フォルテシモ第十五話「ケダモノの恋とケダモノの愛」 



ライマとミナセとテレーゼが逃げ帰った一週間後。 
夏の劣情は雨禁獄のアジトから10キロメートルの地点に野営地を構え 
仮設のアジトを作り始めた。 
ナナミはヒイチゴ・シホの伝言を聞いて、「面白い」と言ってクスッと笑った。 
ライマは敗戦が相当こたえたらしく、5日間山ごもりして修行した。 
ミナセはテレーゼにアップグレードさせる為に邪宗門を預けた。 
テレーゼが「もっと操れる水量を多くする。君の脳波との連動も強力にする。 
君はイメージ力を鍛えると良いよ」と言っていたのでミナセは数日イメージ力を 
鍛える為、漫画を読んで過ごした。 
修行から帰ってきたライマにそれについてかなりこってりと怒られた。 
「道具が無い時には無いなりの修行のしかたが有るんだ」とライマは言っていた。 
カンナミ・イヨはK都の本アジトに残してきた。 
今野営しているのはテレーゼやナナミも含めた200人ほどだ。 
そして今日はしめし合わせた決戦の日だった。 
「私、色んな君が見てみたい。もっちもっと」 
テレーゼはミナセに言って、戦線についてきた。 
もう既に前方1キロに雨禁獄の軍勢200余名が陣取っている。 
センボンギとモリカワが護衛につく。 
ナナミはテレーゼの思いをまず第一に尊重してるようだ。 
モリカワもセンボンギもテレーゼの事が気に入っていたので嫌な顔はしなかった。 
「五月蝿い奴だ。お前はその変な趣味で命を落とさなかったら良いな」 
ミナセはテレーゼに言った。 
テレーゼはそれを聞いて頬を膨らませた。 
ミナセは思う。 
今まで他人に自分の事に関してここまで干渉された事は無かった。 
今まで、生まれてから、ずっと一人で生きてきた。 
いや、それはきっと気のせいだと思う。 
友達は居たから。 
性交した女だっている。 
チヨジは良い奴だった。 
じゃあ何故「初めて」だと感じるんだ? 
そんな事と俺の本質的な孤独は関係無いのか? 
ミナセはテレーゼの中に自分を読み解くヒントを感じたような気がした。 
そういえば先日テレーゼも自分に似たような事を言っていた。 
世界でたった一人の大脳特化型レッドラム。 
それはきっと真の孤独。それに俺の中の何かが反応しているのか? 
孤独か。俺の代名詞だ。ミナセは思った。 
たった一人で自分達の輪の中に入ってきた娘を……自分はどう思ってるんだ? 
ミナセはさらに考えを進めていく。 



自分とテレーゼは似ていないようで似ていて……それで…… 
何かが心の奥底で煌いてすぐにその輝きを失った。 
何か掴みかけたのに…… 
これからあの娘とどう関われば良いのかという事のヒントを…… 
ミナセはそこで頭をブンブンと振って頬をパンパンと手で叩いた。 
その前に生き残らなきゃ。 
「その前」? 
何の前だ? 
必然の……未来。 

ヒュンッ 

風が吹き抜ける。 
後ろで金属と金属がこすれる音。 
振り返る。 
鮮血が顔を濡らす。 
またあの女が立っていた。 
ヒイチゴ・シホ。 
そのすぐ前のヤナギモト・フルが「ビッチェズ・ブリュー」と共に縦に真っ二つに 
両断されていた。 
「御免ね……君だけは最初に殺らないとしかたなかった……」 
隊員全員に氷のような戦慄が襲いかかる。 
進入に全く気付かなかった。 
誰もが思った。 
自分はこの女に勝てない。 
さらに続く金属音。 
ナナミがシホの刀を弾いた。 
「御免ね……ナナミ……あなたに会えて良かった……」 
シホが言う。 
「気が早いのね」 
ナナミが言うと共に刀を上段に構える。 
「紫極!」 
ナナミの一つの太刀。 
しかしシホは動こうとしない。 
瞬間、地面から巨大な氷柱が生え二人の間に立ちふさがった。 
ナナミの太刀が受け止められる。 
「これで止められるんだ……」 
シホがつぶやいた。 
ナナミは狼狽するがすぐにふっと笑みを浮かべる。 
「皆……逝くよ……!」 
ピアノのように響く声で声を上げた。 
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!」 
隊員が雄たけびをあげる。 
すぐにナナミとシホの周りから人が引く。 
シホがニコッと笑う。 
「嫌われ者だね。私達」 
シホが言った。 
ナナミもふっと笑う。 
「そんな繋がり、私は欲しくない」 
シホは笑みを崩さない。 
「それはきっと嘘だよ。それを証明してあげる」 
そのまま無言で二人は踊り始めた。 
前人未到の超絶の舞いが幕を開けた。 



沼の中でユアイと鵺は絡み合う。 
鵺は獣のような定形を持たない黒い影になっている。 
ユアイは影を抱きすくめる。 
影もユアイの背中にその手を回りこませる。 
互いを求め合い何よりも力を欲す。 
互いの身体の中に有るのは力だ。 
鵺……もう戦いは始まったわ。 
ユアイは頭の中で呟いた。 
どうでも良い事だ……今はワシと戯れる事以外考えるな。 
鵺の声がユアイの脳内に響いた。 
鵺の全長2メートルに達する舌がユアイの中に進入してくる。 
カンジ……シホ……奴等の運命……ワシの運命……お前に見えるか。ユアイ。 
鵺が問う。 
見えないよ……こんな淵の底じゃ……だからあなたが愛しいの鵺…… 
何も光が届かない海の底であなたと交わりたい…… 
私は……その為だけに居るの……私は……人間が嫌いだから…… 
私は私が嫌いだから……カンジとシホに影響される自分が嫌いだから……。 
ユアイが脳内で呟く。 
ユアイ……言葉にできる感情に価値は無い……今のお前の言にもだ…… 
さぁ……理性を消せ……原始の姿に帰るのだ……。 
鵺の低い声が脳内に響く。 
うん……。 
ユアイは呟いて、電灯を消すように自分の理性の灯をプツンと消した。 
ユアイの身体を自由に弄びながら鵺は考える。 
ユアイの願いは……裏腹だ…… 
ワシも老いた……時がワシの思いを無視するようになった…… 
この献身的な若い娘の願い……仲間を護る事…… 
叶える気が無いわけではない……。 
そこまで考えて鵺を意識の電灯をプツンと切った。 
二人は沼の底で深い眠りについた。