フォルテシモ第四十二話「ビョウドウイン・ルナ」 



晴天。 
エルサレムの今日はゆっくりと流れていく。 
ミナセとルナが砂漠で向き合っている。 
ミナセは水の蛇を作り出して体に巻きつけている。 
「はぁっ……はぁっ……」 
ルナは息を切らしている。 
先ほどから「殺す気で来い」とミナセに言われて果敢に攻めているが一発も攻撃がヒットしない。 
ミナセは水の動きを利用してのらりくらりと最小限の動きで斬撃を避ける。 
ルナは体が堅くなるのを感じる。 
「気負いは体を堅くする」とミナセが言っていた事を思い出す。 
久しぶりのミナセとの稽古で舞い上がっているのだ。 
ガキだな。自分は。 
ルナは思った。実際ガキだが。 
総合的なスピードなら既にルナの方が勝っているのだ。 
ミナセが今まで本気を出した事があるなら、だが。 
やりようによっては攻撃をかすらせる事もできる筈だ。 
圧倒的な経験の差がよこたわっているだけで…… 
「休憩するか? ルナ」 
ミナセが言った。 
「……うん」 
ルナは答える。 
近くの岩場の上まで行って水筒の水を飲む。 
ミナセはルナが初めて出会った自分より強い人間、大人だ。 
それが自分の父親だったなんて、今までの人生の中で最高の偶然だとルナは思う。 
ミナセのおかげで自分はもっと早く強くなれる。 
ミナセを追っていれば、いつか最強の名に手が届くかもしれない。 
孤児院での生活は正直最低だった。 
子供達だけでなく、大人達も自分より弱いのだ。 
世界に絶望した。 
ミナセが世界に色を戻してくれた。 
ルナは一人でクスリと笑う。 
「ルナ……もう野盗の類を相手にするのも飽きただろう。いつか俺が 
 プロっぽい戦闘狂とやらせてやるからな。俺の昔の友達も多分まだ生きてるし」 
ミナセが言った。 
ルナはパッと笑顔になった。 
本当に荒い野盗の連中には飽き飽きしていたところだった。 
この「夜長姫」の性能を発揮させるまでもなく倒せてしまう連中ばかりだったし。 
そう。この日本刀「夜長姫」はミナセがくれた5歳の誕生日プレゼントなのだ。 
ニューヨークで人間が保管していたテレーゼ博士が戯れで作った新型テレポン。 
柄に一定時間収める事によって紫の光を発し数瞬長さ無制限のビームサーベルになる。 
じゃじゃ馬のようなテレポンで使うには相当の技術力が必要だ。 
下手をすると味方を傷つけてしまう。 
ルナはコレを4年かけてほぼ完璧に手なずけた。 
ミナセは死にそうなめに遭いながら命がけでコレを盗んできてくれた。 
ルナはコレをもらった時に大泣きした。 



自分にとって一番大事なものはミナセだからもう無茶しないでと泣き叫んでいた。 
恥ずかしい過去だ。 
でも言った事は本当の気持ちだった。 
ミナセがいるから生きていける。 
ミナセがいるから世界に価値を見出せる。 
自分はまだそんなレベルだった。 
いつかは此処から脱却しなければならない。 
それは、世の中の皆が経験する事だ。 
こんな所は人並みなんだと思う。 
まぁ、悪くない。 
悪くはないよ…… 
ルナは思う。 
「俺の友達は皆強いぞ……。早くルナにも会わせてやりたいな」 
ミナセが澄み渡る空を見ながら呟いた。 
風が気持ち良い。 
友達か…… 
自分にはミナセだけで十分だ…… 
ルナは思った。 
  
その夜。 
狼が遠くで遠吠えをあげている。 
満月が煌々と照りつける見事な景観だった。 
ルナは昼間の修行で疲れてその日は修行に出ずミナセとともに就寝しようとしていた。 
しかし上手く眠りにつく事ができない。 
横のハンモックでミナセが天井を見つめたまま静止している。 
何考えてるんだろう…… 
昔の仲間の事……母さんの事かな…… 
ルナは何となくそう思った。 
ルナはミナセの方に寝返りを打つ。 
ミナセがルナが起きていた事に気づく。 
「眠れないのかルナ。……お話でも聞かせてやろうか?」 
ルナがコクンと頷く。 
ミナセがまた上を向く。 
「そこは荒れ果てた大地だった……少年は黒い雨に打たれながらただただ前に進もうとする。 
 少年はぬかるみに足をとられて転倒する。しかしその眼の青い光は色を失わない。 
 やがて少年は黒い長い棍棒の所にたどり着く。それは生き物のように 
 艶かしく輝き生への躍動に満ちていた。少年は棍棒を握り締める。 
 その眼が青く輝く。それに呼応して棍棒も青く輝く。音を立てて棍棒は 
 大地から引き抜かれる。少年はその時初めて生を実感したのだ。 
 人生の舞台に立った事を初めて感じた。そして自分の底知れぬ孤独も 
 同時に実感した。少年はそれから数々の試練をくぐり抜け大人になったが 
 その日の出来事が頭の隅から離れた事は一度もない……。ルナ…… 
 お前にも……いつか……そんな時が……グー」 
ミナセは喋っている途中で寝てしまった。 
ルナはその話が自分語りだった事に気づいてクスッと笑った。 
私の父さんは可愛いな。 
そう思って、迷いなく眼をつぶった。 

