フォルテシモ第八話「ヤマギワ・シュウイチ」



「で……ナナミの服だけ沼に残っていたわけだが……」
ミズエがアジトの会議室で服を見せながら言う。
会議室には他にミナセとライマとナナとイヨとモリカワとセンボンギとテレーゼが集まっている。
「マジすか!? ナナミすっぽんぽんでさらわれたのか!? 俺も見たかった!」
ミナセが大声を出す。
ライマが後ろの席から拳骨を頭にお見舞いする。
ミナセの頭頂から血が噴き出す。
「何か脅迫文のような物は残されてなかったのか?」
ライマが問う。
「ああ。それが何も残っていなかったんだ。
 ただ目撃証言を得て犯人の目星はついている。レグルスのヤマギワだ」
ライマが顔を強張らせる。
「ヤマギワか……」
「良いなぁ〜!」
ミナセがまた声を上げる。
ライマが頭を再び殴る。
「ひゃひゃひゃひゃっ! ナナミの糞! これ以上無い醜態だな!」
ナナが大声で嗤う。
「口を慎めよナナ。ミナセもな」
ミズエが静かな口調で言った。
ナナは背中にとてつもない寒気を感じて口をつぐむ。
ミナセは何処ともない空間をボーッと眺めている。何かを妄想しているようだ。
「ってわけで私はレグルスをのしてやりたいと考えている。皆、賛成してくれるか?」
ミズエが力強くそう言った。
「もちのろんっすよ! やりましょう!」
ミナセが言う。
「ナナミがいないとお色気要員の欠如です!」
ライマがミナセを後ろからまた殴る。
「やろうぜ!どうせ近い将来闘う筈だった相手だ!」
モリカワも言う。
「うふふ……良いわ皆ノリが良くて。速達で果たし状送っとくからね」
ミズエが言った。
「新生夏の劣情の初陣だぜ!」
モリカワが叫んだ。

「隊長は何処で何してるの?」
ツブラヤ・アユムがクロヌマ・フユキに尋ねた。
「地下牢で子作りに励んでるよ。あのナナミって奴を薬漬けにしたらしい。
 もうアイツ戦闘力0だぜ。よくやるよ」
アユムが少し顔を赤くする。
「なんでそんな新興勢力に火点けるみたいな真似するかな……大丈夫なのホントに」
フユキが顔を背けて煙草の煙を吐き出す。
「大丈夫大丈夫。俺達は強い。特にヤマギワの能力が反則級だろ。
 あの夏の劣情の副長を傷一つつけずにさらえるのなんて世界中でも
 ヤマギワくらいのもんだぜ」
アユムがため息をつく。
「その理由が『他の隊で気に入った女だったから』なんてのじゃ世話無いわ。
 もうヤマギワ最低。死ねば良いのに」
フユキが笑い出す。
「おい。そんな隊員の心がバラバラだとそれこそ負けるぞ」
フユキが灰皿に灰を落とす。
その時、トキノ・リクオが部屋に入ってきた。
「来たぞ速達。果たし状だ。夏の劣情から。『21世紀の精神異常者方式』で闘おうってさ
 決戦の日は3日後!舞台は此処、東京だ!」
「キター!」
アユムが声を上げる。
「娘っ子に孕ませてる場合ではないぞ」
リクオが言う。
「そんなの言っても無駄だよ。うちのリーダーに」
フユキが言った。

地下牢。
水滴がナナミの身体を打つ。
ナナミは衣服を纏っていない。
足の方向にヤマギワが居て椅子に座っている。
薬で頭がボーッとして上手く目のピントが合わない。
「起きたかナナミ。お疲れさん」
ヤマギワが言った。
頭が回らない。力が入らない。
前に目覚めていた時に自分が何をしていたのか思い出せない。
「予定だとこれから夏の劣情と全面的に戦う事になる。
 お前にはこの地下牢でじっとしててもらうからな。大丈夫。すぐ終わる。俺は死なない」
ヤマギワは言った。
「夏の劣情は捕虜にしない。全員俺がぶっ殺す。お前が大事だから……」
ナナミは霞む視界の中でヤマギワの姿を捉えた。
白いワイシャツを着ていて下が派手なトランクスだ。眼鏡を外している。
自分が此処に着てからどれくらい時間がたったろうか。
ナナミは思った。
身体の隅々に違和感を感じる。
「俺は世界制覇する男だ。ナナミ。俺に服従しろ。そうしたら俺はお前に
 天国を見せてやるぜ。誰も見た事ない極上のヤツをだ。だから……
 お前はずっと俺の隣に居てくれ。俺を慰めてくれ。俺を嫌わないでくれ」
ヤマギワが言った。
ナナミは回らない頭を少し動かした。
息が荒くなる。
「服……ちょうだい」
やっとそれだけ喋った。
「ああ、悪い。寒いよな」
ヤマギワは言って自分のワイシャツを脱いでそれをナナミの方にほおってよこした。
「上がそろそろ騒がしいな……果たし状が来たか。俺、ちょっと見てくるわ。
 また後でな。」
ヤマギワはそう言って地下牢を出て行った。
金属音が響き地下牢が閉ざされる。
ナナミは無明の中でまた意識を失った。