フォルテシモ第四十五話「ヴァイオリン弾きのアリス」 「ハハハハハァ!」 カンジが笑いながらアリスの目の前に現れた。 アリスは黒い蝙蝠のような翼長5メートルほどの翼を広げている。 そして右手に黒いファゴットのような形をした銃らしき物を持っている。 突然現れた巨大な炎の梟をその無表情は崩れない。 ただ静止してカンジの眼をじっと見ている。 カンジはそれが気に入らない。 「おいお前。スカイクロラだろ。何か良からぬ事考えてるらしいって聞いてるぜ。 どうなんだ? 何企んでるか教えてもらおうか」 カンジは言った。 アリスの青い眼がうるっと動いた。 その髪がふわっと巻き上がる。 力の充足を感じる。 プレッシャーが一段強まった。 こいつは並みの手練じゃねえ……! カンジは知覚する。 アリスはその掌をふいにカンジの方に向ける。 カンジの眼が見開く。 バシュッ! 紫の光弾が掌から発射される。 カンジはギリギリでそれをかわす。 頬が焦げた。 想定外のスピードだった。 やる気満々か……! カンジは覚悟を決める。 サウダージの色が一瞬で黒くなる。 「燃える! 燃えるぜええ! 俺のパァトス!」 カンジの眼が赤く輝く。 ポウッと音がしてアリスの上に向けた掌の上に紫の光弾が作り出される。 それは次々と空に放たれていき最終的に18個の光弾がアリスを中心に円状に浮遊した。 何だアレ……?しかけてみりゃ分かるか……! カンジはそう考えて攻撃に移る。 「炎の黙示録!」 球形になったサウダージの各部から雨のように炎弾が発射される。 紫の光弾が素早く動いて炎弾をかき消す。 炎弾は消えるが光弾は消えない。 こっちの攻撃よりあのちっこい弾の方が強いのか…… カンジは次の手に移る事にする。 俺の今の最高攻撃力で行くしかねえな…… 今のエネルギーのほとんどを使ってやる……! 「獅子の黒炎!」 サウダージの口から巨大な黒い炎の獅子が発射される。 さすがにこれはその光弾じゃ防げねえぞ! アリスは手に力を込める。 瞬間、ファゴットのような銃が液状化する。 アリスの腹と同化し腕に固定されたそれはさっきより銃口の大きい銃になった。 生物的な曲線を描いたそれは真っ直ぐ炎の獅子を睨みつける。 「涅槃交響曲……」 アリスが呟く。 銃口から巨大な紫の光の奔流が発射される。 真っ直ぐ炎の獅子の方に向かっていく。 「そのキャパシティ! それを待っていたぜ!」 カンジが吼える。 ドッゴオオオオオオオオン! 大気が震え津波が起こる。 轟音が数十キロ先まで木霊する。 海が割れ海底が姿を現す。 あまりの熱量に海の表層の水分が蒸発してしまう。 「やったぜカンジさん! やっぱ鬼つええ!」 ヨナタンが叫ぶ。 イカダは今にも転覆しそうになってる。 「でも……アレだけの力を出さないと勝てない相手って事……」 キタテハが呟く。 「ハハハハハァ! さすがにくたばっただろ! あっいけねえ! 殺しちまったか!」 カンジが叫ぶ。 しかし次の瞬間紫の巨大な光弾が飛んでくる。 「なっ! 馬鹿な! 俺の獅子がかき消された!? ちぃっ!」 火車を発射し光弾のスピードをゆるめ何とかかわすカンジ。 煙の先に小さなアリスの姿が見えた。 弓矢をかまえている。 「まずい!」 しかしほとんどのエネルギーを使った後でうまく動けない。 ドスッ! サジタリウスはカンジの胸の真ん中にクリーンヒットした。 「ダグハッ!」 カンジは大量の血を吐く。 胸を貫いたサジタリウスの矢は背中と同化したサウダージを破壊した。 推進力を失い落下するカンジ。 カンジは気を失っている。 海に落ちた。 そのまま深みに落ちていく。 アリスは冷たい無表情のままその真上に移動する。 体が同化した銃、「放課後の音楽室」が光を集め始める。 ビョウドウイン・ネプトはその時ちょうどその付近を通りがかった。 海中を魚眠洞「鮪の章」で高速移動する。 ゲル状の黒い魚の形の中では呼吸もできる。 頭上からキラキラと輝きながらゆっくり落下してくる人影を見つけた。 綺麗だ…… ネプトはそう思って人影の方に向かっていく。 近づいてみるとやはり人だった。 