フォルテシモ第四十八話「アリスとフリーダ」 



ネプトがカンジを連れてイギリスの海岸に漂着してから 
1時間くらいしてカンジは眼を覚ました。 
ネプトは介抱のし方が分からなかったのでほったらかしだった。 
「俺は……負けたのか……」 
カンジは最初に斜め下を見ながらそう呟いた。 
ネプトは5分くらい無視され続けた。 
カンジが首を回してネプトを見やる。 
「お前が助けてくれたんだな。有難う」 
カンジは言った。 
ネプトは何故か首をブンブン振った。 
そんな大した事じゃないと言いたかった。 
カンジはふっと笑った。 
「お前の顔、どっかで見た事がある気がするな。何処だったかな……」 
カンジは顎に手をやって考え始める。 
ネプトは緊張して汗がたらたら流れだした。 
「あのっ! 俺っ! 母上を悪いレッドラムに! あの!」 
ネプトが喋りだす。 
カンジがゆっくり目線をネプトにうつす。 
「助けたいんです! でも俺力が……無くて……俺を……鍛えてくれませんか!?」 
言い切った。 
ちゃんと伝わっただろうか。 
ネプトは心配だった。 
カンジは海の方を見やる。 
その瞳に生命が活き活きと息づいている。 
ネプトは自分の眼が死んだ魚の眼のように見えるのではないかと心配になった。 
「悪いレッドラムか……俺も良いレッドラムとは言えないけどな……」 
カンジが呟く。 
ネプトは話しはじめてから少ししか経っていないが目の前の男が悪い人間には見えなかった。 
いつも会っていた研究者の大人達と較べて……カンジの中に非常な純粋さを見出した。 
「自分の力でやるか……男なら当たり前だよな……少しは気に入ったぜ…… 
 俺もリベンジに備えて力を蓄えなければならない。そのついでで相手してやるよ」 
カンジは言った。 
ネプトはパッと顔を明るくする。 
「有難うございます! 有難うございます!」 
ネプトはペコペコ頭を下げた。 
カンジはまたフッと笑顔になる。 
「お前、名は?」 
カンジが尋ねる。 
ネプトが顔を上げる。 
「ネプト! ビョウドウイン・ネプトです!」 
カンジが面食らう。 
「ビョウドウインって……おま……」 
ネプトがキョトンとする。 
「ははぁ……そうか。そういう事か。よく似てるわ。頭が緑だが 
 アイツ等の息子だからな……なるほど……」 
カンジは顎に手をもっていって一人で納得している。 
ネプトには何がなんだか分からなかった。 



「面白い。やる気になったぜ。ネプト。俺の名はヒマツリ・カンジだ。 
 死ぬ気でついてこいよ。」 
ネプトは背筋が寒くなる。 
「はい!」 
そう返事したのが、二ヶ月前。 

その日、カンジはマカイオオイヌワシの巣の観察に来た。 
断崖をテレポンの力を使わずに登る。 
カンジはずっと上の方でオオイヌワシと会話している。 
会話だ。 
どうやらカンジは動物と会話できるらしい。 
ネプトはテレポンを使うのに慣れているので死ぬ思いだった。 
下を見たらどれだけの恐怖が自分を襲うだろうかと思った。 
「遅いぞネプトー!」 
カンジが急き立てる。 
ネプトは焦る。 
次の足場が見当たらない。 
カンジは何処を登っていったのだろうか。 
こんなの俺のテレポンを使えば簡単に…… 
「テレポンは使うなよネプトー!」 
ネプトを思考を見透かしたかのような声が降ってくる。 
動揺した瞬間足がすべりネプトは落下した。 
「うわあああああ!」 
「あらら。落ちちゃった」 
カンジは助けようとしない。 
死!? 
こんな所で死ぬのか俺は!? 
まだ全然楽しい事してないんだぜ!? 
ふざけるなよ! 
ネプトの眼が緑色に光る。 
岩場を思い切り蹴り無理やり足場を作る。 
その動作を次々やっていき岩場を駆け上る。 
しまいには速度に物を言わせ垂直走りする。 
「うおおおおおおおおお!」 
「お。おお?」 
カンジの居た所を通り越し青空を目指す。 
「とう!」 
飛び上がった。 
断崖の上までたどり着いた。 
「はぁっ……はぁっ……」 
ネプトは肩で息をする。 
その場に仰向けに倒れ伏す。 
しばらくしてカンジが登ってくる。 
「よっこらせっと」 
肩にオオイヌワシをとまらせている。 
カンジがネプトを見下ろす。 
「ムラが激しいなお前は。主人公っぽいが……」 
ネプトは荒く息するだけで対応できない。 



「まぁガキだって事だ。早く大人になれよ。30分休憩したら稽古してやるよ」 
カンジはくるりと背を向けた。 
ネプトは薄目を開けて空を見ている。 
真っ青だ。 
綺麗だな。 
研究所の空とは何かが違う。 
自分が変わったのかな。 
そうかもな。 
ネプトは思う。 
腰を下ろして瞑想し始めたカンジの肩の上でオオイヌワシがネプトをじっと見つめていた。 

