フォルテシモ第五十九話「つかの間の幸せ」 「うおおおおおおお!」 望遠魚の章の視覚補助器具をつけたままネプトが突進する。 ルナがくすっと笑って視界から消える。 熱探知で追う。 攻めてくるルートを予想。 ルナはコンピューターが割り出した予想速度より速い。 ガカッ! 肘から骨のような金属が伸び右後ろからの攻撃を防いだ。 意識は追いついていない。 予想なんて、外れる為にあるのかな。 人生も恋も、予想通りにいかない事ばっかりだ。 それが正常? 多分そう。 悪夢が現実。 俺は生き残りたいから、 もっと強くならなきゃ…… ズオッ! 「あん……」 力まかせにルナを吹っ飛ばす。 肘から伸びた骨から緑の光が迸っている。 300メートル近く吹っ飛ばされたルナが宙に浮いたまま岩に着地する。 弾みをつけて突っ込んでくる。 一段速さが増した! すぐ横を風が音を立てて吹きぬける。 ルナはもう後ろへ…… 何故斬らない? 本気じゃないからか? さっきみたいなイレギュラーを気にしたのだろうか。 どうでも良いぞそんな事は! 魚眠洞!裸鰯の章! ネプトの右腕が銃の形に変わる。 「あああああああああらぁ!」 体全体で回転しながら青い光球を撃ちまくる。 近づかれたら……死ぬ! 「粗雑だなぁ」 耳元で声がする。 バシュッ! 右肩から血が吹き出る。 斬られた。 やっぱ駄目だったか。 何処から来た? 上か……? 顎に痛み。 「あっつ!」 ルナの日本刀の先端が当たってる。 ルナは目の前。 「割と頭良いのに頭鈍い所があるね。良すぎるのかも」 ルナが言った。 ああ……これはもう勝負ありだ。 力が抜ける。 また負けた。 ルナが刀を納める。 「ホントに変なテレポンだね。何処で手に入れたの?」 ネプトはこそばゆい気持ちになった。 「母上に作ってもらった……」 ルナがキョトンとする。 「えっ。なになに? お母さん有名な科学者? ってゆーか」 「テレーゼ博士だよ」 「えー!」 ルナが両手をあげて大げさな驚いたポーズ。 「そうだったんだ……そうだったんだ……あのね。うちの父さんが大ファンらしいのよ。 テレーゼさんの。いっつも写真持ち歩いてる。美人だものね。 へぇぇー。そうなんだ。それがなんでまたこんな所ほっつき歩いてるの?」 ネプトは肩をすくめる。 「母上は変な悪のグループに連れ去られちゃったんだ。 今もどっかで研究やってると思う。俺は母上を取り返す為に強くなりたいんだ」 ルナは呆然とする。 「へぇー……そりゃ凄い……ミナセに教えてやらんと……。 良かったら私も協力してあげたいけど……ミナセに聞かないと分からないな……。 でもテレーゼさん助けるんならミナセも割と乗り気で……」 ネプトは飛び交っているミナセという単語に違和感を抱く。 どっかで聞いたような…… 何処だったか…… 「OK。分かった。うちのお父に協力してもらえるか聞いてみるよ。 うちの父さんは超強いからね。百人力よ。あなた小さいのになかなかタフね。 こんな所で……そうだ。貴方、誰かと一緒に旅してない?なんかそんな気が……」 「ああ。カンジさんって言って俺が太平洋の真ん中で会った超強い人と一緒だ。 カンジさんも母上をさらった悪の組織に一回負けたらしくて力を貸してくれてる。 良い人だよ。俺、カンジさんに会わなかったら今頃飢え死にしてるかも」 カンジ……? あれ……どっかで聞いたような…… ルナは思い出せない。 「そう。オーライ。4人いて何とかならない? 相当な戦力だと思うけど」 ネプトが腕組みする。 「いや、カンジさんがまだ全然無理って言ってたから4人でもまだ無理だと思う。 カンジさんは昔の仲間に手伝ってもらおうかって言ってたけど……」 「昔の仲間か……ミナセもよく言うよ。レッドラムは皆散り散りになっちゃったんだね……」 ルナは目をつぶった。 ネプトは何故か目のやり場に困りそっぽを向いた。 