フォルテシモ第五十話「ダブルデートの結末」 



「あああああああああ!」 
ルナは凄いスピードで移動しながらガブリエルに斬撃を与える。 
残像がいくつをできて消えていく。 
ガブリエルは超反応でそれらに対応して剣を振るが 
次第に裂傷が増えていく。 
たく……これだから子供は…… 
成長速度が完全に想定の範囲外だ…… 
「カーペットクロラ!」 
突きの超連打。 
腕が数十本にブレて見える。 
しかし数百回の攻撃をルナは全て避ける。 
俺の必殺が……! 
完全に見切られた……! 
「ひぇひえひぇ……」 
笑うガブリエルはどうでも良くなってきた。 
こんなガキを、ガキだから、侮った。 
俺は此処で年長者面しなければならない。 
それが勤めだ。 
「お前、名は?」 
ガブリエルが唐突に聞く。 
ルナの攻撃がピタリと止まる。 
ルナがニッと笑う。 
「ビョウドウイン・ルナだ。虚無の果てまで覚えておいて!」 
ガブリエルが不気味にニヤッと笑う。 
「なぁ、ここで俺を殺して何になるんだ?」 
ガブリエルが問う。 
ルナは動きを止めたままだ。 
「お前は何の為に人を斬る?自分が強くなる為?何の為に強くなる? 
 自己満足の為か?長生きする為か?隠れてちじこまってた方が長生きできるぞ?」 
ルナは頭をフル回転させる。 
「違う。私はミナセと同じ景色が見たいから強くなる。なんでそうしたいのかは 
 知らない」 
「孤独だから?」 
ガブリエルが満面の笑みを浮かべる。 
「孤独孤独。人間にあるのはそれだけだ。牙を持った羊レッドラム。 
 つまるところ求めるのは母の温もりか。父の背中か」 
ガブリエルがゲラゲラ声を出して笑い出した。 
「お前は強い。生き残れば最強のレッドラムになるだろう。 
 しかしその先に残るのは何だ?」 
ルナは動けない。 
まだ頭をフル回転させている。 
鈍足。 
頭の方は鈍足だ。私。 
「お前はそれを知ってから俺を殺すのか?知らないまま俺を殺すのか? 
 俺の命はもう戻ってこないぞ?」 
ガブリエルは天をぐるんと仰ぐ。 
星が煌いている。 
そしてまんまるお月様。 
最高の夜だ。 




「ルナか。良い名だ。あの月のように手の届かない存在だな」 
ルナは動揺する。 
ガブリエルの言葉が触手のように伸び自分の心に触れてくる。 
「俺はここで死ぬよ。もうひとふんばりしたら逃げるなり勝つなりできそうだけど 
 お前が気に入った。俺の命は未来にかける。これから起こる大きな戦争、 
 俺は見たくない。今死ぬのが一番美しいと思ってね」 
ガブリエルは星空を眺めたままだ。 
ルナは逡巡する。 
ガブリエルの人格が垣間見えてから急に殺しにくくなった。 
いつもは喋るまもなく殺してたから…… 
そもそも戦ってる相手に喋りかける奴なんてそうそういない。 
狂ってる。 
こいつも私も。 
ルナは思った。 
「今日は良い星空だぁ……死ぬには良い日だ」 
死ぬには良い日。 
その言葉がルナの脳内を反響する。 
大人って……変だ…… 
ルナは剣を振り上げる。 
眼一杯の力を込める。 
刀身が紫に輝く。 
ルナの髪がふわっと舞い上がる。 
「良い事教えてやるよルナ。大人になると自分の限界が見えてくる。 
 そんでたまに死にたくなるんだよ。死ねないのは自分と別れる事が辛いからだな。 
 死ぬって事は自分と別れるって事以上の意味はない。 
 人は自分の為に泣き、笑い、生きる生き物だ。本性は皆孤独なんだぜ? 
 自分だけだなんて思うなよ。俺も孤独なまま……マゾのまま…… 
 俺達の両親、虚無の元へと帰るんだ」 
ガブリエルは柔和に笑う。 
今までに見せた事のない表情だった。 
ルナの心臓が高鳴る。 
吸い込まれそうだ。 
全てを包み込む包容力。 
これが大人か。 
「俺は死は怖くない。痛みも怖くない。全て俺が生きていた事の証だから」 
ガブリエルは月をバックにしてそう言った。 
「さぁ、先に進みたいのなら俺の首を斬れ。それで俺の一生はOKだ」 
ルナはさらに手に力を込める。 
最高の力で、 
最高のサヨナラを……! 
「グッドラック!」 
最後にガブリエルはそう呟いた。 
「紫極!」 
横一閃。 
紫の閃光がガブリエルの首を切り裂いた。 
ポーンと上に飛び上がるガブリエルの首。 
その瞳と一瞬眼が合った。 
何処までも深い、深海のような瞳だった。 
「そんな生で満足か?」 