エルサレムからほど近い空。 
数個の影が空を凄いスピードで飛んできている。 




「よっしゃー! 初の戦闘だぜ! 武者震いするぅ!」 
髪を逆立てたルーマニアの民族衣装のバルトークが叫んだ。 
「あんま気負うなよ……今日は一方的な虐殺だ……ただの塵掃除さ」 
天然パーマで銀髪のアマデウスが言った。 
「そうそう。思考停止して仕事を遂行するまでだな」 
金髪でゴーグルをしているジュペりが言った。 
「もうそろそろ……着くね……」 
白髪で眠そうな顔のオセロが呟いた。 
「空襲警報だ!」 
ピンク髪でヘッドホンをつけたモアが叫んだ。 
翼の生えたレッドラム、スカイクロラ達は弓矢型テレポンのサジタリウスをかまえる。 
皆の標準装備だ。 
「逝くぞ!」 
ジュペリが号令した。 

ドドドドドドドドウ! 

轟音が鳴り響き大地が揺れる。 
エルサレムの家々が瞬時に爆破炎上する。 
「うおっ!?」 
突然の振動にミナセがハンモックから落ちる。 
ルナも目を覚ます。 
「街の方からだよ!」 
ルナが急いで外に出る。 
普段着の黒服のままで寝ていたので着替えなくても良かった。 
「どうしたどうした!?」 
ミナセも急いで飛び出してくる。 
城壁で囲まれた街が赤々と燃えている。 
天が朱に染まっている。 
「大規模なゲリラか! 俺達の食糧供給源を無茶苦茶にしやがって許せねえ! 
 ルナ! 即刻退治しに行くぞ!」 
ミナセが腕をブンブン回して叫ぶ。 
「うん!」 
ルナが答え、二人は全速で街の方に走っていった。 

数分後、街に到着する。 
城壁が真っ赤に燃えながら崩れ落ちてくる。 
「これは……人間じゃない……レッドラムの仕業だ!」 
ミナセが言う。 
ルナの心臓が脈打つ。 
自分の運命が迫ってくる感覚。 
これが生か。 
門から中に入る。 
街は既に全滅状態だった。 
原型を残している家屋が一つもない。 
真っ黒に焦げた人間達の遺骸が累々と積み重なっている。 
ルナは人間が好きなわけではないがいつも街ですれ違う人達が 
殺されたと思うと憎悪の感情がふつふつと盛り上がってきた。 
「アハハハハ!」 
嬌声が天から降ってくる。 
音を立てて数人の人影が天から降ってきてルナとミナセを取り囲む。 
ミナセより少し若いくらいの男女混交の集団だ。 
「外出楽しんでこられましたか? 少し寿命がのびて良かったですね! 
 アハハハハハ! さっさと死ねよ」 




ピンク髪のヘッドホンをつけた女が言って弓矢のような物をかまえる。 
「サジタリウス!」 
女が叫ぶと同時に白い閃光が弓矢から発射される。 

ドオウ! 

爆発が起こりミナセとルナが見えなくなる。 
「アハハハハ! これで終わりかな。意外と楽しいね。人間いたぶるの」 
モアが言った。 
同時に背筋に悪寒。 
モアが振り向く。 
黒服の紫髪の少女が眼に映る。 
後ろをとられた!?私が!? 

ガカッ! 

ジュペリが二人の間に入りルナの日本刀による斬撃を剣で防いだ。 
ジュペリが力でルナを吹っ飛ばす。 
ルナは手をついて距離を置いて止まった。 
「こいつらレッドラムだ! しかもかなり使う! ボサッとすんな!」 
ジュペリがモアを叱咤する。 
翼の生えたレッドラム達は各々戦闘態勢に入る。 
「ふはははははぁ! そうこなくっちゃ面白くないぞ現実世界! 全開放だ!」 
バルトークが叫ぶ。 
「気を抜くなよ猿。死ぬぞ」 
銀髪つり眼のガブリエルがバルトークに忠告する。 
その時、爆破された場所から球体状の水が6個飛び出す。 
あまりの速さに反応できずスカイクロラの6人はそれによって吹っ飛ばされる。 
「ぐあっ!」 
「何だよ……!」 
煙の中から黒い棍棒に載った鬼太郎カットの男が水に押し上げられながら現れる。 
「若いね君達! 少しは認めてあげるよ! でもちょっと迷惑したから 
 少し後悔してもらうよ!」 
ミナセは言った。 
格好良い…… 
ルナは思った。 
「上等だオラ! かかってこいやぁ!」 
バルトークが叫び声をあげた。