フォルテシモ第三十一話「魔界の月」 




イザヤが崖に腰掛けて足をブラブラさせている。 
もうすぐ久しぶりにテレーゼに会えるのだ。 
顔がニヤついてくる。 
どうなっているだろうか。 
さぞや美人になっている事だろう。 
体型は成長しているだろうか。 
ちゃんと喋るにはやはり戦闘に勝たなければいけないな。 
イザヤは思う。 
後ろの茂みがガサガサと音を立てる。 
シドが顔を出す。 
「大変だ! イザヤ! 大変な情報を入手した!」 
イザヤが顔を戻してシドに向き直る。 
「なんだよシド。今良い所……」 
「テレーゼが結婚したらしいぜ!」 
風。 
え? 
「な?」 
「相手は夏の劣情の幹部のビョウドウイン・ミナセだ!」 
そ……そんな…… 
嘘だろ……? 
この俺様を差し置いて…… 
「ビョウドウイン……ミナセ……?」 

ドクン! 

心臓が大きく波打つ。 
「そいつはまさか……」 
イザヤが言う。 
「ああ。そのまさかだ。ビョウドウイン・ムスイとサエグサ・プラトの息子だぜ」 

ドクン! 

そんな…… 
世の中にそんな面白そうな奴が居たなんて…… 
「そいつは強いんだよな。当然」 
イザヤが眼を金色に輝かせて言う。 
「いや……どうもそれがそうでもないらしい。夏の劣情で最強なのは 
 やっぱミナシタ・ナナミでヒイチゴ・シホとかホシマチ・ライマとか 
 ヒマツリ・カンジとかがそれに続く感じで……」 
イザヤがニヤリと笑う。 
「いや、そのデータは間違いだ。そいつは猫かぶりだ。俺には分かる」 
シドがキョトンとする。 
「そいつは受け継いでる筈だ。最強の遺伝子をな。そして俺もまた 
 最強の遺伝子を遺す者だ」 
イザヤは強い口調で言い切った。 



「最強の遺伝子……? あっ……まさか……」 
「その通ーり! 俺はテレーゼを奪い返す! これは決定事項だ!」 
シドがヒュウッと口笛を吹く。 
「うちのリーダーは馬鹿だな。アハハハハハハハハ!」 
シドは天を向いて笑い出した。 
「待ってやがれテレーゼ!」 
イザヤは天を掴む動作をしながら呟いた。 

崖の淵でナナミが体育座りしている。 
深くため息をつく。 
ミズエは魔界の太陽になる事なく逝ってしまった。 
ミズエが太陽なら自分は何だろうとナナミは考えるかな。 
やっぱ月かな。 
ナナミは思う。 
一番近くに居るから一番大きいんだ。 
光を反射してるだけなんだ。 
本当は小さいんだ。 
ミナセの口癖のように器じゃない。 
器じゃないんだよ自分には。 
ただ、皆が期待してくれるから 
皆よりたまたま少しだけ強いから 
皆を引っ張る位置に居る。 
自分はミズエみたいにはなれない。 
ナナミは思う。 
後ろの茂みで音がする。 
ヒイチゴ・シホが現れた。 
「やっ。リーダー殿。休憩中?」 
ナナミはシホの方を振り向いて首を斜めにする。 
「決闘しようよ。退屈はさせないよ」 
シホが言う。 
ナナミは首を斜めにしたまま動かない。 
「私は月。魔界の月」 
ナナミは呟いた。 
「はぁっ? 頭イカレた? あぁ、元からか」 
シホが言う。 
「ミズエにはなれないの。それが分かった」 
ナナミは言った。 
「あっそう。そりゃそんなに強くないもんね。私とどっこいじゃそうだよ」 
シホがニヤけながら言った。 
「嘘ついてる。君、自分の事強いと思ってるくせに」 
ナナミが言う。 
「……ふふふ。喧嘩に乗ってきたね。良いね。早く決闘しよう」 
シホが言った。 
「月はいつも皆を見守っているの。欠けたり無くなったりするの。でも無くならないの」 
ナナミは言った。 
ナナミなりのポジティブな解釈なのだろう。 
シホはフッと笑った。 
そしてナナミの手を引いて行ってしまった。 

南極。 
空中空母ジャイガンティスが竣工している。 



それを見上げる男、ゾラ。 
白髪だが20代である。オールバックで灰色の軍服を着ている。眼は黄色。 
秘密裏に進められていたレッドラム絶滅計画を実行する総隊長を務める男だ。 
南極で第二次レッドラム大戦が行われる事を知って部隊は迎撃作戦を遂行しようとしていた。 
しかしこれくらいの戦力で足りるのか? 
ゾラは不安に苛まれていた。 
レッドラムの破壊力は異常だ。 
自分はまだ手合わせした事はないが先の大戦ではレッドラム達によって 
人間側は大打撃を受けた。 
それに続く相次ぐテロ行為によって人間達は南極にひきこもる事を余儀なくされたのだ。 
忌々しい記憶。 
レッドラムは人間全体の仇敵である。 
俺はその為に……全人類の運命を背負って…… 
背負って背負って背負いまくって……! 
「力を抜いてくださいよ」 
後ろから突然肩を揉まれる。 
「なああああああああったああああああああ!」 
ゾラは死ぬほど驚いた。 
振り向く。 
金髪で黒と白の修道服の女が立っている。 
「何者だ貴様ぁぁぁぁぁぁぁ!」 
ゾラは腰に持っていた刀を抜く。 
女の脇に居た軍服の兵士が焦る。 
「ゾラ隊長。テレーゼ博士ですよ。テレーゼ博士」 
兵士が言う。 
「な……テレーゼ!? あの寝返った!?」 
「また帰ってきたんですよ。ついさっき」 
テレーゼはニッコリ微笑む。 
「レッドラムを迎え撃つのは得策ではありません。幼稚園児でもそれくらい分かります」 
テレーゼは言った。 
「なな……ななななななな……」 
ゾラは足をガクガクさせて後ずさる。 
「協力させてください。ゾラ隊長」 
テレーゼはしごく楽しそうに言った。 
ゾラはテレーゼの後ろに悪魔のように禍々しい気を感じた。 
「ガクッ」 
ゾラは気を失った。 
「ゾラ隊長ー!」 
兵士が叫ぶ。 
テレーゼが口に手を持っていってクスッと笑った。 

「大変だー! テレーゼが家出したー!」 
隊員達がわめいている。 
「やっぱあの時なんか有ったのか……」 
ミナセは分からないなりに頭を働かせた。 
だが答えは出ない。 
決戦の日は刻一刻と近付いてきていた。