フォルテシモ第五十一話「ロサンジェルス侵攻」 



スカイクロラ基地。ニューヨーク支部。 
ジュペリが突然談話室に入ってきた。 
アマデウス、モア、バルトーク、ホメロスが居る。 
「ガブリエルが死んだ」 
ジュペリは肩で息しながら言う。 
場の空気が凍りつく。 
「マジ……?」 
モアが聞く。 
ジュペリは無反応だ。 
「一体誰にやられたんだ……まさか……あのミナセって奴か?」 
ジュペリは眼を細める。 
「前大戦の生き残りか新興の奴か知らないが俺達以上の力を持つレッドラムは 
 少ないがたしかに居る。特定はできない」 
モアがペタンとソファーに座り込む。 
「怖い……怖いよ……」 
モアが消え入りそうな声で呟いた。 
ジュペリがすぐに傍に駆けつける。 
肩に手を置く。 
モアの小ささが触覚を通して伝わってくる。 
ホメロスは自分の右掌を強く左手で殴りつけた。 
バルトークの眼が活き活きと燃え盛る。 
アマデウスは「あーあ」と呟いてソファーに仰向けに寝転がった。 
「死にたくないよ……」 
モアがジュペリにだけ聞こえる大きさの声で呟いた。 
ジュペリの体に熱がこもる。 
自分達はまだ試しの門の前に立ったばかりだ。 
ジュペリは思う。 

エルサレム基地。 
アリスが植物園を通りがかるといつものようにフリーダが居た。 
レンガの花壇に腰かけてボーッと宙を見ている。 
いつもボーッとしている印象だがその日は尋常ではなかった。 
命が半分抜けかかっているかのような…… 
アリスはフリーダの目の前で掌を振る。 
「もしもーし」 
フリーダはしばらく気付かなかった。 
空ろな目でアリスの方を見上げる。 
「最高の夜でしたの。あーたん」 
フリーダはゆっくり呟いた。 
アリスは呆れた顔をしている。 
「ロサンゼルス侵攻だぞ。あそこレッドラムの生き残りの巣窟だから全員で 
 行くんだ。もちろんお前も」 
アリスは言った。 
フリーダの眼は定まらない。 
「あの眼……あの口……あの舌……頭に貼り付いて離れませんの」 




フリーダは夢見心地で言った。 
アリスはため息をついた。 
「私そういうのよく分からないけど……アンタみたいな無茶苦茶な奴に 
 好かれた奴ははたして体がもつのかな?」 
フリーダの眼に生気が戻る。 
「あの方は私が酵素だとしたら世界でたった一つの基質ですの。 
 私と一緒に最高の舞台を演出するの。そして、いつかは、共に、踊る、運命?」 
フリーダは歌うように言った。 
「そういうものかね……」 
アリスは何も無い所を見ながら言った。 

岩の中の家。 
ミナセがハンモックの上でゴロゴロ転がっている。 
ルナは小説を椅子に腰かけて読んでいる。 
題名は「金星の娯楽」だ。 
ミナセはさっきから寝言のような事を呟いている。 
「うーん……そっ……フリー……なっ……」 
魔界語ではない何か別の物だ。 
ルナは感じた。 
昼間から寝ているという事は昨日は寝ずに修行だったのかな。 
やっぱ気になるものね。あの翼手目達。 
自分はまだミナセの本当の力を知らない。 
見てみたい。 
あの翼手目との戦いで見れるかも。 
ルナはニヤついてきた。 
それで一網打尽にするんだ。 
自分が一匹必死こいて倒した奴等を一網打尽に。 
ミナセは自分よりずっとずっと強いんだ。 
その事実がルナを安心させる。 
その事実が次の一歩を踏み出させ高みへ高みへと自分を導いてくれる。 
ミナセが居るから生きていられる。 
ミナセが居るから頑張れる。 
……やっぱ依存してるな自分…… 
駄目だな…… 
ま少しくらい駄目でも良いかな…… 
そういえばガブリエル殺した事まだミナセに言ってないな。 
まぁいいか。 
ミナセも修行の事話してくれないし。 
秘密だ。 
良いな秘密。 
大人な気分。 
これ成長? 
きっと成長。 
ははは。馬鹿みたい。 
ルナはそこまで考えて読書に気を集中させた。 