頭の奥で声が聞こえた。 
ガブリエルの頭は地上に落ちコロコロと転がった。 
血液が大量に失われていく。 
いかにスカイクロラといえど脳の活動が停止すれば死んでしまう。 
これではもう生き残れる確率は限りなくゼロだ。 
「お……俺の名は……ガブリエル……忘れないでくれよ……」 
頭だけになったガブリエルがルナの方を向いて喋る。 
ルナは寄っていってかがみこむ。 
「うん……忘れられないよ。貴方みたいな変な人……」 
ルナは優しく言った。 
ガブリエルはフッと笑う。 
「おま……お前の未来にかけたよ……お前は面白い事やってくれ……くれそうだ……」 
ルナはニコッと微笑む。 
「人生に幕だ……皆のもの、拍手喝采……」 
ガブリエルはそれだけ呟いて、眼の色を失った。 
ルナはその眼を閉じさせる。 
なんともいえない感情が胸に押し寄せる。 
私が殺したんだ。 
一つの人格を。 
今までこんなにその事を強く感じた事はなかった。 
なんで、人ってこんなに哀しい生き物なんだろう。 
人を殺さないと、人は生きていけない。 
何の為にこの世に生まれたの? 
それ自体に意味なんてきっと無い。 
ただ、どう生きるのかに意味があるんだ。 
在る事に意味は無いが 
生きる事に意味はある。 
ルナはそう思った。 
髪で隠れていない左目から涙がつうっと流れ落ちる。 
哀しい……生きる事は…… 
ルナは思った。 

「はぁっ……はぁっ……」 
「はっ……はっ……」 
フリーダとミナセの声が連続する。 
月の夜。 
フリーダは見上げると満天の星空だった。 
綺麗…… 
気持ち良い…… 
細胞と遺伝子が爆ぜる…… 
運命の出会い? 
必然の出会い? 
なりふりかまわない幸せ? 
一つになる幸せ? 
砂まみれの幸せ? 




不純な幸せ? 
たった一つの夜? 
世界が溶ける。 
皆許せる。 
好きだから。 
たった一つ好きだから。 
百億分の一の可能性で好きだから。 
貴重な 
誰にも渡したくない私だけの世界。 
見せてあげたいと思う初めての人。 
だから何でもあげてしまう。 
それが私の幸せ。 
自分の存在が空一杯に広がって全て丸く尖りを失わせ包み込み許してしまえる。 
そんな夜。 
プルプルしたゼリーみたい。 
体を通して全て許してまとめて食べちゃえ。 
美味しいよきっと。 
だって私の生まれた世界だもの。 
殺し合いなんてろくでもないよ。 
今だけそう思える。 
貴方が居るから。 
「ふひー」 
ミナセが声を上げる。 
フリーダがミナセの首根っこを両手でかかえて引っ張り戻す。 
「なぁフリーダ。俺だんだん踊れるような気がしてきたよ」 
ミナセが言う。 
「そんな事より今の踊りを楽しみましょう」 
フリーダが魅惑的に呟く。 
「お前にかかったら何でも踊りなんだな。思いもよらなかったよ俺は」 
ミナセはフリーダに体を預けながら言った。 
「口をつぐんで……今はそういう踊りではないですわ……」 
フリーダの唇がミナセの唇を塞ぐ。 
敵わないな……この娘には…… 
俺もう最高。 
ミナセは思った。 
「あなたの力……私が限界まで引き出してあげる……」 
フリーダはわけのわからない事を艶かしく呟いた。 
ミナセはなんだか感覚的に意味が分かったような気がする。 
全身からふつふつとオーラが湧いてくる。 
これが女の力か。 
体内で脈打つ大きな力の流れを感じる。 
俺はどこまででも行ける。 
この女から力を引き出せば。 
スゲエよ。 
こんなの初めてだ。テレーゼやナナミには悪いが。 
いや、ナナミの時はこれと少し似ていたか。 
いずれにしよ久方ぶりの感覚だ。 
フリーダは猫のように無邪気な笑みをうかべている。 




「まだまだこれからですわ」 
フリーダは言った。 

ルナはその日午前3時くらいに家に帰ってきたがミナセはいなかった。 
久しぶりに修行に出たのかなくらいに軽く思った。 
そのままハンモックに飛び乗ったが、寂しかった。 
ミナセに会いたかった。 
最高に寂しい日だったのに。 
人を殺して友達を一人失ったような…… 
強くなるってどういう事だろう…… 
生き残って何がしたいんだろう…… 
友達って何だろう…… 
人を殺すってどういう事だろう…… 
聞きたかったな……ミナセに…… 
父さんに…… 
また左眼から涙が落ちる。 
私……自分が強いのか弱いのか分からない…… 
ミナセも同じ事考えた事あるのかな…… 
きっとあるよね…… 
私達……似てるもの…… 
親子だもの…… 
ミナセも友達みたいな人殺した事あるのかな…… 
あるよね…… 
似てるもの…… 
似てる…… 
似てる…… 
血のつながり…… 
クリムゾンリバー…… 
ミナセを慈しむ事で、きっと他人も慈しむ事ができる。 
ルナは思った。 
寝よう…… 
いつまでも子供じゃいられない…… 
ミナセに期待して…… 
依存してばかりじゃ…… 
次の一歩を踏み出せないんだ…… 
目の前が真っ暗になる。 
人殺しにも……良い人にも……人生は平等だ…… 
ルナは思った。 

白いドーム内のテレーゼの研究所。 
カプセルがいくつも設置されていてその中に人間の形がある。 




アマントとテレーゼが歩いている。 
「30体ならロサンゼルス侵攻までに出せますよ。 
 戦闘力については期待しないでください。バイトで雇ったレッドラムくらいに 
 思っていただければ……」 
テレーゼは言った。 
「ふん……よくぞこの短期間でそこまで作り上げたものだ。 
 さすがは世界でただ一人の大脳特化型レッドラムといった所か」 
アマントは呟いてニヤリと笑った。 
テレーゼは冷たい眼でそれを見ている。 
また世界がどうかなってしまうだろう。 
また戦犯か私。 
でもしょうがない。 
自分が降りても他がやるだろうし 
このアマントという男、私の実力を正確に把握しているようだ。 
「どうにかなるさ」 
テレーゼはアマントに聞こえないように呟いた。