フォルテシモ第二十九話「青の逡巡」 



「はぁ……はぁ……」 
ミナセは修行に疲れた両膝をついた。 
邪宗門で身体を支えている。 
ここ数日で南極での決戦に備えて氷を水に変えられるようになったし 
水を氷に変えられるようになった。 
操れる水量も大分増えた。 
自分の可能性が広がっていく事を感じた。 
自分はもっともっと遠くまで歩けるのではないか。 
そんな気がした。 
ミナセの眼が青く点滅する。 
あれ…… 
何か変だな…… 
身体が…… 
眼が…… 
重い…… 
体力の限界か…… 
ミナセの頭がガクンと下がる。 
ミナセは突然意識を失った。 

ミナセが眼を覚ますと其処は上下左右が真っ白い無辺世界だった。 
何処だ此処は…… 
ミナセは辺りをキョロキョロと見回す。 
何も無い。 
そんな…… 
困るよ俺…… 
「ふうむ……」 
誰かの声が響く。 
身体の奥底の何かが反応する。 
何故だかとても懐かしい声な気がした。 
前方に人ほどの大きさの紫の塊が現れる。 
それは次第に人の形に変わる。 
黒いテカテカした軍服を着た紫髪の女にそれは変わった。 
スワナイ・ミズエに似ている。 
何故だか妙に懐かしい風貌である。 
これは…… 
「オカン……?」 
ミナセが呟く。 
女が歯をむき出して笑う。 
「ああ……私はサエグサ・プラト。アンタを産んだ者だ」 
ミナセがキョトンとする。 
「一体どうなってる……?」 
ミナセが呟く。 
「此処は邪宗門が作り出した仮想空間。私は邪宗門にインプットされたデータだ」 
プラトが言った。 
ミナセはよく分からなかったが頷いた。 
「遅いよ。ずっと待ってたのに。アンタが次の段階に進めるほど力を蓄えるのを。 
 私の子のくせにやる気ないんだなアンタ。やる気ないんならここらで死んでも良いんだよ? 



これからは辛い事が一杯待ってる。アンタは死と隣り合わせの人生を生きるように 
 運命付けられてる。覚悟が必要だよ」 
プラトが言った。 
ミナセは脳の処理が追いついていない。 
「オカン……なんで死んじまったんだよ。オトンも……俺は……」 
「ああ駄目駄目。それ系の質問には答えられない。インプットされてないから。 
 それよりアンタをグレードアップさせる為に私は居るんだ。 
 敵もそろそろ最高レベルに達してきた頃だろう。 
 アンタには邪宗門の真の力を解放してもらう」 
「邪宗門の……真の力……?」 
「そうだ。それはズバリ、原子力を操る能力だ」 
プラトが人差し指を立てて言う。 
「原子力……? やっぱり使えるんだ……。一体どうやったら」 
ふと気付くとミナセは右手に短剣を握り締めていた。 
「それで私の心臓を貫け。それが鍵だ」 
「ええっ! 何それ! なんでそんな事!」 
プラトがため息をついた。 
「頼むからやる気を出してちょうだい。それは私からのきっと最後のメッセージ。 
 私達の屍を越えていきなさい。あなたはこの世界の運命を背負ってもらわなくちゃならない」 
ミナセは狼狽する。 
「意味が分からないよ! 俺はもっとオカンと喋りたい!」 
プラトは無表情を作る。 
「私は死人だよ。本来泣いたり笑ったりしない者だ。アンタは生きてるんだ。 
 無限の……本当は有限の可能性を持ってる。私の方なんか振り向くな。 
 我武者羅にはいつくばってでも生きてみせろよ。無様に生き残れ。 
 それがアンタの宿命だ。ほらっ!」 
プラトが自分の左胸をドンと叩いた。 
わけ分からないや…… 
ミナセは思って短剣をかまえる。 
この人は単にインプットされたデータなんだから本当のオカンじゃない。 
言われた通り刺したら良い。 
手に力を込める。 
するとさっきまで無かった感情がムクムクと膨れ上がってくる。 
何故俺を残して死んだ! 
アンタいつ死ぬとも知れない身なのは分かってた筈だ! 
思ったが自分もテレーゼと結婚している。 
それに「あんな事」もある。 
俺は自己中だな。 
ミナセは思った。 
「私を越えなければ……先に進めないよ……」 
プラトが呟いた。 
ミナセがハッとした顔をする。 
「お嫁さんを大事にしなさい」 
さらにプラトが言う。 
頭の良いデータだ。 
ずっと見ててくれたんだな。 
俺はそれを知らなかったんだ。 
でもそれも今日で最後なんだな。 
ミナセの眼が青色に輝く。 
プラトに向かって突撃するミナセ。 
「うおおおおおおおおお! 馬鹿野郎ー!」 
叫んでプラトの左胸に短剣を深々と突き刺した。 



プラトの口から血が吐き出される。 
「ガフッ……! 悪かったな……我が子よ……私の屍を越えていけ……」 
瞬間、プラトの身体が紫色の塊になり一気にミナセの眼に吸い込まれる。 
「うわっ!」 
ミナセは心底驚いた。 
ミナセの眼が紫色に輝く。 
「邪宗門は最強のフェリポン……有り難く使いな……」 
プラトの声が響く。 
「母さん……」 
ミナセは呟いて頭の中がゴチャゴチャになり意識を失った。 

「よっしゃー! もう一回だクラッカー!」 
「俺に指図すんなよパトス。」 
カンジがライマを肩車して喚いている。 
ユアイはそれを横目で眺めながら新テレポンの扱い方を研究している。 
キセルの中に入っている煙状テレポン「エンエンラ」 
煙が様々な質量を持ち形を変え圧力で相手を潰したり吹っ飛ばしたり捕まえたりできる。 
テレーゼは隠密行動に使える武器だと言っていた。 
じゃ自分は隠密っぽいのか。 
ユアイは思った。 

ドオオオゴオオオオオオオオオオ! 

とてつもない爆音が轟く。 
さっきまであった山が丸々一つ消えてしまった。 
煙の中にカンジとライマがいる。 
「まだまだ! この3倍は威力を上げるぞクラッカー!」 
カンジが言った。 
「馬鹿だなパトス。あと6倍は上げなきゃ駄目だろ」 
ライマが言う。 
ユアイはふっと笑う。 
良いな。他人と一緒に居るのも悪くない。 
きっと鵺もそう思ってる。 
ユアイは煙を吐き出す。 
この戦いで、こいつ等も死ぬのかな。 
嫌だな……何故か知らないけど。 
生き残る為に強くなるのかな。 
ある意味ではそうかもしれない。 
自分も。自分の友達も生かす為に。 
ユアイは恥ずかしい事を考えていると自覚する。 
そしてライマとカンジの屈託の無い笑顔を見て安心した。 
ずっとこの場所に居たい。その為に…… 
ユアイは思った。