フォルテシモ第三十七話「さよなら」 

南極の地表がかなりの面積姿をあらわした。 
光球は姿を消し巨大なクレーターが残った。 
その真ん中に影が二つ。 
その内の一方の人間の指がピクリと動く。 
イザヤ・カタコンベがむくりと立ち上がる。 
釈然としない表情でビョウドウイン・ミナセの方を見やる。 
「起きろよ猿。とっくに起きてるだろ?」 
イザヤが言った。 
ミナセもムクリと立ち上がる。 
こちらももどかしい表情をしている。 
「本当は起きたくなかったんだ。もうエネルギーがほとんど残ってない」 
ミナセは呟いた。 
「当たり前だ。俺様と同じ威力の攻撃を放ったんだからな。 
 立ち上がれるだけで俺のプライドは傷つく。それに俺もエネルギーは残ってない」 
ミナセは両手を広げて見せた。 
自分とイザヤとは性格が違いすぎる。 
友達にはなれないね。 
ま、それ言ったらカンジとかライマとかもそうなんだけどね。 
ミナセは思った。 

ゴウンゴウンゴウンゴウン 

低い機械音が聞こえてきた。 
「何だっ!?」 
イザヤが上空を凝視する。 
其処には数キロにわたる巨大な空中空母が数隻浮かんでいた。 
さっきまで雲に隠れて見えなかったのだ。 
「野郎! 人間か!? 身の程を知れっ!」 
イザヤが吐き捨てた。 

「最終兵器『世界樹圧勝3号』。爆破と同時に自己修復阻害剤を散布する 
 爆弾。既に数万発セッティング完了。自己修復阻害剤に関するデータは 
 全て私が消去した。問題無し」 
一番後ろの空中空母マンダに乗るテレーゼは呟いた。 
「これで戦闘で疲弊したレッドラムを一網打尽にする事は容易い。 
 皆皆、大っ嫌いだ! でもその前に……」 
テレーゼの眼が黄色に輝く。 
テレーゼがボタンを押すと空中に一キロほどの巨大なテレーゼが映し出された。 
ホログラム映像だ。 
「テレーゼ! 俺だ! イザヤだ!」 
イザヤが喚いている。 
「こっちからじゃ聞こえないよ……」 
「聞こえるよ!」 
テレーゼの映像が言った。 
「うおお! テレーゼ! 久しぶり! なんで家出したんだよ!」 
ミナセがあたふたしながら喋る。 
「あなたは……無差別テロやってた時に私の父と母を殺したんだよ! 
 私はそれが許せない!」 
場が凍りつく。 
「何……だと?」 
ミナセは激しく狼狽する。 
「これから私はあなた達を地球から消し去る! 忌まわしい記憶と共に…… 
 藻屑となれ! 死んでしまえ! 私の前で空気を吸うな! レッドラムども!」 
イザヤがひゅうっと口笛を吹く。 




「やっちまったなオタク。ああなったら誰にも止められないぜ。離婚だなこりゃ」 
「そんなこと言ってる場合じゃない! アンタも死ぬぞ!」 
ミナセがわなわなと震える。 
血の気が引く。 
そんな……俺は…… 
ここでテレーゼを失ってしまうのか…… 
「大丈夫だって。俺様がこんな所で死ぬはずがない。ましてや人間に殺られるかよ。 
 もちろん。俺とやりあえたお前も死なないだろう」 
「絶望しろ! 私達が今からプレゼントするのは自己修復阻害剤を散布しつつ 
 爆発する新型爆弾! お前達の為のとっておきだ! 苦しみながら死ね!」 
テレーゼが言った。 
「え……マジで?」 
イザヤが狼狽する。 
「ミナセ……最後に言っとく……愛してた……」 
テレーゼが呟いた。 
「俺は愛してるぞ! テレーゼ!」 
ミナセが叫ぶ。 
テレーゼの顔が少しゆがむ。 
イザヤがピクリと反応する。 
「駄目だって言ったら駄目なんだ!」 
テレーゼが言うと映像はプツリと途切れた。 
イザヤがミナセの方に寄ってくる。 
「おい。ありゃまだ脈有りだぞ。お前の頑張りが世界を救うかもしれんぞ」 
ミナセは狼狽する。 
「イザヤさん戦いは? それとアンタの気持ちは?」 
イザヤが両手を広げる。 
「保留で良いよ。今はテレーゼを止めるのが先決だ。それにさっきも言ったが 
 俺はお前が気に入ってるからよ。共闘だ! 逝くぞオラ!」 
イザヤがキングクリムゾンに乗る。 
「イザヤさん。エネルギー切れじゃなかったの?」 
ミナセが問う。 
「あれか。あれはまぁ騙し騙しやっていこうと思う。とにかくお前も来い! 
 テレーゼに会いに行くぞ! 敵の攻撃は一撃必殺だ! お前の避けテクニックの 
 見せ所だ! さっきくらい避けれれば十分だ!」 
イザヤは言った。 
「はいはい……」 
ミナセも邪宗門に乗って水を操作する。 
「逝くぞ!」 
二人は敵空母めがけて飛び立っていった。 

