フォルテシモ第三十話「運命胎動」 まだ人間が日本に少しは居た頃。 夏の劣情は人間に対するテロ行為を主に行っていた。 他の戦闘集団も大方似たようなものだ。 テレーゼの父と母は日本に飛行機で着いた直後飛行機ごと爆破された。 当時それは飛行機事故だと判断されたがテレーゼはレッドラムによる テロの被害にあったのだろうと目星をつけていた。 だから日本のレッドラムの中にもぐりこんだのだ。 夏の劣情に入っても仕事の合間に父母を殺したレッドラムを探す事を続けていた。 そして、その日、「夏の劣情の」昔の任務の資料を調べていて その犯人が誰であるかつきとめた。 テレーゼは眼を疑った。 頭の回転の速いテレーゼが30秒は静止した。 頬を汗がゆっくりと伝う。 テレーゼの眼が鈍く黄色に光る。 「そんな……」 資料を何回も見直す。 8月6日……N空港…… 実行者…… その時、ミナセが突然ドアを開けて入ってくる。 テレーゼがビクッと震える。 「よう。テレ。何調べてんだ?」 テレーゼは頭をぶんぶん振る。 「べ……別に……!」 テレーゼは見ていた資料を後ろ手に隠す。 「その敵が……うちの隊の中に居たらどうする?」 「殺します」 テレーゼの心臓がドクンと脈打つ。 汗がたらたらと流れる。 ミナセが怪訝な顔をする。 「どうした? スキンシップが足りてないのか?」 ミナセがつかつかとテレーゼの方に歩み寄る。 「近付かないで!」 テレーゼが大声を出す。 ミナセがビクッとして立ち止まる。 「どうした……?」 テレーゼの瞳がちらちらと揺らめく。 顔が熱くなる。 背中でベーゼンドルファーが待機状態に入っている。 テレーゼの心拍数が加速度的に上昇する。 「あ……あのさ……ミナセ……」 テレーゼの口から意思に反して言葉がもれる。 テレーゼの中で一番冷静な部分が喋っているのだ。 「全然知らない人を殺す事について……どう思う……?」 テレーゼは言った。 息が荒くなる。 今すぐにでも此処から逃げ出したい。 ミナセがため息をつく。 「何が有ったか知らないが興奮しすぎだぜ…… そうだな……例えば勉強して良い成績とると相対的に他の人の成績が下がるだろ。 それと一緒でさ。生きるって事は知らねえ奴を殺すって事と割と同義…… いや極論すぎるか……。まぁ、とにかくそんな深く考えずに殺してるよ。 俺に向かってくる奴は死ぬ覚悟があって向かってくる奴だし」 「そうじゃなくて死ぬ覚悟もしてない他人を殺す事についてだよ!」 テレーゼが叫んだ。 ミナセがビクつく。 テレーゼは荒い息を繰り返す。 テレーゼの最後の良心が踏ん張っている。 そして最後の愛が…… 「あ……ああ……たまにはそんな事もあるだろうが…… 御免……あんま考えた事無い……死ぬ覚悟してる奴の方が好きだから……俺……」 絶望…… テレーゼの中で何かが壊れようとしている。 「お願い……真面目に答えて……」 テレーゼが涙をポロポロこぼしながら言った。 「テレーゼ?」 ミナセが狼狽する。 「一体どうしたんだ?」 テレーゼが両膝をつく。 「うわあああああああああああああ!」 声の限り泣いた。 どうして? なんで? 私は…… 何の為に…… ミナセは…… 何の為に…… 私にとって…… 重いのはどっちだ……? ミナセがテレーゼの身体に触れる。 抱きしめられている。 馬鹿…… 何も知らないくせに…… 私の事何も知らないくせに…… 何も考えずに…… 馬鹿だから…… くそっ…… 「御免な……俺弱くても戦闘しかできないから……言葉が見つからない……」 ミナセが言った。 プツン テレーゼの頭の中で音がする。 涙がすっと引く。 私は……何かを覚悟した。 覚悟したくなかった…… 深淵でそんな声がする。 だってどっちが重いかなんて…… 分かりきってるじゃないか。 私の今までの孤独。 傷。 全部…… これから償ってもらわなきゃならない。 テレーゼの眼が黄色に輝く。 ミナセはそれに気付かない。 テレーゼがミナセの方を向いてパッと笑う。 「何でもないよ。御免ねミナセ」 そしてギュッと抱き返してくる。 ミナセは狼狽するがホッとため息をついてテレーゼの頭をなでる。 「本当なんでもなかったんだな?」 「うん」 テレーゼは屈託なく笑った。 ミナセはそれ以上問い詰めたりせずに部屋を出て行った。 ぽつんと取り残されたテレーゼ。 右眼からつうっと涙がこぼれ落ちる。 「うくっ……父さん……母さん……私……」 両手で顔を覆う。 何を間違えたんだろう…… 心の支えかな…… 私は何の為に生きてきたんだ…… それはきっと…… それはきっと…… テレーゼは立ち上がり。 コンクリートの壁の前まで歩いていく。 ゴツッ 頭を強くコンクリートに打ち付ける。 赤い血がかなりの量流れ落ちる。 私は大脳特化型レッドラム…… その血は赤い…… 血痕のあとがコンクリート上に生々しく残る。 それは十字架の形に見える。 迷いは無い。 方法も思いついた。 私は私を殺す。 そして…… テレーゼの眼が黄色に輝き鋭い意思を見せる。 実行者……ビョウドウイン・ミナセ…… テレーゼは額をぬぐってその場を後にした。 ニューヨーク。 廃れたバーでヤマギワ・シュウイチとトキノ・リクオとクロヌマ・フユキが 女をはべらせて酒宴を催している。 「ついに第二次レッドラム大戦だな。ナツレツも出世したもんだ」 フユキが言った。 「もう俺等の手の届かない所に行っちまったな」 トキノが言う。 ヤマギワはヘッと吐き捨てる。 「んな事ねえよ。アイツ等の輝きなど俺の輝きに比べればドジョウの糞だ! まぁ愛しのナナミの事は気になるが……アレを殺すのは惜しい」 ヤマギワが言った。 「まだ根に持ってたのかアンタ」 フユキが呆れた声を上げる。 「なー! 分かってねえなぁお前も! ありゃ世界一の美貌だぜ!? 見る眼ねえ奴をダチに持っちまったもんだ! 世界一の美貌は要するに 世界一の価値だぜ?」 「女にそこまで価値を見出せるのが凄いと思う」 トキノがボソリと呟いた。 「じゃリーダー。もしかしたら何かやるのか?」 ヤマギワがニヤリと笑う。 その瞳が鈍く茶色に輝く。 「当たり前だ……俺のダンスの相手はナナミだけなんだからな…… ついでにアレの相手も」 フユキとトキノは呆れ顔だ。 「ついでじゃないだろ……」 「死に急ぐ事はないぞヤマギワ」 ヤマギワがムッとする。 「何を言うか! 俺は強さSS、無敵中の無敵だ! 俺に不可能は無い!」 「やっぱ格好良いわぁ。ヤマギワ様」 露出の激しい女が猫なで声をあげる。 「へぇへぇ。オイラ達のリーダーに不可能は無いですよっと」 トキノは多少馬鹿にした調子で呟いた。 「ふっふっふっふ……本当に此処が正念場だぞナナミ……覚悟しておけ……!」 ヤマギワが空に向かって吐き捨てた。