第三話「テレーゼの出発」 「ビョウドウイン・ミナセ!ただいま帰りました!」 ミナセが「夏の劣情」のアジトの門の前で宣言した。 アジトはその90パーセントが地に埋もれており地上には コンクリートの打ちっぱなしの四角い構造が突出している。 門に備え付けられているモニターがプンッと音を立て ミナシタ・ナナミの姿を映し出す。鬼太郎カットの紫髪をロングにした女だ。 黒ずくめの格好、黒のスカートの下に黒のズボンを穿いている。 「女連れか……」 ナナミがミナセの隣のテレーゼを見て怪訝な顔をする。 テレーゼはミナセによって拘束具で完全に拘束されている。 「こいつは対抗勢力ではありません。大脳特化型レッドラムだそうです」 ミナセは言った。 ナナミの眼がちらと光る。 「それを簡単に信じたのか?……私の知ってる限りじゃ今魔界には『テレーゼ』って大脳特化型しか居ない筈だが……」 ミナセはパッと笑顔になる。 「はい。そのテレーゼです。コレ、新しいテレポンの設計図です」 ミナセはポケットから紙の設計図を取り出す。 「……まぁ良いだろう。拘束は絶対に解くな」 「はい」 門がギィィと音を立てて開く。 「やいテメェ。面倒起こしやがったら即刻殺すからな」 ミナセがテレーゼに言う。 「良いよ。殺しても。『夏の劣情』か……どんな所なのかしらね」 「スパイと間違われる行動とっても殺す。俺の心証が悪くなるからな」 ミナセは言ってテレーゼを引っ張ってアジトの中に入る。 ドアを開けると埃っぽいコンクリートの打ちっぱなしの部屋があった。 テーブルの上に雑多な書類が散乱している。 壁には大小さまざまな落書き。 「不良のアジトみたいだね。あっ、そういう年齢か。そういや」 「次侮辱しても殺す」 ミナセは言った。 ヴーンと音がして真ん中のテーブルを中心に半径5メートルほどの円形の床が 下の階へと降りる。 ギギギと音が鳴っている。大分古い仕掛けらしい。 「アンティークだわ。私が来た甲斐がある」 「五月蝿いぞ。今のは侮辱にカウントしないでおいてやる。此処から降りるんだよ。降りれるか?」 テレーゼは顔にアルカイック・スマイルを浮かべる。 するとヴーンとテレーゼの背中から音がしてテレーゼの体が無重力状態のように 宙に浮かぶ。 テレーゼはそのまま円状の穴の真ん中まで浮かんでいきゆっくり下に降りた。 「ふんっ。気に喰わん奴だ」 ミナセは言ってひょいっとジャンプし下の階に降りた。 下の階は一階の三十倍ほどの広さがあった。 道場のような床に壁。ところどころに血痕が見られる。 どうやら「夏の劣情」の修行場のようだ。 門で出会ったミナシタ・ナナミが一人で二人を待っていた。 「今日は。来訪者さん。私達に何か御用?」 ナナミは首を傾げた。 「貴方達に技術提供したいのです」 ナナミは眉一つ動かさない。 「どうして……?」 「私、人間の味方で居るの、飽きちゃったの。刺激が欲しくって、飛び出してきちゃった」 ナナミは無表情でちらと小首を傾げる。 「本当の事をおっしゃってくださらない?」 ナナミは腰に持っていた日本刀に手をかける。 「ナナミの居合い抜きにお前のオモチャのスピードは追いつかないぜ。さっき見たからよく分かる」 ミナセが補足した。 「本当の事です。あと付け加えるなら……私の両親を殺したレッドラムを探しているの。そいつを討ってやりたい」 ナナミは首を傾げたままじっとしている。 その黄色い瞳がちらと動いた。 「その敵が……うちの隊の中に居たらどうする?」 ナナミは問うた。 「殺します」 テレーゼは少し強い口調でそう答えた。 ナナミは頭を正しい位置に戻した。 そのまま30秒。 「良いよ」 ナナミは言った。 「マジで?ナナミさん。コイツが本当に大脳特化型レッドラムかも分からないのに!」 ミナセは言った。 「いや、写真見た事あるから。こいつがテレーゼだよ」 「だとしても……」 「ミナセ!……あなたもこの子が気に入ったから此処まで連れてきたんでしょ? 変な芝居は止めなさい」 ミナセはそう言われて押し黙る。 その時後ろでクラッカーが鳴る音がする。壁と一体化していた3つのドアから わらわらと十数人のレッドラムが飛び出してくる。 「ひゅうっ! かわい娘ちゃん! 合格おめでとう!」 スタイリング・ウォーターで髪をかきあげた学ランの男がそう言って テレーゼの肩を持つ。 「セクハラだぞ。森川。」 後ろから茶髪の外はねで学ランの男が言った。 「硬いぞ千本木!」 森川と呼ばれた男が言った。 「はいはいはい! あんた達、レクリエーションは終わり。戦闘に備えて修行なさい!」 ナナミが言う。 「この人が局長さんなんですか?」 テレーゼがミナセに耳打ちしてくる。 「いや、彼女は副長。局長は……」 そこで壁のドアから女が一人出てくる。 ピカピカ輝く黒いジャケットのような服にジーパンらしき物を穿いている。 紫髪が肩まで伸び瞳の色は綺麗な青色。やけに白い顔をしている。 「テレーゼ博士。ご足労有り難い。私は局長のスワナイ・ミズエ。よろしく」 スワナイと名乗った女はテレーゼに手を差し伸べた。 テレーゼはおずおずと手を差し伸べる。 キュッとその手と手が繋がれた。 テレーゼは「夏の劣情」に来て初めて恐怖を抱いていた。 その女の後ろに黒い禍々しい影が見えた。 自分の事が猛獣に睨まれた小兎のように感じられた。 この女の底だけは量りきれない……テレーゼはそう感じた。 「よ……よろしく……」 テレーゼはやっとそう言っておずおずとスワナイの顔を見た。 スワナイは白い歯をむき出して笑っている。 悪い人間なんだろうけど……自分と違って健康な人みたいだ…… テレーゼは思った。 「我が隊の目的は『世界征服』。あなたにも衣食住の世話する代わりにとことん働いてもらうわ」 スワナイは言った。 テレーゼは背筋がぞっとした。 こうしてテレーゼのあの終局へと向けた大冒険が始まるのだった。