「俺……なんかそういうの以前だから……小さい頃からずっと研究所の中で 生活してた……外に家の中より面白い物があるなんて思いもよらなかった。 外に出てからしばらくしてもそうだったよ。今は……」 「ん?」 予想外にルナが反応を返してきてネプトは真っ赤になった。 そっぽを向く。 油断はできないなやっぱ。 人間は面白いや。 人間が面白いや。 今はそう思っている。 「もう一回する?」 ルナが聞いた。 眼がなんだか光を放っている。 やっぱ最高だ。この娘。 「ああ。次はちょっと手加減してくれない?」 「うふふ……承知。さぁ、見合って見合って」 ルナがぴょんと距離をとる。 悪くないよ母上。 外の世界には光はあるのか。 あったよ。 間違いない。 極上の光だ。 ドン! ネプト全体が緑に光りだす。 「うふふ……やっぱ面白い……」 ルナは笑っている。 お互いが鏡で、 お互いが欠けていたピースだった。 そんな奇跡。 カンジが居る所の真逆の砂漠。 フリーダとミナセが向き合っている。 「むーん」 ドッジボール大の水の球の前でミナセが唸っている。 水の球は宙にふわふわ浮いている。 フリーダはそれをしげしげと眺めている。 水の形を変えるのに必要なのはイメージの力。 硬さも温度も切れ味も全てイメージ能力の産物だ。 ミナセはその分野において突出した才覚を発揮させる。 邪宗門はその事を最初から知っていたかのようにミナセについてきてくれる。 ミナセは念を強めた。 「はっ!」 ドギュン! 水が一気に形を変え棒のように伸びた。 それは二つのパーツから成っている。 弓矢だ。 一番力をいれるのは矢の先端の部分。 そこに最高の念をこめる。 「ふー……完成……『無能の人』」 フリーダは眼をキラキラさせた。 「凄い……早く試したい……」 ため息をもらしながら言う 「試してみる?」 ミナセが言う。 ドクン! 緊張が張り詰める。 舞台が暗転したように感じる。 ミナセは遊びが好きなんだ。 私の気持ちを知っててこんな揺さぶりをかける。 胸の奥から殺気が流れ出す。 ミナセもそれを感じている。 悪魔のようにニヤリと微笑む。 化け物だ。 自分もミナセも。 フリーダは思った。 楽しみは、 いつだって後にとっておきたいのに…… 「やめとくよ。間違って死んじまいそうだ」 ミナセの方から言った。 どちらも内心ほっとして、実は悔しがってる。 人の気持ちを察するのはあまり得意ではないがミナセの気持ちはなんとなく分かる。 だから馴れ合っていると言えるかもしれない。 だから、最終的にどちらかがいなくなるのかもしれない。 死は確実に二人を隔てるだろう。 その時を先送りにさせる為の今。 悪くない。 きっと悪くないよね。 「貴方はそんなに弱くない」 フリーダは言った。 馬鹿な台詞だと自己分析。 ミナセはそっぽを向いた。 つれないんだな。 水の弓矢をまだ持ったままだ。 空に向かってかまえた。 大気が緊張する。 水分が急激に失われているのだ。 矢の先端がプルプル震えだす。 「逝けっ! 無能の人!」 ドンッ! 超圧力の一発が放たれた。 この技はサジタリウスより使い勝手が悪いはずだ。 でもミナセが使うのならなんとなく強くなりそうな予感がする。 フリーダは彼方の空に消えていった水の矢をずっと見ていた。 「悪くないよ」 ミナセがふいに言った。 「俺達は……悪くない」 ミナセが振り向いてパッと笑顔を見せる。 敵わないな、と思う。 この笑顔には敵わない。 敵わないのに…… フリーダも笑った。 しごく自然に。 嘘つきなのに、自然に。 今は鏡を見ているよう。 有難う。 ミナセ。 貴方が相手だから、もう残す悔いが無くなった。 多分。きっと。 哀しくなんかないよ。 やっと解放されるんだから。 私が求めていたのは解放だった。 赦しだった。 もう迷いは無い。 二人でひとしきり笑いあった。 馬鹿みたいだ。 馬鹿で良いんだよ。 そんな貴重な物ってない。 こんな風に笑いあえるのは、あと何回かな。 フリーダはおろした右手で、そっと数えてみた。