤を大量に作る方法は世に出すつもりはありません。 
 私もレッドラムなんだから当たり前だ。 
 昔は私だってレッドラムが憎かった。 
 でも今はもう気は済んだよ。虚しい事だ。 
 一度無茶やった私が言える事じゃないけど、やめときなよアマントさん。 
 人生は楽しむ為にあるんだよ。復讐なんて……糞だ」 
アマントがため息をつく。 
「私は……いや……私も……」 
アマントはそこで一呼吸おく。 
「妻と息子をレッドラムに殺されてな……」 
テレーゼがハッとする。 
アマントは眼をそむける。 
「憎いのだ……レッドラムが……この情動はもう止められん…… 
 我々人間は長く虐げられてきた…… 
 憎しみの気持ちを我々と同じに持つスカイクロラ。 
 彼らとともに私は敵を討ちたかった……」 
テレーゼは煙を吐き出す。 
そういう事もあるか。 
人の事は言えないんだ。 
天才なんて、要するに馬鹿の事だ。 
何言っていいのか分からないよ。 
長く生きたら丸くなるもんなんじゃないのかな。 
この人は年をとるごとに尖っていったんだ。 
不幸な人生だ。 
自分の人生も、ネプトの人生も、 
決して幸福なものではないだろう。 
この爺さんよりましか。 
「それはそうと、強さの精度は上がっているんだろうな」 
痛い所きた。 
「すいません。全然駄目そうです。本物の10分の1の強さも出せない。 



不思議ですね。即席クローンの限界みたいです」 
テレーゼは肩をすくめる。 
「そうか。テレポンの方はできあがったか?」 
テレーゼは微笑む。 
「はい。本人達に渡しときました」 
「ふん。まあよい。完成を急げ」 
テレーゼは敬礼する。 
「ガッテン!」 
映像がプツンと切れた。 
はぁ…… 
本当こんな事してて良いんだろうか。 
何か今の私にもできる事は…… 
そこでウィンダムとアシモが入ってくる。 
「姐さん! 死んでないか?」 
ウィンダムがおどけた調子で言った。 
「俺もうハラハラして死にそうでしたよ。無事で良かった」 
アシモが言った。 
「アンタ等のボスはそんなたまじゃないのよ。私は魔界の太陽なんだから」 
テレーゼは手を広げて言った。 
「何すかその通り名。新機軸だ」 
「ノーベル賞ものですね!」 
「はいはい分かったから開発に戻りなさい」 
テレーゼが手で指図した。 
魔界の太陽。 
かつてスワナイ・ミズエが目指したものだ。 
大脳特化型レッドラムとして生まれついた自分。 
何か使命がある筈なんだ。 
それはレッドラムの絶滅なんかじゃない。 
もっと別の…… 
上手くイメージできない…… 
とにかく…… 
探さなきゃ…… 
私にできる事…… 
テレーゼは思って二人と共に部屋を後にした。