このままでは死ぬと思って魚眠洞の中で腕を握り一緒に高速移動する。 ドゴオオオオオオン! 次の瞬間に後にしてきた海で物凄い爆発が起こる。 振り向くと海が割れている。 アリスの涅槃交響曲によるカンジをねらった攻撃だ。 しかしネプトにはそんな事は分からない。 さっさと逃げた方が良さそうだ……! ただそう思った。 ネプトは全速でその海域を後にした。 アリスは空中で静止している。 結局終始無表情だった。 敵は殲滅したと考えている。 かなりの強者であったと評価するが…… 自分の敵ではなかったな…… アリスは思う。 自分が強いかどうかという事にはあまり関心がない。 他人と自分の強さを較べる事にあまり意味を見出せない。 消すか消されるか。 重いか軽いか。 全て人生は川の流れと同じ。 意味なんてない。 アリスは一瞬俯いて飛び去った。 その海域を後にする。 視界の端にイカダの上の二体の人間が見える。 無視した。 道端の石ころは人の関心を買う事もあるが、大抵は無視されるものだ。 「無視された……眼中にないって事かな……」 イカダの上でキタテハが呟く。 「そんな……嘘だ! 嘘だぁぁ! カンジさんが負けた!? 殺られた!?」 ヨナタンが我を失っている。 「うわあああああ! ビッチェズ……!」 ヨナタンが銃をアリスにポイントしようとする。 「やめなよ! 私達じゃ勝てない!」 キタテハが銃口に手をかざす。 ヨナタンはぶるぶる震えて嗚咽をもらし頭を下げ銃口も下げる。 「畜生……! 畜生!」 ヨナタンがボロボロ泣きながら自分の脚を殴る。 キタテハはため息をついてそれを眺める。 「私達も先が長いな……」 泣いているヨナタンをしりめに遠くの空を見ながらキタテハは呟いた。 ネプトは高速移動しながらカンジの方を見やる。 その頭に角が生えている事を確認する。 ネプトはハッと閃く。 この人、伝説の種族ホーンヘッド! て事はレッドラムで…… 生き残りって事は相当強い可能性が高い…… さっきの爆発……上に居た誰かにやられちゃったって事かな…… でもこの人なら母上を取り戻してくれるかも……! 早く欧州に行って療養させてあげなくては! で俺自身にも戦い方を教えてもらおう! 俺は自分の力で母上を助けるんだ! ネプトは念じて、先を急いだ。 エルサレムからイタリアに向かう道すがら、テントを張ってミナセとルナが休憩している。 ルナは少し遠くで修行している。 ここもツバメがいる地域だった。 ルナは眼をつぶって呼吸を整えている。 眼をつぶっていても空気の流れでツバメの動きが分かった。 いや、空気の流れ以外にも超自然的な気のようなものを感じているのかもしれない。 ツバメは何故かは分からないがルナの日本刀の刃先に吸い込まれるように向かってくる。 ルナにもその理由は分からない。 しかし修行するにはもってこいの相手だった。 本当は殺したくないのだが…… 人間より小動物などに愛着が湧くのはレッドラムの性だった。 ルナは笑みがこぼれてくる。 先日のスカイクロラとの戦いで本当の戦いがどんなものか少し知る事になった。 一つの種から植物は育ち、子供はどんどん自分で知識を応用していく。 刀の運び方、体の動き、全て自分の体が知っていた。 師匠なんていなくたって本来大丈夫なんだ。 ルナはふとそんな事を思う。 剣と体が教えてくる。 私の必殺技! 「紫極!」 夜長姫が紫に輝き空を焦がす。 空中に紫の残像が残りツバメが一気に三匹真っ二つにされる。 「紫極……良いね……そう……紫極って名前にしよう」 ルナは呟く。 岩陰に腰を下ろしてそれをミナセ見ていた。 振り返って両手で後ろ頭を支える。 「案外早いうちにエルサレム戻って アイツ等とルナ戦わせるのも面白いかもしれないな」 ミナセは呟く。 考えが少し変わったようだ。 自分自身、急に嫌な予感がしだしたのだ。 スカイクロラ達を野放しにしていては、その内大変な事が起こるような気が…… ゴーグルの金髪の男は悪い人間には見えなかったがそんな事は関係なく…… 自分は動くべきなんじゃないのか? ミナセは天を仰いだ。 「元気にしてっかなぁ……アイツ」 突然、脈絡のない事を呟いた。