その3日後。 




アメリカ。 
40体近いスカイクロラが上空を飛んでいる。 
うち30体ほどはクローン。 
オリジナルは8体だ。 
最後の一人のスカイクロラのバッハは基地に残っている。 
人格は消去されている。 
形だけがオリジナルのジュペリ達と同じ戦闘マシーン。 
力はジュペリ達より数段劣る。 
理由はよく分かっていない。 
「気持ち悪いよなー兄弟達。吐き気してきた」 
アマデウスが自分のクローンを見ながら言う。 
下で砂塵が巻き上がっている。 
フリーダが一人で上空を飛ぶスカイクロラと同じ速度で走っている。 
汗一つかいていない。 
「スゲエよな。フリーダは。レベルの差を感じるぜ」 
バルトークが言った。 
「不惑の白は夢の中……王子様にお姫様抱っこされてる……」 
アリスが呟く。 
「アリスさん! 久しぶりですね。一緒に仕事するの」 
モアが言う。 
「どうでも良いよ……私の事なんか……」 
アリスが呟く。 
アリスはくるくる横に回転しながらクローンの間を飛び回る。 
「フリーダさんと同じくらい意味分かんない」 
モアがジュペリに耳打ちする。 
「キタ……」 
オセロが呟く。 
ロサンジェルスの街が見えてきた。 
「空ー襲ー警ー報ー! 野郎ども! サジタリウス用意だ!」 
ホメロスが号令する。 
クローン達が弓矢を構える。 
「グッドラック! 散開だ!」 
バルトークが叫ぶ。 
スカイクロラ達は方々に散っていった。 
その数十秒後。 

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドウ! 

轟音が轟く。 
一瞬で街が火の海になる。 
建物から火達磨になった人間達が飛び出してくる。 
「ふふ……」 
眼に炎を映したアリスが不敵に笑う。 
「放課後の音楽室」がアリスと同化し紫の光を集める。 
「涅槃交響曲!」 

ドオオオオオオオオオオオオウ! 

凄まじい爆発が起こり建物があらかた吹き飛ぶ。 
「スゲエなアリスは。どんなレッドラムがいても関係無い」 
アマデウスが呟いた。 
その時、アリスめがけてビュンと石が飛んでくる。 



首を傾けて避けるアリス。 
頬に裂傷が走る。 
血がポタポタと流れ落ちる。 
一つだけ残っている300メートルはあろうかというタワーの上に人影。 
三人。 
炎をバックに揺らめいている。 
「何者だ貴様ら!」 
バルトークが叫ぶ。 
「ふっはぁー! 何者か!? 俺は俺様だ! ヤマギワ・シュウイチだ!」 
「クロヌマ・フユキ!」 
「トキノ・リクオ!」 
3人は名乗った。 
「とうっ!」 
三人はタワーから飛び降りる。 
「降りて勝負しろ翼手目!」 
ヤマギワの声が響く。 
「面白い……」 
バルトークが呟く。 
「かなり質の良いレッドラムみたいね」 
モアが言った。 
「クローン達! それとアリス! 他のレッドラムは頼んだ! 俺達はあの眼鏡ぶっ倒す!」 
ジュペリが言った。 
クローン達は方々に散っていってジュペリ達は地上に降りていった。 
チョンマゲの剣士と眼鏡の学ラン男とボサボサ頭の妙な玉を持つ男達が立っている。 
「逝くぞー!」 
ヤマギワが号令する。 
「よっくも俺達のホームポイントを!」 
フユキが激昂する。 
「雁!」 
「ドグラ・マグラ!」 
「人間の土地!」 

ドガアアアアアアアア! 

大地がせり上がり刀が伸び先頭に居たモアとジュペリが急に倒れる。 
「どうした!? モア! ジュペリ!」 
アマデウスが駆け寄る。 
「ドグラ・マグラ!」 
眼鏡の男が叫ぶ。 
アマデウスはその柄の四つの眼を見た。 
次の瞬間目の前が真紫になった。 
倒れ伏すアマデウス。 
バルトークはトキノと、 
オセロはフユキと、 
ガロアとホメロスはヤマギワと対峙する。 
「気をつけろよガロア。あの刀の柄見たら皆倒れたみたいだ」 
ホメロスが言った。 
「分かってるよ……」 
ガロアが呟く。 
「もう気付いたか! ならちゃっちゃと行くぞ!」 
ヤマギワが剣を振り上げ迫ってくる。 



ガロアも剣を取り出す。 
剣が重なり合って火花が散る。 
「くっ……!」 
ガロアが後ずさる。 
重いっ! 
そして速い! 
並の手練じゃない! 
ホメロスが横から刀で斬りかかる。 
ヤマギワはそれを二本目の剣で受け止めた。 
サーベルのような形をしている。 
「新刀、インストール! 錆びろ!」 
ヤマギワが叫ぶとホメロスの刀がボロボロと錆びて崩れていった。 
「何ぃ!」 
ホメロスが狼狽する。 
「まだまだこれからぁ!」 
ヤマギワが叫んだ。