「あの娘……私が止めなきゃ……」 
ナナミは空母の方を向いて言った。 
「不味いよ、ナナミ。俺なら夜間飛行で逃げられる。お前も来い。 
 それにいくらお前でも空中の敵と戦えないだろ?」 
ヤマギワが言った。 
フユキとトキノがリングの中に入ってくる。 
「私は夏の劣情の隊長だ……部下の不始末は……私が……」 
ナナミの眼が紫に輝く。 
「頼むよナナミ。まともにぶつかったら死んじまうよ。 
 俺と一緒に逃げよう。今度は悪いようにはしない。約束する」 
ヤマギワの眼が茶色に輝く。 
その瞳が母を見る子供のように見える。 
「頼むよ」 
ヤマギワが切実に呟いた。 



「ここでお別れなんて嫌なんだ。お前はこれからもずっと…… 
 俺のダンスの相手だろう? こんな所で……命を散らさないでくれ……」 
ヤマギワはゆずらない。 
ナナミはヤマギワの方に向き直る。 
「あなた、悪くなかったよ。認める」 
ナナミがヤマギワの首に手を回す。 
「お……お……」 
フユキとトキノが狼狽する。 
ナナミは柔和な表情でゆっくりヤマギワに口づけした。 
「おおおおおお」 
フユキとトキノが歓声をあげる。 
ヤマギワの顔に赤みがさす。 
舌と舌がからみあう。 
最後の時を名残惜しむかのようだった。 
30秒くらいして唇をはなすナナミ。 
ナナミはくすっと笑った。 
ヤマギワは魂を抜かれたように突っ立っている。 
「あなたは無様に生き残るのが似合う人間。分かる?」 
ナナミは口に人差し指を当てて言った。 
「嫌だよ……嫌だけど……くそっ! しょうがない…… 
 引き上げるぞ! フユキ! トキノ!」 
ヤマギワはきびすを返して言った。 
「ナナミ……生き残ってくれよ……君は……永久にその美しさを 
 残さなきゃならない……」 
ヤマギワは儚く呟いた。 
「それと……これはスペアの夜間飛行だ。やるよ」 
ヤマギワはナナミの方に腕時計型の構造をほおってよこした。 
「それで空の敵とも戦える……俺は……言うとおり無様に生き残るよ」 
ヤマギワは言ってフユキとトキノと肩を並べた。 
「さよなら……大好きな人」 
ヤマギワは最後にそう呟いてオレンジ色の光球に包まれた。 

バヒュン! 

光球は彼方の空に一瞬で飛んでいった。 
ナナミは笑顔でそれを見送った。 
「悪くない奴だった……」 
ナナミは呟いて前方の空を睨みつけた。 

「おいおいおいやばいぜ! マジかよテレーゼ!」 
カンジがあわてている。 
ライマは煙草をすっている。 
「リラックスしすぎだろお前!」 
カンジがライマを殴る。 
「テメエら」 
背中の腕を前の両腕と交換したシドが喋る。 
「もうガス欠だろう。今から逃げる事に専念すれば生き残れるかもしれねえぜ。 
 何しろ俺はこれからあの空母と一戦するからな」 
シドは言った。 
「んだとぉ! なんでお前だけ格好つけるんだよ!」 
カンジが抗議する。 
「俺は友達を止めなきゃならない」 
シドは毅然とした表情で言った。 
「カンジ……無理なものは無理だ。俺達は逃げよう」 



ライマが言った。 
「なああにいいいい! 腰抜けかクラッカー! 俺か漢らしく死ぬぞ!」 

ガンッ! 

後ろからシドが思いっきりカンジの頭を殴る。 
カンジは気絶した。 
「行けよ。俺の代わりに無様に生き残れ」 
シドが言った。 
「ライマっ!」 
頭上から声が降ってきた。 
巨大化した鵺が居た。 
「鵺の腹の中に入って! こいつはレッドラムじゃないから爆弾喰らっても大丈夫だよ!」 
ユアイが言った。 
「おお。グッドアイデアだ。しかしシホは?」 
「ナナミさんにどうするか聞きに行ったよ。私には逃げろって」 
ユアイが答える。 
後ろからビュルストナーが現れる。 
「シド……逝こう」 
ビュルストナーが言った。 
「当たり前だ。久しぶりにテレーゼに会えて俺は嬉しい」 
シドが本当に嬉しそうに言った。 
その時、戦闘機による攻撃が始まった。 
方々であがる爆炎。 
「おっぱじめようぜ!」 
シドが叫んだ。