フォルテシモ第二十四話「恋に堕ちたその人」 ミナセがアジトの屋上で煙草をすっている。 ヤッちまった。ついにヤッちまった。 俺は本格的にあの女と関わらなければならない。 俺に変化を求めるあの女と。 俺は変化しないといけないのか? 今の弱い自分は……悪い気はしていなかった。 ナナミとミズエに護られ ぬくぬくと自意識を守ってきた。 それじゃ駄目なのか? ミズエは死んだ。 俺は生きている。 少しは力を持っていたから。 ミズエに感化され、ナナミに感化され、 俺は知らずに力を蓄えていた。 今の裸の状態でも生き残る事はできた。 カンジと引き分けた。 俺の母と父は最強の戦士だった。 俺もそうなのか? 俺は変化しないといけないのか? 怖い。 変化する事が怖い。 俺はヘタレだ。 ずっとそのままでいるのがきっと楽な事だから。 俺は…… 屋上の扉が開く。 テレーゼだ。 「ミナセ。何話って」 テレーゼが赤みがさした顔で尋ねる。 最近ずっとこうだ。 何故だか分からないが俺はこの娘から好かれているようだ。 「あのな。昨日の事だけど……」 テレーゼが顔を完全に真っ赤にさせる。 「……御免……」 テレーゼがうつむいて呟いた。 「いや……別に……俺も同じだ……まあいいや……お前……それより……」 ミナセはそこで止める。 呼び出したのはいいけど言葉が見つからない。 言葉にできる感情に価値など無いのだと鵺が言っていた。 「あのさ。ミナセ。私が誘ったのは……」 テレーゼが上目遣いでミナセの方を見ながら言う。 「君って私と同じ種族な気がしたからなんだ。君って……君の背中って…… 凄く小さくて……でも時々凄く大きくて……私……色々確かめたくなっちゃった」 テレーゼが言った。 「もう弱い自分を隠したくなかった……確かめたかった……私が生きてる事…… 君を使って……私……君……なんだか父さんの匂いがするの……」 ミナセがそっぽを向く。 煙草の灰を落とす。 フーッと煙を吐き出す。 「ねぇ……君……少し変わったね……何でだろ……私……少し…… 心が揺れてるな……御免……意味分かんないよね……私……支離滅裂な事言ってる……」 太陽が眩しい。 蝉が鳴いている。 俺達は夏の劣情。 今は俺達の季節だ。 「私……本当言うと……君の気持ちが聞きたいな……これからも…… 色々確かめてみたいから……実験してみたいから……御免……言い方変だよね…… でも……もっと君の傍に行きたいの……私も……私が見つけられそうだから……」 ああ……やっぱこの女面白い。 言ってる事が滅茶苦茶だ。 てかこれは告白か?告白なのか? いやこいつに限って早合点はできない。 「他人は鏡って聞いた事ある。でも私が使える鏡なんてそうそう無いよ…… 私イカレてるから……君は……なんでだろ……でも……きっと鏡なんかじゃないよね…… 水かな……そう……君は水だ……とらえどころが無い……フニャフニャしてるの」 そうか俺は水か。 しかしさっきから俺が呼び出したのに相手が一方的に喋ってるぞ。 まぁ、しょうがねえか。俺喋るの苦手だもの。 「触れてみたい……君に……私に……もっと言うと……君を飲んでみたいな……」 キツイ表現だなオイ。 「腹下すかもしれないねそんな事したら……でも結果はどうでも良いの。 君に会えて良かったと思えるから……」 テレーゼはそこでそっぽを向く。 相変わらず顔が真っ赤だ。 無理してんだな。 「俺は……俺も……お前を通して自分を見てもらうの思ったよりオモシレーや。 というかお前が面白い。最高だ。お前は最高だ」 テレーゼがビクッとして顔をミナセの方に向ける。 熱っぽい顔をしている。 何やってるんだろ俺達。 ミナセは思った。 「なんかさっきから核心に近付かまい近付かまいしてるよね……」 テレーゼが呟く。 ミナセは少し焦る。 なんだよ核心って。 この時ミナセの中の半分は核心が何なのか理解していた。 「つまり……」 ミナセが呟く。 「つまり……?」 テレーゼが呟く。 テレーゼの眼は潤み顔が熱をおびている。 「私の事……嫌い……?」 テレーゼが言った。 「気持ち悪い突然変異だって思ってる……?」 ミナセは黙っている。 早く答えてやらないと。 この女は俺に変化を求める。 この女の傍に居る限り俺は変化しなければならない。 それは俺の望みと一致しないのか。 一致しない? 本当にそうか? 「お前と居ると楽しい。世界が色を取り戻す」 ミナセが言った。 テレーゼがビクッと緊張する。 何が言いたかったんだろう。 「つまり俺が言いたかったのは……」 ミナセが眼を閉じる。 テレーゼの眼が見開く。 俺は堕ちたんだ…… 完全に…… この女のパワーに…… 負けた…… 「お前が好きだって事だ……」 ミナセが言った。 テレーゼが眼を見開いたまま固まる。 眩しいな…… こんな時くらい休ませてくれれば良いのに…… 身体が熱い…… 「私も好きだよ……」 テレーゼが言った。 テレーゼの右目から涙がつうっと流れ落ちる。 大げさな奴だ。 ミナセはつかつかとテレーゼの方に歩いていく。 テレーゼの肩をつかむ。 前もあったなこんな事。 自分の姿を写した水の球を覗き込む。 鬼太郎カットの奇妙な顔が映っている。 これが俺か。 そして…… 「ミナセ……」 テレーゼは呟いた。 「ま、まかせとけよ」 ミナセは言って両手で強くテレーゼを抱きしめた。 俺は俺の正体を明らかにし変化を求める。 俺はもう変化を恐れない。 何故なら生きる事は、前に進む事は、変化していくという事なのだから。 俺はそれをこのチビに悟らされた気がする。 だから…… 「父さん……」 テレーゼがまた呟く。 ミナセは聴こえないふりをした。