フォルテシモ第五十二話「不惑の白」 



「ハハハハハァ!」 
「フワッハハァ!」 
刀で攻めまくるフユキとトキノ。 
オセロとバルトークは防戦一方だ。 
「畜生! 棒の踊り!」 
バルトークは仮面を装着し速度を上げる。 

ガカッ! 

大地が隆起しクローの攻撃を防ぐ。 
「粗雑だぜ翼手目! どんどん行くぜ!」 
尖った大地が次々と隆起しバルトークを狙う。 
バク転しながら避けるバルトーク。 
こいつ等マジで強い! 
危機感がつのる。 
さすがに簡単にはいかないらしい。 
ホメロスとガロアも二対一でヤマギワ相手に押されている。 
剣の腕はヤマギワの方が数段上だ。 
超連続の攻撃でガンガン押してくる。 
柄を見れない事がかなり二人の視界を狭めている。 
エルサレム、ニューヨークと一方的に虐殺して落として世界は狭いと思った。 
それが今回はこんな手練が現れる。 
ガロアもホメロスも焦った。 
「ハハハハハァ! 沈め翼手目! 紫極!」 
ヤマギワの刀が茶色に光り空を切る。 
ホメロスとガロアは咄嗟に反対方向にスライドして避けた。 
直撃したタワーが真っ二つに斬れた。 
しかし立ったままだ。 
それほどの鋭い一撃だった。 
「ちぃっ! 反応速度は褒めてやるよ」 
ヤマギワは言った。 
その時、ホメロスとガロアの後ろからヒョコヒョコ茶髪の美女が歩いてくる。 
「ハロー。ガロア。ホメロス。何やってるの? ふああああ」 
女は欠伸した。 
ガロアは不満を顔に露にした。 
女が来た事が気に入らないらしい。 
「フリーダ。悪いがこいつ等は俺達の獲物だ。他をあたってくれ」 
ホメロスが言う。 
フリーダはプーッと頬を膨らませる。 
「私だけ仲間はずれ? そんなウザいかなぁ私」 
ヤマギワはフリーダと呼ばれた女からただならぬオーラを感じた。 
ナナミを捻じ曲げて水を含ませたような……そんなオーラだった。 
「まぁ。凄いイケメン3人です事。駄目よガロアそういう趣味持っちゃ。 
 面白そうですわ? 眼鏡の方、私と一緒に踊りませんか?」 
フリーダはスカートを手で持ち上げて言った。 
こいつ……危険な匂いがする…… 
ヤマギワの感覚は敏感に察知した。 
バルトークとトキノはかまわず戦っている。 
フユキはオセロと剣を組み合わせ力で押し切る。 
オセロが瓦礫の上に吹っ飛ばされた。 





「こっちの方が美人だな! 俺が相手してやるぜ!」 
フユキがフリーダに向かっていく。 
「よせフユキ!」 
ヤマギワが制止する。 
「あら嬉しい。ならご挨拶代わりに……」 
瞬間、ヤマギワは何かの狂気を察知する。 
何か空間に出てきた。 
「ぱきょ!」 
フユキが妙な声を出す。 
それと同時にスイカが割れるようにフユキの頭が吹っ飛んだ。 
「フユキ!」 
トキノが振り向く。 
ヤマギワはわなわなと震えだした。 
バルトークもガロアもホメロスも呆然としてフリーダに魅入っている。 
トン トン トトン トン 
フリーダはいつもの踊りを踊りだした。 
「愛しい人。貴方が居たから何度でも頑張れた」 
歌いだすフリーダ。 
狂ってる。 
ヤマギワは断じた。 
ふつふつと血が逆流してくる。 
トキノも同じだった。 
「挨拶で死んじゃうなんて。イケメンでもあまり面白い人ではございませんでしたわ」 
歌うようにフリーダが言った。 
「ざけんなテメエ!」 
トキノがフリーダに向かって駆け出す。 
「やめろトキノ!」 
ヤマギワは声を出すが体が動かない。 
ビビってる? 
俺が? 
俺に不可能は無いのに。 
遺伝子が言ってる。 
そっちの道は…… 
死だ…… 
「人間の土地!」 
トキノが両手を打ち合わせて尖った大地が高速で隆起する。 
踊るようにヒラヒラかわすフリーダ。 
隆起する大地がフリーダが舞うたびに粉末になって風に吹かれて消えていく。 
あいつの得物は何だ……? 
ヤマギワが空間を凝視する。 
いや……トキノを助けなければ…… 
頭の奥で声がする。 
しかし生存本能が勝っているようでひたすら分析する。 
眼の隅に黒い影が映る。 
あれは……柄の無い刃物…… 
何で操作してるがしらないが刃物を遠隔で操作してる……! 
「へきょ!」 
トキノもフユキと似たような声を上げる。 
トキノの頭が真っ赤な血の塊になった。 
倒れるトキノ。 
その体にもう生命は宿っていない。 





歯軋りするヤマギワ。 
逃げろ! 
生存本能が言っている。 
しかしその手は学ランを脱ぎ捨てた。 
「俺は約束した! そいつらを最高の高みまで連れて行くと!  
 辞書に不可能という文字を持たない俺は約束を破った! 
 二人は死んだ! 俺は今最高に腹が立っている! 
 俺が俺である所以を汚しやがって! 貴様は此処で処刑する事に決定だ! 女!」 
ヤマギワは見得を切った。 
学ランを肩に羽織る。 
真っ赤なワイシャツが姿を現す。 
「貴方、面白い。もう分かる」 
フリーダが言った。 
その手がフワフワ宙を舞う。 
手だ。 
いや指? 
刃物を操作している。 
気配が数百。 
多いぞ。 
さばけるか? 
さばくんだよ! 
俺に不可能は無い! 
生存本能を自我が振り切った。 
「逝くぞおおおおおおおおおお!」 
ヤマギワが叫んでフリーダに向かっていく。 
フリーダはニコリと笑う。 
初撃! 
左後方から! 
撃ちぬけ! 
  
