短編「角頭の墓」



夜。
白い砂。
白い破片。
森。
湖の横。
虫の声。
戦争孤児になった4歳のヒマツリ・カンジは故郷に戻ってきた。
赤が基調のアイヌの民族衣装がボロボロになってしまった。
深い森の底。
湖の底に白いキラキラした陶器のような物の破片が無数に散らばっている。
それは骨で、此処はカンジ達の先祖の墓だ。
ついにカンジ以外全員この世のものではなくなってしまったホーンヘッド達が眠っている。
カンジは空を見上げる。
森に切り取られた視界の中で星が瞬いている。
スウッと落ち着いた気分になる。
「お腹空いたな……」
カンジは呟く。
体育座りで空腹に耐える。
しかしやはり耐えられなかった。
その日は近くの木に有った何かの鳥の巣の中の雛を生でガツガツ食べた。
そういう風にして4日くらい山の恵みに頼って生きていた。
そしてその日の夜、カンジはふいに懐中電灯に照らされる。
「誰……?」
懐中電灯を向けてくる者は言う。
カンジは一瞬狼狽するがすぐに腹を据える。
「化け物さ。でなけりゃ幽霊さ」
カンジは言った。
懐中電灯の光が少したじろぐ。
次第に眼が慣れてくる。
懐中電灯を持っているのはカンジと同じくらいの年齢の女の子だ。
青髪を束ねてファーの付いたコートにジーパンを穿いている。
「なんだ……ただのガキじゃない。アンタ、ホームレス? 此処はこわぁい所なのよ? 知ってる?」
カンジの神経に何かが触れる。
「知った風な口をきくな。此処は俺の聖地だ。お前こそ此処に入ってくんな」
カンジは言った。
少女はため息をつく。
「何が聖地よ……此処は私が管理してる国立公園の敷地内なの。そして此処は妙な骨が
 放ってある心霊スポット。よく鬼火が煌々と輝いてるわ。部外者はアンタの方」
カンジは狼狽する。
「俺は3年前まで此処に住んでたんだ。馬鹿な事言うな」
カンジは言った。
今度は少女が狼狽する番だった。
「……!あなた……ホーンヘッド……!」
カンジが満面の笑みを浮かべる。
「そうだ! 化け物だって言っただろ! お前が人を呼ぶんなら今殺してやるぜ!」 
少女はまた一瞬狼狽するがすぐに落ち着きを取り戻す。
「できるの?あなたに言っとくけど私は強いわよ」
少女はジーパンのポケットに手を突っ込んで白い紐状の物を取り出した。
「おもしれぇ! オメェもレッドラムだな! やるか!?」
「やる!」
少女の方が先にしかけた。
手に持っていた白い紐が一瞬で2メートルほどに巨大化する。
カンジは右手の人差し指と中指を立てて気を集中する。
カンジの立てた指先が真っ赤に輝く。
「氷蟲!」
少女が叫ぶとカンジの右手が一瞬で氷に包まれた。
「うがっ!?」
激しい熱さがカンジの右手を襲う。
せっかく集中させた熱が全て吸収されてしまった。
その次の瞬間には少女の小刀がカンジの首に食い込んでいた。
鮮血がつっとカンジの首を伝う。
少女が顔にアルカイック・スマイルを貼り付ける。
「……どう? 私の勝ち。早かったね……」
少女が呟く。
「畜生……」
カンジが悔しそうに呟く。
ご先祖様……俺殺される……助けてくれ……!
カンジは泣き出して心で念じる。
「やーい。泣き虫毛虫……ん……あっ!」
その瞬間、湖の底から凄まじい熱風が噴き上げてくる。
もろに熱風に直撃された少女とカンジは咄嗟に反対方向に逃げる。
「熱いー!」
少女が息も絶え絶えに叫んだ。
だがカンジは平気だ。
ホーンヘッドの角が熱を全て吸収してくれるし皮膚が不感症だ。
カンジはこの機を逃すまいと少女の方に突撃する。
木々が燃え、パチパチと音を立てる。
もう一度中指と人差し指を立てて気を集中する。
少女は瞬間的に体勢を立て直す。
「うわあああああああ!」
カンジが雄たけびをあげる。
今度は届いた。
少女の首の寸前で指を止める。
勝った……
カンジは思ったがまた首筋がチリッと痛んだ。
また少女の小刀が食い込んでいる。
少女はポーカーフェイスで十秒間停止する。
そして、ふっと笑う。
「引き分けだね。怪物君」
少女は言った。
カンジは少女と組み合った姿勢のまま湖の方を振り返る。
遠くにほぼ完全な形のホーンヘッドの頭蓋骨が見えた。
ホーンヘッドは角から熱を吸収し自分の骨にそれを溜め込み
全身からそれを自由に放出する。
放出せずに残っていた熱が白骨死体から偶に出ていたのか……
これが鬼火の正体であろう。
「ご先祖様……俺は……俺は……独りじゃないんですね……」
カンジの両目から涙がとめどなく流れ出てくる。
少女はため息をついてそれを見た。
そして顔をあげて言った。
「私はレッドラムのヒイチゴ・シホ。私の家にホーム・ステイしない?怪物君。」
カンジは眼を固めてしばらくじっとしていたがやがて頷く。
その日からヒマツリ・カンジと戦闘集団「雨禁獄」の縁が生まれた。



「……って事が有ったよな。シホ。」
シホをおんぶして歩きながらカンジが言った。
シホの右足から血がポタポタと流れ落ちている。
足首から先が無い。
シホは戦闘力がずば抜けて高い代わりに自己修復能力が著しく低かった。
足首から下を切り取られれば治るのに半日はかかろう。
その日の戦闘でミナシタ・ナナミによってその傷はもたらされたものだった。
「……うん……そうだね…………少し寝かせてくれない?」
シホはカンジの背中でそう言った。
「良いぜ。眠れや」
カンジは呟いた。
後ろの雪道にシホの血の跡とカンジの足跡が点々と続いていた。