フォルテシモ第十八話「変化」 



夏の劣情と雨禁獄の戦いはその後3度繰り返された。 
3回ともミナシタ・ナナミとヒイチゴ・シホが同士討ちになり双方が撤退した。 
夏の劣情はアジトを完成させテレーゼ博士は新テレポンの開発を再開した。 
長期戦では不利になると考えた雨禁獄は早期決着をもくろんだ。 
その日も双方S神山地に陣取り戦闘が始まろうとしていた。 
テレーゼは今回もモリカワとセンボンギが守っている。 
ミナセとテレーゼがチラリと目配せする。 
ミナセはあの事をどう思っているのだろうか…… 
テレーゼは思った。 
ミナセはそっぽを向いてしまった。 
顔が見えない。 
自分はあの男に何を期待しているのだろうか…… 
今まで他人に期待したことなど無かったのに…… 
何かあの男は他とは一線を画する何かを持っている…… 
特異なリビング・デッドである事などは関係ないだろう…… 
匂い……匂いだ…… 
直感だ…… 
私の中の野生が声をあげている…… 
この世界の謎を解く鍵があの男の中にはある…… 
テレーゼはそこまで考えてうつむいた。 
運命? 
未来? 
何だろう。 
私こんな普通の女の子だったのかな。 
彼は明日をも知れない身の筈だけど 
そんな人に依存しても良いのかな。 
良い。 
だって彼は死なないもの。 
分かる。 
私の勘だ。 
科学者が聞いてあきれる。 
理屈は弱いね。 

パン! 

音が響いた。 
テレーゼの顔を鮮血が濡らす。 
「ひっ」 
口から声が出た。 
センボンギの頭が弾けとんだ。 
「ビンゴビンゴビンゴー!」 
敵方の陣地でクルスノ・シュウヤが叫んだ。 
「逝くぞー!」 
雨禁獄の隊員達が叫ぶ。 
「野郎ー! 許さねえ!」 
モリカワが叫ぶ。 
テレーゼを負ぶってシュウヤの居る所に突進する。 
私が生き残らなきゃ! 
テレーゼは思って気を引き締めた。 



ミナセは後ろ頭にモヤモヤした物を感じながら走っている。 
いつもより随分冷静だった。 
まるで人格が入れ替わったようだ。 
テレーゼとあんな事をしてからか。 
主人格がビビって奥にひっこんじまった。 
知らずに気が大きくなっている。 
こんなの自分じゃないと思う。 
俺はもっと臆病で器が小さくて逃げ腰で弱くてどうしようもなくて…… 
そこまで考えたスイトの顔面に鉄拳が飛んでくる。 
ミナセはもろに喰らって吹っ飛んだ。 
「ボサッとすんなよ兄ちゃん。此処は戦場だぜ」 
アキヤマ・ヒロキが立っている。突き出した拳に血が付いている。 
ミナセが鼻血を右手でぬぐいながら立ち上がる。 
「うるせえ……」 
ミナセが呟く。 
「あん!? どうでも良い! さっさとバトろうぜ!」 
「俺は今大事な事を考えてたんだ」 
ヒロキはヘッと笑う。 
「そんな身分か? 逃げ腰激弱のビョウドウイン・ミナ・・・あれ?」 
ヒロキは腹の右側に違和感を感じた。 
見てみる。 
何か赤黒いものが腹から飛び出している。 
それはボトリと音を立てて地面に落ちた。 
「あ……」 
「死にぞこないの青……」 
ミナセはいつのまにか作り出していた水の刀を縦方向に振り下ろす。 
アキヤマ・ヒロキの身体が真っ二つになり、すぐに倒れる。 
「……」 
ミナセは自分でも自分が何をしたのかよく分かっていなかった。 
大脳を通して行動したような気がしない。 
気付くと水の刀を持っていて…… 
瞬間、頭上を炎の塊が通過する。 
背筋がゾッとする。 
すぐに前方の上空を見る。 
炎の梟、サウダージだ。・ 
「よう! ビョウドウイン・ミナセ! 俺あの爆発野郎と遊ぶのもう飽きちまった! 
 俺と遊ばねえか!? 俺は遊びがいが有るぜ!? 熱きパトスの持ち主だからな!」 
カンジが声をかける。 
ミナセはボオッとカンジの方を見上げる。 
カンジとミナセの目と目が合う。 
そのまま10秒ほど。 
「あいかわらずやる気のねえ兄ちゃんだ。でも今日は少し感じが違うな。うん? 
 まあいいや。俺はお前とやってすぐ死んだらまた爆発野郎の所に行くから。 
 せいぜい命は大事にしろよ。そらっ!」 
カンジのサウダージが半径3メートルの火球を一発放つ。 
ミナセの居た所が吹っ飛び大地が燃え盛る。 
ミナセの姿は見えなくなった。 



