フォルテシモ第四十九話「お話しましょ」 



ガブリエルが刀を振るって迫ってくる。 
そんなに速くない…… 
ルナは一瞬でスライドして初撃を避ける。 
次も、その次も、刀を使わずに身一つで最小限の動きで避ける。 
私は速くなっている…… 
ルナは自覚する。 
相手の動きがスローモーションで見える。 
何かのゾーンに入ったみたいだ。 
飛び散る汗の一滴一滴が水の球になって見える。 
世界で生きる事はこんなにも自由な事なんだ。 
手を伸ばせばほら 
相手に傷をつけられる。 
私が生きた証を…… 
この一歩が…… 
私の生きた証だ! 

ザン! 

一撃。 
ガードしたガブリエルの手首が斬れた。 
浅いったらない。 
ガブリエルが眼を見開く。 
気持ち悪い笑みが顔に貼りつく。 
ルナは吐き気を催してきた。 
「カ・イ・カ・ン!」 
ガブリエルが高い声で叫んだ。 
ルナは背筋が寒くなった。 
マゾかコイツは。 
ガブリエルの後ろに邪悪な妖気を感じる。 
コイツはやっぱ一筋縄じゃいかない…… 
思った瞬間ガブリエルは消えた。 
え…… 
とっさに横っ跳びする。 
頬が熱くなる。 
斬られた……! 
視界の隅にガブリエルの姿が映る。 
「ひゃあっ!」 
高速の突きが眼を狙う。 
ギリギリで避ける。 
左目の斜め上が熱くなった。 
血が左目の上に落ちる。 
ちんたらしてられない……! 
「紫極!」 
横一閃! 
紫の閃光が迸り大気が焦げる。 
しかし敵に当たった感触は無かった。 
後ろに悪寒。 





こいつ……マジで速い!しかもだんだん速くなってくる。 
感覚だけを頼りに振り向きざま横一閃! 
今度は当たった。 
右眼の上。 
これで条件は同じだ! 
「カ・イ・カ・ン!」 
また同じフレーズかよ!キチガイが! 
ガブリエルがヘラヘラ笑っているのが眼に入った。 
やってやる! 
柄に刀を納める。 
まだだ…… 
「カーペットクロラ!」 
ガブリエルの突き連打! 
すんでで避けまくるルナ。 
頬や腕に裂傷が走る。 
まだだ…… 
次で絶対決めてやる……! 
腕を剣が貫く。 
大量の鮮血がガブリエルの顔を濡らす。 
「ひゃは!」 
下衆が! 
喰らえ! 
「紫極!」 
ビームサーベルの横一閃! 
「ひゃはぁっ!」 
ガブリエルは飛んで避けるが右の足首から下が切り取られる。 
すぐ次へ! 
これで終わりに! 
ルナが間合いを詰める。 
「やあっ!」 
同時にガブリエルが後ろ手に持っていた玉をルナに投げつける。 
ルナはそれを斬る。 
瞬間、煙が音を立てて球から吹き出た。 
煙玉だ。 
辺りの視界がゼロになる。 
「ちぃっ!」 
好機を逃した! 
ガブリエルの気配は完全に消えてしまった。 
ルナは気配を絶って眼を閉じる。 
自分の支配する空間を一気に広げる。 
居合い抜きだ! 
数十秒が経過する。 
煙が一部晴れてくる。 
「ひぇひぇひぇひぇ」 
ガブリエルの声が聞こえる。 
声で位置が特定できた。 
馬鹿か? 
木の上にガブリエルが腰かけている。 
もう傷口は塞がっているが怪我した手首をぺロペロ舐めている。 
本当に気が狂っている。 





ルナはだんだん頭に血が上ってきた。 
こいつは真面目にやってない! 
最低だ! 
ガブリエルが翼で羽ばたいて推進力にして突進してくる。 
これだ。 
こいつはやる気はあるんだ。 
咄嗟に刀と刀がぶつかり合い火花を散らす。 
ガブリエルの顔が間近で見える。 
ヨダレをダラダラ流している。 
眼の焦点が合っていない。 
薬でもやってんのかコイツは。 
「カーペットクロラ!」 
再度の突きの超連撃。 
見切ってんだよ! 
今度は一発も当たらない。 
ルナは柄にもう一度刀を納めた。 
次の紫極で……決める! 
ルナは精神を集中させた。 

