フォルテシモ第四十話「新しい種」 



第二次レッドラム大戦から3年後。 
チベットのとある山中。 
モアとジュぺリは木に登って持ち寄った果物を食べていた。 
ジュぺリは飛行士のつけるゴーグルを眼の上にかけて金髪を逆立てている。 
白い布でできた簡素な上下の民族衣装を着ている。 
モアは脱色された茶髪を横になびかせている。同じように白の上下の民族衣装を着ている。 
モアは山の下の方を眺めている。 
その時、ずっと下の方に輝く銀色の光を見つけた。 
それはユラユラ動いている。 
「ジュぺリ。人だ。人が登ってくるよ」 
モアが言った。 
「マジか。早く村長に連絡して追っ払ってもらおう」 
ジュぺリは言って背中の灰色の翼長4メートルほどの翼を広げた。 
モアも虫のような黒くて丸い羽を広げる。 
二人はビュンと飛んで村の方に飛び去っていった。 
村長の口ひげをたくわえた白髪のゴテゴテした民族衣装を身にまとった老人ベンは 
二人の話を聞いて無言でうなずいた。 
この村スカイラークには世界各地で生まれた奇形のレッドラム、 
背中に大きな翼が生え飛行能力を有している少し戦闘力が劣るレッドラムが 
集まっている。彼らはレッドラム達から迫害される事が常であった。 
レッドラム大戦にも誰も参加せず静観していた。 
外界を憎む彼らは自給自足の生活をしていて他者の干渉の一切を嫌った。 
たまに訪れる旅行者などは村にたどり着く前に進路を変更させたり 
それが無理な場合は殺したりしていた。 
なのでその日もそこまでは日常であったのだが…… 
ベンが登山者の進路を変更させに行ってから40分後、 
登山者は村の入り口に姿を現した。 
ジュぺリとモアは登山者の前に立った。 
翼は背中と完全に同化させてある。 
登山者は白髪をオールバックにして眼鏡をかけている。 
普通の登山者のようなアウトドアな格好でリュックを背負っている。 
「お立ち退きください……此処は……知らない方が良い所です」 
モアが言った。 
「村長に会いませんでしたか?」 
ジュぺリが言った。 
登山者はフンと鼻で笑う。 
「私はアマント。人間で科学者だ。今はこの辺に在るであろうという目星を 
 つけておいた突然変異レッドラム……レッドラムの新たな可能性が集まる 
 村を探していた所だ」 
ジュぺリが一気に緊張する。 
こいつが言ってる事が本当なら…… 
ここを通したら大変な事になる…… 
ここは穏便に……いや…… 



「悪いがさっきの老人で試させてもらった。君達の事は既に理解しているつもりだ。 
 できれば穏便に事を運びたいね。私の頼みを一つ聞いてほしいのだ」 
アマントは言った。 
「頼み……ですか……」 
モアが言った。 
ジュぺリは覚悟を決める。 
「御免なさいアマントさん。僕はあなたを殺さなきゃならないようだ」 
腰に持っていた山刀をかまえるジュぺリ。 
モアがビックリして後ずさる。 
「ふふふ。さっきの老人を見て心配していたのだよ。それだけ 
 闘争心があれば十分だ。どうやら若い世代の方が使えそうだな」 
アマントがニヤけながら言った。 
使う……? 
ジュぺリの額に汗が浮かぶ。 
人を実際に殺した事など無いのだ。 
「お前は合格だ。オマケでそこの少女もな」 
アマントが言うと同時にジュぺリは後ろから強く頭を殴られた。 
なっ……! 
気を失うジュぺリ。 
「ジュペ……!」 
モアも同じように後ろから頭を殴られる。 
血をしたたらせた触手が鎌首をもたげる。 
触手はコード状でアマントのリュックから二本飛び出していた。 
アマントは村に入っていく。 
わらぶき屋根の簡素な住宅が十数軒あった。 
瞬間、家から人間が数人飛び出してくる。 
「テメェ! ジュペリとモアと村長に何しやがった! 滅殺だ!」 
40センチ近く髪を逆立たせたブロンドのルーマニアの民族衣装を着た男が叫ぶ。 
「バルトーク、熱くなんなよ。冷静に排除しようぜ」 
銀髪で長髪でオールバックにジュペリ達と同じ白装束の男が逆毛の少年に言った。 
「ガロア……アレは何だ?」 
天然パーマの銀髪の眠そうな眼をした白装束の男が 
ガロアと呼ばれたオールバックの少年に尋ねる。 
「テレポンってやつかな……レッドラムが使うっていう……」 
ガロアが答える。 
他に白髪の青い眼をした眠そうな白装束の少女がいる。 
言葉を発しない。 
「威勢がいいな。前途有望だ。これをかわせるか!」 
触手が数十本リュックから飛び出し少年達を襲う。 
「うおお!」 
「わあ!」 
紙一重の素早い動作でそれを避ける少年達。 
誰も避けれなかった者はいない。 
「ハハハハハァ! 合格だ! さらに速くするぞ! 何処までついてこれる!?」 
触手の動きが早くなる。 
連続で攻撃してくる触手。 
「うぐっ!」 
「ぐあっ!」 
バタバタと頭を強打され倒れていく少年達。 
最後には全てが地に伏していた。 
しばらくすると大人達が銃器を持って家々から出てきた。 
その数は20人ほどだ。 



「侵略者……神の裁きを受けよ……!」 
口ひげを蓄えた白装束の中年の男性が言った。 
「女子供はまだ家の中か? 面白い。 此処からは手加減無用だな」 
アマントは言った。 
「かかれぇ!」 
中年男性が号令をかけた。 
「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」 
アマントが狂ったように笑う。 
その悪夢の日、村は壊滅した。 
そして新たな悪夢の日々が始まるのだ。 
ジュペリ達の運命は巡る。 
それは新たなレッドラム大戦の萌芽。 

それからさらに二年後。 
砂漠に囲まれたエルサレム。 
繁華街を黒服紫髪セミロング鬼太郎カットの小さな少女が買い物袋を持って歩いている。 
カレー。カレー。今夜はカレー。 
食べたら修行。修行。燕との戯れ。 
少女は思わずして微笑んでいた。 
街を抜けて砂漠を歩く。 
砂漠砂漠。 
私の心も砂漠。 
あの人は名前が砂漠。 
1時間くらい歩いて大きな岩が数個組み合わさった所にたどり着く。 
そのちょっとした隙間をくぐるとドアがある。 
岩の中に家があるのだ。 
少女はドアを開けて中に入る。 
「ただいまー」 
中にはロッキングチェアに腰掛けて読書している男。 
「ようルナ。買出しご苦労さん」 
ミナセは言った。 
部屋の中は洋風の普通な感じでよく掃除が行き届いている。 
「何読んでるの?」 
ルナと呼ばれた少女が聞く。 
「『すべてがロマンになる』だ。読み終わったら貸してやるよ」 
ミナセは本から眼をそらさずに言った。 
「あのさ。ミナセ。今日、修行付き合ってくれない?」 
ルナは電気ポットに水を入れながら話す。 
「んー」 
ミナセは少し黙る。 
ルナの心臓が脈打つ。 
言ってしまった。 
言うつもりなかったのに。 
「や、これ読みたいからパス」 
ミナセは言った。 
ルナは半分ホッとして半分悔しかった。 
また一人で燕さんと修行か。 
まあ、それが自分らしいんだけど。 
ルナは首をコキコキ鳴らした。 
一人で生きていくんだ。 
ミナセと暮らしていると一日に何回もその事を確認させられる。 
悪くない。 
今のルナはそう思っている。