「なんだあ!? もう吹っ飛んじまったのか!? 最低だぜ!」 
カンジが叫んだ。 
瞬間、背中に寒気を感じる。 
振り返る。 
斜め上前方5メートルにミナセ。 
「死にぞこないの青……」 
ミナセが呟いて振り下ろす。 
「くっ!」 
カンジが瞬間的にスライドして避ける。 
右腕が避けきれずに切り裂かれる。 
「ぐあっ!」 
カンジは痛切に叫びながら距離を置く。 
ミナセは地上に降り立った。 
あれ…… 
おかしいな…… 
どうしちゃったんだ今日の俺…… 
ミナセは頭の中で疑問に感じる。  
カンジが狼狽した頭を切り替える。 
しばらくして笑いがこみ上げてくる。 
「……くっくっくっく……ひゃは! ひゃははははは! 良いぜ! そうこなくちゃ面白くねえ! 
 俺の目に狂いは無かった! お前はとんだ猫かぶりのペテン師だ! 
 俺と踊る相手にふさわしいのはお前だ! 燃える! 燃えるぜ! 俺のパァトス!」 
梟がオレンジ色から真っ赤に変色する。 
ミナセも腹の底からニヤニヤ笑いたい気分が湧き出してきた。 
実際に顔にニヤついた笑いが貼りつく。 
どうしてしまったんだ俺は。 
相手は敵のリーダーだぞ。 
早く逃げないと。 
殺される。 
頭とは裏腹に腕が邪宗門を構える。 
ニヤつきが止まらなくなる。 
自分を動かしているのが自分でなくなる。 
何が俺をここまで変えた? 
間違いなくテレーゼだ。 
あの女だ。 
なんで? 
なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで?なんで? 
なんで俺は…… 
その時、地中から水が噴き出す。 
轟音を上げながら天を目指す。 
邪宗門が青く輝く。 
大量のくみあげられた地下水が波うちながら空中を浮遊する。 
カンジが面食らっている。 
しかしすぐにさらに大きな笑みを浮かべる。 
「ははははははは……ひゃははははははは! とんだ拾い物だぜ! 
 ぜってえ警察には届けねえ! お前は俺のもんだ!」 
カンジの目が赤く輝く。 
ミナセは無表情を崩さない。 
その瞳は輝かない。 

「ハッ……ハッ……」 
血だらけのカミヌマ・ガロが憤っている。 
傷つきすぎて回復が追いついていない。 
「若いの。こんな所で無くす命じゃないはずだ。お前見込みあるぜ?  
 今日のところは退いとけよ」 



前方でホシマチ・ライマが言った。 
「うるせえ! ここでお前如き倒せずに! そんな人生認めねえ!」 
ライマがため息をつく。 
「かくも儚きかな……人生」 
呟く。 
ガロが金属の爪に力をこめる。 
渾身の力で飛び出す。 
「牙狼裂咬!」 
金属の爪からピンク色の光が爪状に伸びる。 
ライマの顔に爪が触れかかる。 
しかし次の瞬間、相手の感触は無かった。 
「爆音……」 
ガロの耳元でライマの声がする。 
「万華鏡……」 
ガロの目が見開く。 
ライマの爆音夢花火18連撃。 
轟音が轟き爆風が辺りを覆う。 
カミヌマ・ガロは木っ端微塵に吹き飛んだ。 

「姉貴は嘘つきだ」 
「自分が一番人を傷つけたい壊したい殺したいっていう願望を持っているのに 
 聖人君子のふりしてる。神秘の美少女きどってる」 
「肉親にまで嘘ついて、俺はそれが哀しい」 
「本当の姉貴に触れられない事が哀しい」 
「俺達は本当の自分をさらけだして支えあえる筈なのに」 
「俺は姉貴がそんなだから、独りで強くなる」 

ユアイと鵺の居る沼の波紋が徐々に大きくなる。 
ユアイは何かを感じ取った。 
それは何か哀しい予感。 
「私は……本当は……御免……鵺……ガロ……護りたかった……」 
ユアイが呟いて水の中で涙を流す。 
「私に力をちょうだい……」 
ユアイが鵺の胸を舐める。 
「ユアイ……この老いぼれ……もしかしたらお前と同じなのかもしれない……」 
低い声で鵺が呟く。 
「同じ……?」 
「わしがこの世に産み落とされた意味だ……」 
鵺が呟く。 
「もう一花咲かせるのだ……お前と力を合わせて……」 
鵺が右腕を伸ばして裸のユアイの左胸を鷲掴みにする。 
「鵺……私……」 
二人を中心にピンク色の光が瞬く。 
「私は……」 
沼が泡立ち水が渦を巻く。 

ドン! 

ピンク色の光が辺り一面に炸裂する。 
沼の中から巨大な黒い影が現れた。 
ユアイは鵺の中に居る。 
「逝くよ……鵺……」 
ユアイが呟いた。