キン! 

刀に硬い感触! 
弾いた! 
どんどん来るぞ! 

キキキキキキキキキキキキキキン! 

超感覚で全方向から襲ってくる無数の刃物を弾くヤマギワ。 
「うおおおおおおおおおおお!」 
咆哮する。 
「スゲエっ! 誰にも見えないフリーダの攻撃を……!」 
バルトークが感嘆をあげる。 
スカイクロラは一段レベルが上の戦いをただただ固唾をのんで見守る。 

ブツ! 

違う感触。 





操っていた糸が一本切れた。 
瓦礫の山に銀色の輝く鋭利な柄の無い刃物が突き刺さる。 
フリーダは笑みを絶やさない。 
だんだん笑みが大きくなっていっている。 
フリーダはヤマギワの眼を見ている。 
今のも消えそうな茶色の光をたたえて 
それはとても綺麗だった。 

キキキキキキキン!ブツ!キキキン!ブツ! 

新たに二個、刃物が瓦礫の山に突き刺さる。 
「はぁっ! はぁっ!」 
ヤマギワはさっきから凄まじい猛攻に一歩も動けていない。 
そろそろ体力も限界だ…… 
「楽しいな……こうでなくちゃ」 
フリーダはまた踊り始めた。 
魅惑的な踊りだ。 
刃物の嵐の速度が一段増す。 

ブシュ!ブシャア! 

二撃、ヤマギワは刃物の攻撃をもらう。 
痛みで顔が歪む。 
俺に……俺に夢を託した二人は……死んだ…… 
アイツ等の為にも……俺はこんな所で死ねない……! 
「ぐしょおおお! 紫極!」 
茶色の閃光の一閃! 
フリーダの後ろのビルディングが真っ二つに裂ける。 
フリーダの姿は消え去った。 
ずっと上空。 
逆さまになったフリーダの姿をヤマギワは捉える。 
「本当に楽しい! でも仕事だからフィナーレ! 舞姫……カオスレギオン!」 
フリーダの眼が白く輝く。 
ヤマギワの神経が何かを感知する。 
何……? 
俺は……死ぬ……? 
遺伝子が……そう言ってる…… 
フユキ……トキノ…… 
御免な…… 

パアアアウ! 

白い閃光が辺りを覆う。 
テレポン舞姫による光速の超連打が輝いて空間を埋め尽くす。 
スカイクロラ達はそろって目を覆う。 
「底抜けだ……フリーダ……」 
ガロアが眼を覆ったまま呟く。 
数瞬後。 
フリーダの目の前にコンクリートの粉末の山ができている。 
ヤマギワの姿は無い。 
眼を覚ましたモアが眼をパチクリさせる。 
さっきまで其処にあったビルディングが粉末の山になってしまったのだ。 
「やったの?」 
モアが聞く。 
「うん。彼、分子レベルまで分解されちゃった」 
フリーダは言った。 
皆、ため息をつく。 





「なんだよアイツ。強すぎる。世界は広いな」 
バルトークが言う。 
「それを凌駕するフリーダは相変わらずだけど……」 
目覚めたアマデウスが言う。 
「さぁっ。まだレッドラムは残ってますわ。皆散った散った」 
フリーダが手を振りながら言った。 
ガロアが釈然としない表情のまま背を向ける。 
他のスカイクロラ達もノロノロと方々に散っていく。 
一分くらい経った。 
フリーダはほっとため息をつく。 
「良いよ。でてきても」 
フリーダが言った。 
コンクリートの粉の中から腕が突き出される。 
バサバサと音を立てながら中から人間が這い出してきた。 
ヤマギワだ。 
「何のつもりだ」 
ヤマギワが言う。 
「貸しかな?」 
フリーダが顔を崩してひひっと笑う。 
ヤマギワがギロリと睨む。 
「俺の性格ではだな……こういう時は甘んじて無様に逃げる…… 
 そして別の場所で鍛錬を積みお前とはもう関わらない……こうだ。 
 フユキとトキノは俺にとって大事な奴らだったが私怨なんて 
 ろくでもねーもんだと思ってるからな。そんなものに冷静な時は 
 拘らない。つまりだ。俺に貸し作っても何にもならないって事だ」 
ヤマギワは言った。 
フリーダはいっそう顔を崩す。 
「貴方、気に入ったわ。本当に。ミナセに似ている……なんとなく……」 
「ミナセ……? んぐ」 
ヤマギワの唇とフリーダの唇が重なる。 
フリーダの舌がヤマギワの舌とからみあう。 
これは……凄いぞ…… 
ヤマギワは思った。 
数十秒後、フリーダは唇を離した。 
ヤマギワは口をぬぐう。 
フリーダは唇を舌でなめる。 
「何のつもりだ……」 
ヤマギワはさっきと同じ台詞を吐く。 
「何のつもりでもなぁい」 
フリーダは言った。 
へっとヤマギワは吐き捨てる。 
「後悔すんなよ。売女」 
ヤマギワは言った。 
フリーダは笑って手を振る。 
「バイバイ」 
ヤマギワは出鼻を挫かれ俯いてきびすを返す。 
走り出す。 
笑顔のフリーダが見送った。 
こんな無様になるなんて初めてだ…… 
俺に不可能は無い筈なのに…… 
ヤマギワは思って、 
全力でその場を駆け抜けた。