フォルテシモ第四十六話「月の夜の出会い」 




テレーゼ達はチベットの白いドーム状の建物まで連れてこられた。 
建物中でアシモ達とテレーゼは分けられテレーゼだけ大きなスクリーンのある部屋に通される。 
アシモが心配そうな顔でテレーゼを見送る。 
二人のレッドラムに拘束された状態で部屋の真ん中に立つ。 
スクリーンの白い背景の上に人が映し出される。 
白髪のオールバックの男だ。 
「ご足労有り難いテレーゼ博士。私はアマントという者です。お前達、拘束を解け」 
アマントがレッドラムに命令する。 
二人は少ししぶって拘束を解く。 
テレーゼは首をコキコキ鳴らす。 
非常にリラックスしているようだ。 
「さて、テレーゼ博士。早速、お連れした理由をお聞かせしよう」 
アマントが言う。 
「博士の最近の専門は人間のクローンだと聞いている。博士ならどの分野に 
 関わってもすぐに最先端の技術を開発できると思っていますが…… 
 私はそれに関する技術を提供していただこうと考えています」 
「ふーん」 
テレーゼは首を斜めにする。 
「そうだろうとは思ったけど」 
テレーゼが少し笑顔を見せる。 
「拒否したらどうなるかとかそういう野蛮な事は言いたくない。承諾してくれるかな?」 
テレーゼは眉一つ動かさない。 
「目的は何ですの? それが分からない事には……」 
アマントがニヤッと笑う。 
「スカイクロラというレッドラムの亜種がいる。背中に翼が生え飛翔能力を 
 持っている。迫害された歴史を持っていてレッドラムを憎んでいる。 
 私と同じだ。私はチベットの村に出向き活きの良いスカイクロラを 
 10体見繕ってきた。あなたには彼らのクローン軍団を作っていただきたい。 
 今のクローン技術からしてオリジナルと同じ強さを求める事が到底できない 
 事は知っているが……目的は……レッドラムの絶滅だ……」 
テレーゼが緊張する。 
汗がつうっと頬を伝う。 
自分も一度はやろうとした……いや、ほとんどやったと言っても過言ではないが…… 
この男は何か普通とは常軌を逸している。 
テレーゼは感じた。 
「レッドラムに恨みをお持ちなのね……個人的に……深く追求しませんが…… 
 興味も無いですし……」 
テレーゼは言う。 
アマントはまたニヤリと笑う。 
「返答は?」 
金属音が響いて2人のレッドラムがテレーゼに銃口を向ける。 
テレーゼはおかしくなってくる。 
アハハ! 
アハハハハハ! 
腹の底で自分が一人笑っている。 



こんな事に拘って何になる。 
私は汚く生き残ってやる。 
今までだってずっとそうしてきたんだ。 
私は道具。 
本当の自分は5年前南極に置いてきた。 
「嫌だけど……しょうがないからやりますよ」 
テレーゼは言った。 
レッドラムか…… 
アイツ…… 
生きてるかどうかも分からないミナセがいる…… 
こんな私情が膨れ上がったヤツに殺されるんなら 
アイツもそこまでのヤツだったって事だ…… 
関係ない。 
全部関係ないね。 
テレーゼは思って思考停止した。 
アマントが笑っている。 
「有り難いね……あなたは特別待遇だ」 
はん! 
テレーゼは鼻で笑った。 

その2ヵ月後。 
ミナセとルナがイタリアの食べ物屋でスパゲッティを食べている。 
「飽きてきたねスパゲッティ」 
ルナが言う。 
スプーンの上でフォークをくるくる回してパスタをからめとっている。 
「いや、俺は一生此処に居ても良い。最高。オゥ! ベッラ!」 
ルナが多少呆れている。 
「アイツ等野放しにしてても大丈夫なのかな。私激動の時代生きてないから 
 よく分かんないけどああいう悪い芽は早めに摘んどいた方が……」 
「ルナ。そういう老けた事言ってると早く老けるぞ」 
ルナが頬を膨らます。 
「生物学的根拠がありませんー」 
ミナセは眼をつぶっている。 
うちの父さんは本当やる気が無いな。 
ルナは思う。 
自分が自分をコントロールできていないのだろうか? 
子供って事? 
ミナセを見習えば良いのかなぁ…… 
ルナは疑問だった。 
「血のたぎりが欲しいぜ……足りないのは……ルナの前では言えない事だな……」 
「? 何言ってるの?」 
ルナがキョトンとする。 
「よし。俺もあの砂漠に何か財宝のごとき物が隠されている気がしてきたぞ。 
 行こうぜルナ! エルサレムに戻ろう! 力試しだ!」 
「えっ? う……うん」 
ルナは何を言っているのかよく分からなかったが頷く。 
なんで急に気が変わったんだろう。 



大人って分からない…… 
「俺のセンサーがビンビンいってやがる。神風吹くぜ!」 
ミナセは毅然とした表情で言った。 
わけ分かんないけどやっぱこの人面白い…… 
ルナは思って笑顔を作った。 

スカイクロラ基地。 
ニューヨーク支部。 
ジュペリがトレーニング室で気を張っている。 
銃弾を避けるシミュレーションのトレーニングだ。 
四角い真っ白な部屋の中でホログラムの銃弾が四方八方から撃たれてくる。 
ジュペリは最小限の動きで銃弾を避けまくる。 
汗が飛び散る。 
眼をつぶる。 
銃弾の移動によって生じる再現された風圧を感じとり避ける。 

ビーッ! ビーッ! 

