フォルテシモ第五十七話「月の引力」 



「おせえぞネプト! 2時間遅刻だ!」 
郊外の砂漠地帯でカンジが腕組みして待っていた。 
魔界のこの時代、発達したテクノロジーに吸い上げられた資源は底をつき 
砂漠化が深刻化し都市近辺にも押し寄せていた。 
ネプトは頭をボリボリかく。 
「落雷が落ちたんです。ドッカーンと」 
ネプトは言った。 
「あ? ふざけてんのか? 殺す気でいくぞ」 
カンジの立てた右手の人差し指と中指がボウツと赤く光る。 
ネプトはまだ頭をボリボリかく。 
「すいませんカンジさん。今日は上手く集中できそうにありません」 
「あ? あっそ。じゃあ死ね」 

ブン! 

ネプトの姿が一瞬で消える。 
油断したカンジは目で追えなかった。 
こいつ……やる気出しやがった! 

ガカッ! 

後ろから魚眠洞「竜宮の使いの章」の刀でカンジを狙った一撃。 
それは立てた赤く光る二本の指で止められる。 
刀が熱で少し溶けた。 
すぐに距離を置くネプト。 
今日は気負いが少ない…… 
それに恐怖心も少ないようだ…… 
俺はいつもより冷静に分析されている…… 
カンジは思う。 
ネプトの右腕が銃口の形を作る。 
いつもより口径が大きい。 
魚眠洞が気持ちの持ちようで変化する事は把握済みだが…… 
これはいつも以上に気が抜けない…… 
ネプトの動きが予想できない……! 
ネプトの脚に急に緑の装甲が浮き上がる。 
あれは……深夜特急みたいな物か。 
超高速で真正面から突っ込む。 

ガガガガガガッ! 

高速の刀の攻撃を指二本で受け続けるカンジ。 
速い……! 
気を抜く暇が無い……! 

ボウッ! 

左手も人差し指と中指を立てて一気に燃やす。 
手数が倍になった。 
形勢が逆転する。 





押されるネプト。 
炎の容赦ない連撃が襲う。 
今日はカンジも少し本気だ。 
ネプトの眼のずっと奥で、緑の光が明滅しているのをカンジは見た。 
当たり前だけどこいつはまだ覚醒してない…… 
その事を思い出す。 
なのにこの強さ。 
5歳なんだぜ? 
たまんねえな。 
嫉妬するぜ。 
こいつは一体 
何処まで飛べるんだろう? 
俺よりきっと 
ずっと遠くへ…… 
カンジの右の五本の指が全て一気に燃え上がる。 
ネプトの一瞬の隙を突く。 
「消失空掌!」 
ネプトの腹に掌底一発! 
炎の推進力がネプトを吹っ飛ばす。 
「だぐはっ!」 
ネプトは血を吐いて遠くの岩に叩きつけられた。 
ずるずると崩れ落ちるネプト。 
しかしまだその眼は死んではいない。 
「はっ……はっ……」 
右腕が緑色に光る。 
「強くならないと……友達になれないんだよ……」 
そんな呟きが聞こえた。 
友達……? 
街で誰かに会ったのか…… 
詳しく聞くのは野暮かもな…… 
そいつが導き手になってるのか…… 
面白い…… 
カンジはかまえて両腕に力を込める。 
炎が腕に絡みついた。 
良いぜアナスタシア。 
火力と操作性が数段増してる。 
「強くならないと……友達になれないんだよ!」 
緑色の光が増し、ネプトの肘の辺りから骨のような刀がが突き出した。 
発展途上…… 
まだどうにでもなれる不定形か…… 
カンジは分析する。 
面白いな。テレーゼの最強のテレポン。 
一体どのへんが最強なのか…… 
分かるのはずっと先かもしれないな…… 
でも今もそういう匂いは感じる。 
すげえ…… 
すげえ変なテレポンだ。 
ネプトが再度突撃してくる。 





ふと気付くとネプトの右腕に亀の甲羅のような構造がついている。 
電子窓がついていて文字が光っている。 
……ゾエア? 
そう書いてある。 
「わっと!」 
ネプトの一撃がカンジの髪を切る。 
カンジはしゃがんで避けた。 
腹ががら空きだ! 
「消失空……!」 

ドスッ! 

鈍い音が響くがネプトは吹っ飛ばない。 
硬い感触…… 
腹が一瞬で硬化しやがった……! 
逆に危機になる。 
上からネプトが躊躇なく刀を振り下ろす。 
「はぁっ!」 
力を込め一瞬で自分の周りを炎で包む。 
衝撃波でネプトが上に吹っ飛ぶ。 
くるくる回転するネプト。 
本当に今日は安定感がある。 
餓鬼のくせに。 
良かったらその友達未満の面でも拝んでみたいね。 
体勢を立て直したネプトが刀を構える。 
カンジは全身に力を込めた。 

修行は朝まで続いた。 
カンジは終わると砂を掘ってその中で寝てしまった。 
忍者かこの人は。 
そう。俺は携帯を買ってこないといけない。 
自分で日雇いやって稼いだ金を使う。 
書を捨てよ。街に出よう。 
ネプトはベルリンの街にやってきた。 
人混みがいつもと違う風に見えた。 
ルナが扉を開いてくれた。 
俺と全人類の間にあったわだかまりを消してくれた。 
俺は繋がれる。 
この世界と繋がれる。 
だから…… 
携帯の値引き交渉を頑張った。 
なにそれみたいな。 
安いやつだけど買った。 
これは人と繋がる為の道具。 
色は銀。 
俺の服と一緒だ。 
さっそくルナに電話を…… 
何の用で? 



えーと。 
えーと。 
……。 
会って喋りたいから。 
君の事もっと知りたいから。 
……言えるかー! 
そうだ。嘘だ。 
昨日斬られた傷が膿んで大変な事になっている。 
弁償してくれ。 
よし。これで行こう。 

プルルル!プルルル! 

「はい。もしもし」 
ルナの声だ。 
「ルナ……さん……! あの……これでサヨナラなんて嫌だったから!」 
ああ言っちゃった。 
「ああ。君か。かけてくれたんだ。嬉しいよ。今日暇じゃない? 
 まだベルリンにいる?遊ぼうよ。中央図書館で待ってるよ。10時くらいに。 
 お昼ごはん一緒に食べましょ」 
「あ……ああ! 分かったよ! 一ヶ月ここいるから!」 
「ホント? 良かった。じゃあまた後で」 

プツン!ツーツーツー 

切れた…… 
言っちゃったよ。 
俺、実は馬鹿なんじゃないの? 
いや、グッジョブなのか? 
分からないよ…… 
母上はここにいないし聞ける人もいない…… 
カンジさんもなんか違うし…… 
どうすりゃ良いんだよ…… 
自分で経験するしか無いのかな…… 
そこでネプトは大変な事に気付く。 
ハッ! 
こ……これは、まさか…… 
この現象の名前は…… 
俗に言う「デート」なのでは…… 
落雷に打たれたような衝撃が走る。 
ビョウドウイン・ネプト5歳にして衝撃の運命の荒波にもまれる。 
落ち着け! 
デートなんてただの単語じゃないか! 
昔の爺が作った適当な文字の羅列だ! 
惑わされてはならぬ! 
汗がタラタラ流れる。 
血の気が引いていくのが分かる。 
はっ…… 
俺は人生の岐路に立たされている……! 
ええいっ! 
俺も男だ! 
やってやるぜ! 
唐突に覚悟を決めたネプトは中央図書館への道を急いだ。