フォルテシモ第十六話「名前と器」 シホとナナミが併走する。 ナナミは俊足だったがシホを引き離すことはできない。 シホはクスッと笑ってチラと地面を見る。 瞬間、地面から白い尖った結晶に包まれた2メートル程の蛇のような物体が飛び出した。 「氷蟲!」 シホが叫ぶ。 とたんにナナミの足に凍りつく。 「……!」 たまらず転倒するナナミ。 シホが刀を上段に構える。 「白夜行!」 シホがさらに叫ぶ。 日本刀の先端から氷の刀が伸びる。 「くっ!」 間一髪、片手で高瀬舟を持って受け止めるナナミ。 シホがフッと笑う。 氷蟲と呼ばれた物体の姿が無い。 ふたたび地中に…… 瞬間、ナナミ刀を持っていない地面についた左手が凍りつく。 「熱っ……!」 ナナミは小さく悲鳴をあげる。 容赦なく横方向にシホの第二撃が襲う。 ナナミは左腕を前に突き出し犠牲にして後ろに逃げる。 凍りついた左腕がボトリと落ちる。 シホがニヤッと笑う。 再び地面から氷蟲が飛び出る。 「邪氷樹!」 氷蟲から巨大な尖った氷の結晶が飛び出てナナミに向かう。 トリッキーな闘い方をする……地力も互角なのに……不味い……! ナナミは思って刀を右腕だけで上段に構える。 渾身の力をこめる。 刀身とナナミの瞳が紫に輝く。 「紫極!」 ナナミは叫んで刀を振り下ろす。 一瞬で氷の塊は縦に裂けながら蒸発した。 あたりに水蒸気がたちこめる。 「ほへ! スッゴイ!」 シホが声をあげる。 ナナミが口を斜めにする。 「君、けっこう強いみたいだね」 ナナミが言った。 巨大な燃え盛る梟がライマをしつこく追ってくる。 梟の中にはヒマツリ・カンジが居て一緒に飛行している。 「熱い! 熱いぜええ! 俺のパァトス!」 カンジが叫ぶ。 ボボボボボボウ 梟の口から半径3メートルほどの火球が吐き出される。 「ちいっ!」 ライマは深夜特急の機動力でギリギリでそれを避ける。 「ひゃはは! 良いぜアンタ! 久々に骨が有る相手だ!」 カンジが叫ぶ。 カンジが自分の頭に生えている鹿のような小さな角に力をこめる。 「はああああああああああああ!」 オレンジ色だった炎の梟が真っ赤に変色する。 「サウダージ……炎の蜃気楼!」 瞬間、空間の温度が急激に上がる。 ライマは脳が沸騰するような感覚を覚える。 梟の口から巨大な炎の濁流が吐き出される。 「くそっ! 避けきれねえ!」 ライマの瞳がオレンジに輝く。 ライマは一瞬で梟の方向に向き直る。 「爆音金剛界曼荼羅!」 ライマの爆音夢花火108連撃。 爆破が炎を相殺する。 「うおおおおおおおおおお!」 「燃える! 燃えるぜええ! 俺のパァトス!」 火力がさらに上がる。 「ギャー!」 「わー!」 二人の争いのとばっちりを喰らった夏の劣情のメンバー達が焼き殺されていく。 「ちいっ!」 ライマは押されて飛んで炎の濁流を避ける。 「風前の灯だな! 次はこいつだ! 『火車』!」 炎の濁流を止めて空中のライマめがけて回転する半径5メートルの火球を梟が繰り出す。 「くっ!」 ライマは爆音金剛界曼荼羅の反動で腕に力が入らない。 「悲の器!」 ミナセがライマとカンジの間に割ってはいる。 水の器で火球を防ぐ。 半分器は蒸発したがなんとか防ぎきれた。 「サンキュ。ミナセ……後は俺が……」 ライマが呟いた。 ミナセはライマの顔を見る。 眼が虚ろだ。 ゼエゼエと肩で息している。 「駄目だライマさん! アンタもう限界だ! 此処は一旦引かないと!」 ミナセが声を荒げる。 「黙れ軟弱野郎。俺がやらなきゃ誰がやる」 ライマが強い調子で言い切る。 「まだまだぁぁ!」 カンジが叫んで梟が火球の散弾を発射する。 「悲の器! 悲の器! 悲の器ぁぁ!」 ミナセがそこら中に水の器を出現させ火球と相殺させる。 「ミナセ……お前……」 ライマが降下しながら呟く。 「退却! 退却ー!」 ふいに夏の劣情の隊員が叫びだした。 「何ぃ?」 ライマが着地して右手を地に着き怪訝な顔をする。 「ナナミ局長が斬られた!」 隊員が叫んでいる。 逆方向でも雨禁獄隊員が退却と叫んでいる。 「シホ副長が斬られた!」 そんな声が聞こえた。 「ちいっ!」 ライマが舌打ちする。 前方で炎の梟が空中で静止している。 「命拾いしたな爆発野郎! 俺の名はヒマツリ・カンジ! 次も遊んでやるよ! お前! 名前は!?」 カンジが叫ぶ。 「ホシマチ・ライマ」 ライマが言った。 「で、そっちは!?」 カンジがさらに問う。 ミナセがきょとんとした顔をする。 「何言ってんですかアイツ」 ミナセがライマに耳打ちする。 「馬鹿! お前の名前を聞いてるんだよ!」 ライマがミナセを拳骨で殴りながら言った。 「ええええ! 俺!? そんなあ俺、器じゃないですよ! リーダー様に名を知ってもらうような 身分じゃございません! 俺は下衆でチンカスでウスラトンカチで……!」 「ビョウドウイン・ミナセだ」 ライマがミナセの肩をポンポンと叩きながら代わりに言った。 「元気ねえな兄ちゃん! 人は自分の名前のために生きてるんだぜ? ま、また会おうぜ!」 カンジはそれだけ吐き捨てると炎の梟の首を反対方向に向けて ビュンと彼方に飛んでいってしまった。 ミナセが呆然としている。 ライマがニヤニヤして飛んでいったカンジの方向とミナセの方を見比べている。 「ライマさん……俺……俺……名前を……」 ミナセが無茶苦茶狼狽している。 顔に汗がタラタラと浮き出る。 「お前そこまで自意識が有れば大丈夫だ。それが始まりだぞ?」 ライマがまたミナセの肩をポンポンと叩いた。 放心状態のミナセを無理矢理背中におぶって、ライマは深夜特急でその場を後にした。