最後に二回機械音が鳴った。 
二発銃弾を喰らったサインだ。 
上出来…… 
ジュペリは思った。 
トレーニング室を出るとジュペリの顔に向かってタオルが投げられた。 
投げたのはピンク髪のモアだった。 
「お疲れ」 
短く言った。 
モアがニッコリと微笑む。 
モアは変わった。 
村に居た頃は温和で心優しい地味な女の子だった。 
それがアマントのマインドコントロールを数回受けてから突然髪をピンクに染めた。 
性格は残虐なものに変わり周囲は戸惑いを隠せなかった。 
強さへの執拗な拘り……高くなるばかりのプライド…… 
この娘は何かを壊されてしまったのだ……ジュペリは何度もそう思った。 
モアは自分でトレーニング室の中に入りヘッドホンをつけたまま 
ジュペリと同じトレーニングに入る。 
ジュペリはそれを見守る。 
射撃が始まってジュペリは眼を見張った。 
凄まじいスピードだ。 
2ヶ月前から格段に速くなっている。 
翼の推進力も利用して瞬発力をあげている。 
これは…… 
トレーニングが終わった。 
ブザーは鳴らなかった。 
ジュペリは生唾をゴクンと飲み込む。 
モアは自分でハンカチを取り出し汗をふく。 
チラリとジュペリの方を見やる。 
冷たい眼だった。 
モアは……村のモアは一体何処に行ってしまったんだ……? 
ジュペリは瞬間的に懊悩する。 



それは絶望に似ていた。 
しかしモアは次の瞬間パッと明るい表情を見せる。 
そしてヘッドホンを外す。 
「ピンクハイデガー聴いてたんだ。ご機嫌だよ。ジュペリも聴きなよ」 
そう言ってヘッドホンを渡す。 
ジュペリはおずおずと受け取る。 
頭にはめてみる。 

ギュイーン! キャルキャルキャル! ドゴシャァァァ! 

不規則な金属音が連続する。 
頭がくらくらしてきた。 
なんだかモアの今の姿とマッチした音楽だった。 
変わっちまったんだなモア…… 
ジュペリはなんだか笑けてきた。 
ピンクハイデガーか。覚えておこう。 
ジュペリは思った。 
モアはニコニコしながらジュペリを見ている。 
聴いている間にガロアがトレーニング室に入り出てきた。 
彼もノーミスだった。 
俺、弱い部類なのかなぁ…… 
帰って趣味の模型飛行機作ろう。 
ジュペリは思った。 

ミナセとルナは一晩疾走してエルサレムに帰ってきた。 
「疲れたー」 
もとの岩の中の家ですぐにルナはハンモックに飛び乗った。 
ミナセは外に出る。 
双眼鏡でエルサレムの方角を見やる。 
白いドームが見えた。 
かなりの大きさだ。 
「何だありゃ」 
ミナセは呟く。 
月明かりに照らされた、幻想的な光景だった。 
あの翼手目……の親玉が建てたのかな…… 
ミナセは思う。 
ルナはもう寝てしまった。 
調査に向かう事にする。 
夜道をてくてく歩く。 
良い所だよな……砂漠と月明かり…… 
ミナセは思いながら30分歩く。 

バチッ! 

ふいに衝撃を感じて体がしびれる。 
何だ? 
もう一度歩き出す。 
また弾けるような音がして進行を阻害された。 
どうやらドームを中心に光子力バリアが張られているらしい。 
「何てこった。引きこもりやがった」 
ミナセは呟く。 
こりゃ難攻不落だ…… 
ミナセは思って視線をスライドさせる。 



その時眼の端に動く物を捉えた。 
アレは…… 
飛び跳ねている…… 
踊っている……人だ…… 
月明かりに照らされながら幻想的な光景を作り出していた…… 
トン トン トトン トン 
何の踊りだろう…… 
ミナセは数瞬魅了された。 
栗毛色のロングの髪が宙に舞う。 
女だ。 
クラシックなゴテゴテした地味な色調の服を着ている。 
それが舞うたび舞い上がる。 
スゲエ…… 
ミナセは思った。 
踊っていた人間がミナセに気付く。 
パッと踊りが終わる。 
ミナセはハッとする。 
女がニコリと微笑む。 
ミナセは急いで女の方に駆け寄る。 
女はバリアの向こう側に居る。 
正面から女を見据える。 
「君……何してるの?」 
ミナセは尋ねる。 
「サボテン採りに来たついでに踊ってましたの。月がとても綺麗だからつい……」 
女は言った。 
その眼が妖しい輝きをみせる。 
ミナセはすっかり見入ってしまった。 
ゴクンと生唾を飲み込む。 
「名前はなんていうの……?」 
ミナセが聞いた。 
いきなり変かな…… 
「フリーダ・ベルヒトルトですわ」 
女はペコリと礼をする。 
「俺、ビョウドウイン・ミナセ」 
言葉がするすると舌を這う。 
俺はその日…… 
月明かりが煌々と照っていた。