同じ頃。 
ミナセはフリーダにいつも会う場所に来た。 
その日は異変があった。 
フリーダがバリアの外に居るのだ。 
「うふふ……マジックよ。どうしたのかしら」 
フリーダは無邪気にそう言った。 
「何しようか」 
ミナセは言った。 
「お話しましょ」 
フリーダはニッコリと微笑んだ。 
それから二人は座って、お互いが生まれてから今までの事を 
星空を見ながら話し出した。 
ミナセは色々な事を知る事になる。 
フリーダが昔「透明糸のフリーダ」という通り名で指名手配犯だった事。 
イザヤ・カタコンベと旧知の仲だという事。 
今はアマントという男に雇われているという事。 
フリーダもミナセの話に心を躍らせた。 
第二次レッドラム大戦についての話には特に興味を持っているようだった。 
イザヤに言われて行けなかったのが悔しいとフリーダは言った。 
ミナセは複雑な心境だった。 
イザヤが死んだのは半分は自分の責任だろうと思ったからだ。 
しかしフリーダはそんな事を気にしている素振りは見せない。 
不思議な女だ。 
容姿はため息が出るほどの美しさでどこまでも無防備だ。 
しかしその奥に誰も到達する事のできない深みの宝石を感じる。 
今まで殺してきた人間の人数がその宝石を作り出すのだろうか。 
彼女も自分の中に同じような物を見ているのだろうか。 
ミナセは思う。 
「あのさ。手、握っても良い?」 
フリーダが言ってきた。 
ミナセは何故か冷静だった。 
当たり前のように二人は手をつなぐ。 
冷たい…… 




ミナセは知覚した。 
いつもこうだ…… 
俺が好きになる女は皆手が冷たい…… 
俺は……そんなにもぬくぬくと生きてるのかな? 
けっこう孤独なつもりだけども…… 
そんな事言ってられるうちはまだまだなのかな…… 
フリーダが自然に頭をミナセに預けてくる。 
「やっと会えたね……」 
フリーダが呟く。 
本来合点がいく筈のない言葉だったが不思議と合点がいった。 
そうだ。俺達はやっと会えたんだ。 
幾千年の時を越えて、 
俺たち二人の生命は出会った。 
握っている掌は、俺以外の男には温められない。 
そんな気がした。 
俺たち世界のはみ出しもの。 
出会えたのは奇跡だろ? 
これから結ばれるのだって必然だろ? 
「これからも生きていけるかな」 
フリーダは言った。 
ミナセもそれは心配な事だった。 
ミナセはフリーダの肩を抱く。 
「俺は君が居れば大丈夫そうだ」 
ミナセは言った。 
フリーダは柔和な表情を見せる。 
「危なっかしいのね。私も。君も」 
ミナセもニッと笑う。 
「綱渡りの人生だな」 
ミナセが言った。 
馬鹿か。 
そんなのレッドラムなら当たり前だ。 
でも普通とは違うよなこの娘も俺も。 
ミナセがそう思った時、フリーダが唇でミナセの口を塞いだ。 
フリーダの舌が口内を這う。 
ミナセは魂を抜かれた。 
スゲェコレ。 
ミナセの未体験の濃厚なキスだった。 
ルナを連れ出してから女を忘れていたミナセの神経が昂ぶる。 
これは極上だ……! 
絶対離さねえ! 
たとえ敵同士でも! 
俺はこの女の為に全てをかけるぞ! 
ミナセは完全に昇天してしまった。 
俺みたいな不細工な男を好きになるこの超美女ってなんなの? 
細胞が似ている? 
遺伝子が似ている? 
詭弁だね。 





これは運命ってやつだ。 
ミナセはフリーダを強く抱きしめる。 
世界がこの瞬間終わってもいい。 
俺は生きる意味を見つけたんだ。 
フリーダも抱き返してくる。 
豊満な胸の感触がミナセを熱くさせた。 
もう一度二人はキスをする。 
時間が、止まった。 
満月が二人を見下ろしていた。 
許してくれますよね神様。 
ミナセは念じた。