エルサレムの白いドームの中にはフリーダが言って作らせた植物園がある。 
フリーダは自分の部屋にはほとんど帰らず大抵の時間そこで植物と会話している。 
実際は独り言である筈だが…… 
アリスは偶にそこを訪れる。 
部屋までの道すがら通らなければならないだけに見えるが…… 
本人がどう思っているのか誰にも分からない。 
その日もアリスの方から植物園に訪れた。 
サボテンと話していたフリーダがパッと顔を明るくする。 
「あーたん。私面白い人に会ったんだよ」 
フリーダが話しかけてくる。 
アリスから話しかけた事など一度も無いが。 
「茶髪なの。ダメージヘアで。右眼が髪で隠れてるの。眼がギョロッとしてて 
 口も大きいわ。お化けに似てると思う。こんな暑いのに茶色のコートで 
 青いマフラー巻いてるの。変でしょ?おかしいわ」 
アリスはため息をつく。 
「それの何が面白い?」 
フリーダは口に詰まる。 
「痛い所突くわあーたん。私語呂少ないから……。あのね。もうね。凄いの。 
 負のオーラ? ただならぬ気配? 絶対あの人無茶苦茶強いよ。 
 あーたん強い人好きだよね。私も大っ好き! 後ろにね。青い化け物が 
 見えるの。顔が100個ついてて人間の子供みたいなの。私一発で気おされちゃった。 
 凄い大物よ。私あんな人見たこと無い。絶対仲良くなりたいの。 
 不思議な人だった……。きっと今までに殺してきた人数が人格に深みをだすのね……。 
 私、恋しちゃった。だから一時的にバリアを止めたいの。あーたん協力してくれない?」 
アリスはいつのまにか耳をふさいでいる。 
「最後の一言だけで十分だ」 
アリスは言った。 
「そんなぁ、私の想いを伝えたかったのに」 
フリーダは口を突き出す。 
「私は人を好きにならないから」 
アリスはそっぽを向いて言った。 
「でも、協力はしてくれるんだよね。あーたんにも会ってもらいたいなぁ。 
 凄く面白い人なんだよ」 
アリスはそっぽを向いたままだ。 
「アンタが言うんだから相当強いんだろうな。言われなくてもその内 
 手合わせする事になるかもね。私も2ヶ月前やけに強いレッドラムに 
 出くわした。世の中、馬鹿にならないね」 
フリーダがニッコリ微笑む。 



「世の中馬鹿にならないね……か。あーたんらしい言葉だね。 
 私もミナセに会ってそう思ったよ」 
「ミナセ……? どこかで聞いた名だ。たしかアマントが大戦で活躍したレッドラムだと 
 言ってたような……」 
フリーダが両手で口を覆う。 
「第二次レッドラム大戦!? 私アレ行けなかったのよ」 
アリスは無表情だ。 
「あんな人いるのなら行きたかったなぁ。最高の舞台じゃない?」 
「行ってたら死んでたよ。アンタ」 
アリスは冷たく言い放った。 
「決めたわ。私絶対あの人と直に会う。あーたん。協力よろしくね」 
フリーダはそう言って出口に駆けていった。 
アリスはため息をつく。 
それを植物園の入り口で隠れてホメロスとアマデウスが見ている。 
「フリーダと話してる時『だけ』は可愛いよなアリス」 
ホメロスがふいに言う。 
「いきなり何を言い出すんだお前は」 
アマデウスが突っ込みを入れた。 

その夜、ガブリエルが月をバックに空を巡回している。 
ルナが修行しているのが見える。 
「はぁっ……はぁっ……86パーセント……」 
相変わらず足元にツバメの死体が散乱している。 
ガブリエルは不気味にニヤリと笑う。 
そろそろかな…… 
サジタリウスに爆発しないタイプの矢をつがえる。 
ガブリエル劇場の開始だ! 

ヒュン!ヒュン! 

ガブリエルの矢が空を切る。 
ルナは空気の動きを敏感に察知し振り向く。 
矢を二本とも断ち切る。 
月をバックにしたガブリエルの姿を捉える。 
この間の翼手目……!たった一体で何しに来た! 
ガブリエルの顔が醜くゆがむ。 
「ひぇひぇひぇ! ハッハァ!」 
数十本の矢を一度に放つ。 
ルナは防戦一方になる。 
ガブリエルは矢を放ち続け先の断崖までルナを誘導する。 
ルナは矢を断ち切ったり避けたりしながら断崖に向かう。 
後が無くなった時ガブリエルは地上に降り立った。 
「ひぇひぇひぇ……お前が俺の獲物だぁぁ! もがき苦しんで死ねぇぇ!」 
ガブリエルが不気味なだみ声で言った。 
ルナは刀をかまえる。 
一対一か…… 



前は一対一なら勝てると思ったが…… 
さぁ、どう変わった?私! 
ルナは目を閉じ自分の間合いに気を詰める。 
ここが正念場だ。 
ミナセは来ない。 
これを乗り越えれば私はさらならう高みへ這い上がれる! 
ルナは念じてすうっと目を開ける。 
「逝くぞオラァ!」 
刀を持ったガブリエルが目の前に迫ってきた。