フォルテシモ第十七話「煮え切らない人々と」 



「なさけねー! 超なさけねー!」 
キョウゴク・ナナがナナミの周囲を回りながらいびっている。 
「胴体真っ二つにされるなんて馬鹿じゃねえの? それで局長? はっ! 笑わせる」 
ナナミは無視して椅子に座ってストローでレモンティーを飲んでいる。 
「そのシホって奴、次は私がやってやるよ。で、私が勝ったら私を局長にしろ」 
ナナが言った。 
ナナミは目を閉じる。 
「まだ生きてたんだ君……」 
ナナミがナナに向かって呟く。 
ナナが顔を真っ赤にする。 
「テメッ……この……○×△××……!」 
ナナが喚いて抜刀する。 
「やめとけよナナ。多分本当に勝ったらナナミは局長の座譲ってくれるぜ? 
 結果で示せ結果で」 
ライマが歩いてきて言った。 
ナナがゼエゼエ息を吐いてライマの方をチラリと見る。 
「目に物見せてやる……」 
ナナは呟いて踵を返して去っていった。 

着物のカミヌマ・ユアイが髪を水で濡らして森の中を歩いている。 
前から青を基調にしたアイヌの民族衣装のツンツン頭の男が歩いてくる。 
「よおっ! 姉貴! 今日の情事は済んだのか!? 彼氏は元気!?」 
男が大声をあげた。 
ユアイがほんのり顔を赤らめる。 
「ガロ……あんまり大声で喋らないで……彼はまだやる気が出ないみたいだけど……」 
ユアイが呟く。 
「大丈夫だって! ナツレツの軟弱野郎共なら俺が一網打尽にするから!  
 俺マジで強くなったんだぜ!」 
カミヌマ・ガロはそう言って自分の右手を見せる。 
指先に金属の装飾を施された爪がついている。 
「姉貴の出番は無いぜ! 俺達この戦闘に勝って日本制覇だ! ブラボ!」 
ガロが喚いて妙な踊りを踊り始める。 
ユアイがフッと微笑む。 
煮え切らない鵺に苛立っていた心が少し癒される。 
「あんまり無茶しないでね。あなたが傷ついたら私は哀しいわ」 
ユアイが言った。 
「あー! そんな部外者みたいな発言! 俺の万倍強いくせによく言うぜ!  
 だけど待ってろよ! すぐに追いついてやるからよ!」 
ガロが目を輝かせて言った。 
ユアイはまたフッと笑った。 
「期待してるわ……。ただ無理はしないで……本当に……」 
ガロはヘッと吐き捨ててユアイとすれ違った。 
「姉貴は嘘つきだ」 
瞬間、ガロのそんな声が聞こえた。 
ユアイはハッとして後ろを振り返る。 
ガロの寂しそうな背中が遠ざかっていった。 



同じく山の中でミナセとテレーゼが向かい合っている。 
「此処は君にとって闘うのに都合が良い場所よ。邪宗門はその本来の姿に戻れる。 
 これできっと相手方のリーダーに勝てる筈」 
テレーゼが言った。 
ミナセが面食らった顔をする。 
「ばっ……やめろよ。俺ただでさえあの人に目えつけられてんだぜ? 
 俺は器じゃないんだよ。ライマさんが次はきっと倒してくれるよ」 
テレーゼが上目遣いでミナセをじっと見つめる。 
「猫被ってる」 
小さく呟いた。 
「私もずっとそうだったから分かるよ。今はグレちゃって清清しいけど 
 ずっと空虚な天才像を演じてきた。君は見たまんまのヘタレなんかじゃないよ。 
 しかも欲望だって人一倍強い。いつか爆発する……!私がその触媒になる! 
 君の事なんでか分からないけど凄く気になるから……!」 
ミナセは生唾をゴクンと飲み込む。 
少しテレーゼの言でまた引っかかる所があったが突っ込まない事に決める。 
「勝って。私に新しい君を見せてほしいの」 
ミナセはうつむいてしばらく黙る。 
「俺は俺のままだ。そして何処へも行かない」 
ミナセが呟く。 
テレーゼがハッとした顔をする。 
「私は私のままだ。日本に来たって何処へ行ったって何処にも行かない……」 
テレーゼがミナセの言葉を反復する。 
「……本当の君に会ってみたいの。きっと私に凄く似てるから……」 
テレーゼが呟いた。 
ミナセの心の奥底で誰かがニヤッと笑った。 
誰だ? 
この小娘がほざいている本当の俺か? 
なんだ本当って。 
俺は俺だろ。 
この小娘が言ってる事は嘘っぱちだ。 
ミナセは思った。 
俺は何処にも行かない。 
俺の目的地は無い。 
俺は俺の中に居る。 
小娘は小娘の中に居る。 
小娘に俺は理解できない。 
それなのに…… 
なんだろう。この何かを掴みかけた感覚は。 
やはり小娘の中には俺を読み解くヒントがあるのか。 
15年前の荒野から何処へも行っていない俺を読み解くヒントが。 
ミナセはテレーゼの肩を瞬間ガッと掴む。 
テレーゼが突然の出来事に驚いて小さく悲鳴をあげる。 
ミナセとテレーゼの眼が至近距離で合う。 
テレーゼの眼の中にミナセの姿が映っている。 
「そうか」 
ミナセは呟く。 
テレーゼが少し落ち着きを取り戻す。 
「君は……私と瓜二つだ……そんな感覚……小さな感覚……小さな予感……」 
テレーゼの眼が涙で潤む。 
「ねえ。もっと見せて。万華鏡みたいな君を……」 
ミナセは瞬きをしない。 



「報酬を要求する……」 
ミナセは呟いてゆっくりとテレーゼの唇に自分の唇を重ねた。 
テレーゼの頬に涙がつうっと流れ落ちる。 
30秒位してからミナセは唇を離す。 
テレーゼが右手で涙をぬぐう。 
「父さん……」 
テレーゼが呟いた。 
ミナセがそっぽを向く。 
「本当の俺か……そんな奴が本当に居るのなら……」 
ミナセの心の中でまた誰かがニヤニヤ笑い出した。 
「俺も会ってみたい」 
ミナセの心の中の誰かがゲタゲタと笑い出した。 
誰かが心の奥底で叫んでいる。 
「恋じゃねー! こんなの恋じゃねー! 愛でもねー! こんなのただの……ただの……!」 
何だろう。 
何でもいい。 
「利害一致ってやつだ。お前と踊ってやる。お前……俺と関われ」 
ミナセは強く言い切った。 
「期待する……」 
テレーゼは呟いて泣きながらミナセに抱きついた。 
ミナセの瞳が鈍く青色に輝いて、すぐに消えた。